国内に約500万社ある中堅中小企業。その中でも小規模な企業の多くには「情報システム部」と呼ばれる部署はないし,システム構築や運用を担当する専任社員がいない場合がほとんどだ。では,いったい誰がどうやって生産管理や受発注管理システムを導入しているのだろうか――。
「外部のシステム専門業者に委託するしか道はない。素人がデータベースを作るなどは論外だ」。記者自身,中小企業のIT活用誌「日経IT21」を担当する前までは,こう確信していた。しかし,それは間違いだった。中小企業のデータベース事情を取材してみると,営業や総務,工場で働いている現場の社員が,パッケージ・ソフト顔負けのデータベースを“自作”し,全社で活用しているケースが続々と出てくるのだ。
システム業者への強い不信感から“自作”を選ぶ
パソコンの普及やマニュアル書籍の充実など,専門家でなくとも手軽にデータベースを作れる環境が整ってきたことは大きな理由だろう。しかし,それだけではない。システム業者に強い不信感を抱き,システム業者の呪縛から逃れるために一念発起し,自作の道を選んだという声を,取材の中で何度も耳にした。
「システム業者にソフトを作ってもらうと数百万円は軽く超える。しかも,年間数十万円のサポート費用も必要だ。しかし,サポートとは名ばかりで“売りっぱなし”なのが実情。帳票のスタイルを少し変えただけで,パソコンが何台も買える金額を請求してくる。これでは,いつまでたってもシステム業者にお金を吸い取られていくだけ。それならば,自分たちで勉強して作った方が,費用もかからないし,いつでも好きなときに手を加えられる」
精密フィルタを開発・製造しているツカサ工営(横浜市)の高木信利専務の言葉は,まさにその代表例だ。
とはいっても,一朝一夕にデータベースを作れるわけではない。本業は営業や総務,工場での勤務であるため,就業時間中に勉強することもできない。でも,そこであきらめないのが中小企業の底力だ。
帰宅後や休日にデータベースの書籍を読みあさり,時にはデータベースに詳しい知人を呼んで勉強会を開いたりと,地道にスキルを磨き上げている。ここにきてそれらの努力が実を結び,中小企業からデータベース達人が続々と登場し,活用事例が数多く見られるようになってきている。
小規模ゆえにパソコン用データベースで十分
彼らが使っているソフトは,「アクセス」や「ファイルメーカー」といったパソコン用データベースである。「個人向けのソフトだから業務では使えないんじゃない?」と思われるかもしれないが,決してそうではない。中小企業の業務を支える基幹業務用のデータベースとして活用されている。
そもそも企業規模が小さいため,データベースを利用する社員は少なく,しかも扱うデータ量も少ない。そのため,OracleやSQL Serverなどではなく,アクセスやファイルメーカーで事足りるのである。社内LAN の環境で利用するとしても,データベース・ファイルをファイル・サーバーで共有するだけなので扱いも簡単だ。
前述のツカサ工営の従業員は約30人だが,実際にデータベースを操作するのはオペレーターを含めて3~4人。数千件の受注データがあってもデータ量は数十Mバイト程度である。自作したパソコン用データベースを使っていても,仕事を進める上では何ら不都合はないという。
データベースの設計は我流だが,実に的を射ている。参考書を真似して作る趣味の範囲かと思いきや,そうでもない。自社の業務内容や業務フローの洗い出しからはじまり,仕様書(実際にはノートやエクセルに書き出したメモ類)までも作っている。データベース開発を仕事としている方にとっては当たり前のことだろうが,そういった経験のない中小企業のデータベース達人たちも同じことをしている。
「業務分析などの方法論をどこで勉強されたのですか?」という問いに,多くのデータベース達人たちは「特に勉強はしていない」と口を揃える。モノ作りの現場にいる達人たちにとっては,部品や金型などを作るときに設計図を作るのは当たり前のこと。モノ作りの経験から見れば,データベースの設計プロセスなどは特に難しいことではないと感じていることに驚いた。
“知恵”と“工夫”でコストをかけない
中小企業のデータベースでは,費用をかけずに“使える”データベースを作る工夫も各所に見られる。その中でも衝撃的だった工夫が,電子機器の精密部品を製造している開明製作所(横浜市)の生産管理データベースだ。
設計,切削,塗装・・・と流れ作業で進んでいく部品加工の進捗状況をチェックするシステムを導入するとしたら,みなさんはどういった仕組みを考え,提案するだろうか。現場の人がデータベースを操作して進捗状況を入力したり,バー・コードやスキャナを使うことを考えるかもしれないが,それは中小企業の実状に合わない。
開明製作所が採った方法は,図面と一緒に配布する作業工程表に,受注番号と工程番号が書かれた印刷紙片を付けることだった。担当する工程が済むと紙片を手でちぎり,回収ボックスに入れるだけ。オペレータは数時間おきに回収ボックスの紙片を回収してデータベースに入力している。オーダーメードの部品加工は,一つの工程に数時間,もしくは数日かける。そのため,紙を定期的に回収するだけでもリアルタイムに近い進捗状況を把握できる。
「ハンディ・スキャナなどは高価で手がでない。年配の方が多い熟練工にパソコン操作を教育するのは時間がかかるため,現場の各々にデータベースを操作してもらうことも難しい。紙片とデータベースを組み合わせた方法は,データの入力時間が気になったが,慣れてしまえば10分くらいで済む。費用をかけられなくても,社員のITスキルが高くなくても業務で使えるデータベースは作れる」(開明製作所の梅田八寿子さん)
がんばっている中小企業に学ぶ点は多い
中小企業の情報システムは,大手有名企業に比べれば規模は小さいし,流行の先進的な取り組みも見られない。それ故,雑誌記事や販促パンフレットに,それらの事例が掲載され注目を浴びることもほとんどない。しかし,“がんばっている中小企業”はたくさんある。
開明製作所の例は極端かもしれないが,中小企業のデータベース達人たちが持っている実利追求型のスタンスは,我流かもしれないが的を射ている。大企業の情報システム部やシステム業者が,これらの中小企業から学ぶ点は多いと感じた。
(目次 康男=日経IT21)