昨日の「撤退を恐れるな! そこに活路はある――ネットビジネスの失敗に学ぶ(上)」では,典型的なネットビジネスの失敗例を紹介しながら,失敗の原因について考えてみた(昨日の記事へ)。

 今日は,ネットビジネスの失敗から,明日につながる“果実”を取り出す方法を考えてみたい。そのヒントとして,まず,エイチ・アイ・エス(HIS)とリクルートの事例を紹介しよう。

「オプション思考」で失敗の原因を浮き彫りに

 両社とも1つの事業に集中するのではなく,複数の事業に投資している。こうした「オプション思考」により,事業リスクを軽減しつつ,同時に失敗の原因を浮き彫りにすることに成功した。資金や人材に制限があり,一発必中を狙わざるを得ないネット・ベンチャーに比べ,体力的に余裕のある大企業的な手法と言えるだろう。

 HISは今年2月,ネット専業の旅行会社スカイゲート(東京都品川区)から,約1億8000万円の資本金引き上げを決め,4月には保有する51%の株式をソニーコミュニケーションネットワーク(SCN,東京都品川区)に売却した。

 スカイゲートは,2000年3月にSCNと共同で設立したネット専業の旅行会社。バックオフィスの自動化により,航空券やホテルの予約から決済まで,すべてネット上で完結できるサービスが特徴だ。HISは,「トラベロシティ」や「エクスペディア」など米国のネット専業旅行会社の台頭から,異業種の参入に先手を打つためにスカイゲートに出資した。もちろん,「ネットで海外旅行を買う」という新市場が開けるとの期待もあった。

 しかし,顧客はネット完結型の利便性を選択しなかった。HISは全社的な事業の見直しにおいて,短期的に成長の見込めないスカイゲートから手を引くことにした。同社社長室の栗原富夫室長は,「ユーザーには,手続きをすべてネットで済ませることによって発生する自己責任が重荷だった。それよりも,店舗スタッフに相談することで,海外旅行に対する不安を取り除きたかったのだろう」と全面撤退の理由を話す。昨日の記事で紹介したレナウン同様,HISもまたネットによる利便性向上に気を取られ,自社商品に対する顧客の微妙な心理を読み切れなかったわけだ。

 実は,HISが思い切ってスカイゲートを手放した背景には,自社サイトの「his-j.com」の存在もあった。こちらはパッケージ・ツアーの案内や航空便の価格と空席情報などを掲載しているだけで,予約は電話で受け付けるという極めてシンプルなもの。だが,顧客はスカイゲートに比べはるかに利便性の劣る,この“ローテク”なWebサイトを支持した。

 昨年のhis-j.comの売り上げは90億円,今年は120億~130億円を見込んでいる。栗原室長は「結果的に,以前から地道に続けていた自社サイトがうまくいっただけ」と笑う。しかし,ネット完結型の新しい戦略と,ネットと店舗での対面販売とを組み合わせた従来の戦略とを並行して走らせることで,現時点における“身の丈”に合ったネットビジネスを見つけることができたのは事実だ。

 一方リクルートは,複数のオプションを設定し,さらに戦略的に事業から撤退した。同社は今年3月,Webサイト「ISIZE」をリニューアルし,全26分野のコンテンツのうち,スポーツやグルメなど11分野を廃止した。

 残ったのは,同社の情報誌をベースとするコアビジネスに関連するコンテンツがほとんど。今後は“ISIZEブランド”よりも,雑誌名を押し出す戦略に切り替える。つまり,ISIZE設立に当たって始めた新規コンテンツは,収益事業としてほぼ全滅だった。

 意外にも同社ISIZE局の山本創局長は,今回の事業縮小は「立ち上げ時の予定通り」と言う。そもそもISIZEを“ポータル型”にしたのは,幅広いコンテンツで集客力を高めるのが狙い。そこから転職や住宅情報など,各コンテンツへ誘導する作戦だった。収益源もアクセス数を当てにしたバナー広告などではなく,コンテンツごとの強みを生かしたリクルートお得意の情報広告やマッチング・ビジネスの手数料に軸足を置いていた。

 そのため,ユーザーが“目的地”となるコンテンツに直接アクセスするようになれば,ポータルサイトを“装っていた”ISIZEの使命は終わる。

 「ISIZEの目的は,個別コンテンツを収益力のあるサイトに育てること。ISIZEのトップ・ページ経由で各コンテンツへアクセスする割合が,全体の10%にまで減少したため,“ISIZEブランド”を捨てても構わないと判断した」(山本局長)

 リクルートは,たとえどんなにアクセスがあっても,コンテンツを廃止するかどうかは収益性のみで判断した。さらにISIZE設立当初から,「3年後に売り上げ300億円」という明確な目標を設定していた点も見逃せない。今年3月期のISIZEの売り上げが,380億円と目標を達成したことも,同社の事業再考を後押しした。

 ネットビジネスでは,事業の継続・撤退を判断する明確な時期や数字を,最初から設定しているケースはあまりない。「その時々で見直す」のが一般的だ。そうした結果,なまじ体力のある大企業に限って,ずるずると継続する羽目となる。

あなたの会社に「ネット戦略」はありますか?

 投資した複数の事業の中から,最も適したものを発掘する手法は,既存のビジネスではそう珍しいことではない。『戦略的事業撤退』(NTT出版)の著者である経営コンサルタントの日沖健氏は,「ネットビジネスのように過去の蓄積が乏しい未成熟市場の場合も,事業性を見極める“リトマス試験紙”が必要だ。1つの事業に投資するくらいなら,投資額を半分にして似て非なるもの,あるいは全く方向性の異なる事業に投資した方が今後につながる可能性が高い」と見る。

 さらに日沖氏は,「事業からの撤退は早期に決めて,迅速に実行すべき」と強調する。技術の進歩に大きく影響されるネットビジネスの場合,市場の成長と衰退が突然やってくる。そのため,「既存ビジネスのように,様子を見ながら段階的に撤退することが非常に困難」(日沖氏)だからだ。

 ただ,やみ雲に手を出しては次々撤退しても,総崩れは目に見えている。他の事業と同様に,自社の事業ドメインに即したポートフォリオを組んだ上で,目的に合ったオプションを設定すべきである。それには全社的な「ネット戦略」を構築することが不可欠だ。

 一見,当たり前のことのようだが,問い直してもらいたい。「自分の会社に明確なネット戦略はあるのか?」「だれが,どの部署が全社のネット戦略を統括しているのか?」。今やネットは,企業にとって大半の事業や業務に根を張るプラットフォームであることに異論はないだろう。にもかかわらず,全社的なネット戦略があいまいなままだとすれば,いくら失敗を積み重ねても,そこから“果実”を得ることは困難に違いない。

 その意味でも,埒(らち)があかないネットビジネスからの撤退は,企業が自社のネット戦略を見つめなおす最高のチャンスでもある。明確なネット戦略の下,“失敗の果実”をうまく引き継げれば,リターン・マッチへの道は広く開けてくるはずだ。筆者の雑誌の性格上,あまりこうした主張はしないのだが,最後にあえてもう一度言わせていただきたい。「撤退を恐れるな! そこに活路はある」と。

(酒井 康治=日経ネットビジネス副編集長)