キンキンに冷えたビールが恋しい季節。インターネットにつながる冷蔵庫だと,家の外からビールがちゃんと冷えているのか確認できるようになるらしい。“らしい”というのは,こうしたネット対応冷蔵庫は研究段階で,まだ商品化されていないからだ。

 “家電のネット化”“ユビキタス・ネットワーク”と言われて久しいが,なかなか実現していない理由の一つは価格問題だ。冷蔵庫,エアコンなどの白物家電や,照明,ブラインドなどをネットワークに接続するためには,これらの機器にネットワーク接続機能を付加しなくてはいけない。商品として販売するためには,低コストでネット接続を実現する必要がある。だが,1万円台の家電に数千円のネット接続機能をつけたのでは,価格競争力がなくなってしまう。

 それともう一つ,商品化が進んでいない大きな理由がある。「そもそも家電をインターネットにつないで何が面白いのか」という消費者の素朴な疑問に,商品を提供する企業がうまく答えられていないことである。

 さて,ビールの季節に合わせたわけでもないのだろうが,7月下旬に家電製品など非パソコンのネット接続を推し進める発表が3件,相次いだ。そこで今日は,これらの技術を紹介しながら,「ビールと冷蔵庫とインターネットのおいしい関係」について考えてみたい。

非パソコンのネット接続を低価格で実現する技術が相次ぎ登場

 この3件の発表は,7月17日に松下電工が,7月22日には日立ホーム&ライフソリューションと松下電器産業が,そして,7月30日にはT-Engineフォーラムが行った。いずれも非パソコンに組み込んで低価格でネットワーク機能を実現するための“モジュール”がポイントだ。

 松下電工は「EMIT(Embeded Micro internet Technology)」を発表した。これは各種の汎用マイコンを使いながら,ミドルウエアを規定して機器のプラグ&プレイを実現しようというモジュールである。通信プロトコルとしてはIPv6,伝送媒体としてBluetoothなどに加えて電力線も用いるところが特徴だ。

 日立ホーム&ライフソリューションと松下電器産業は「ECHONET準拠特定小電力無線アダプタ」と呼ぶモジュールを共同開発していることを明らかにした。これを冷蔵庫やエアコンなどの白物家電に組み込んで,サーバーとなる「情報コントローラ」から無線で遠隔操作できるようになる。

 T-Engineフォーラムについては,ちょっと説明が必要だろう。まず,T-Engineは組み込み機器用のオープンな開発プラットフォームである。東京大学の坂村健教授が開発したOS,TRONをベースにしたリアルタイムOS「T-Kernel」とそれ用のミドルウエアなどで構成する。

 T-Engineフォーラムは,そのT-Engineの開発,標準化などを進める業界団体という位置づけだ。NTTデータ,NTTドコモ,沖電気,KDDI研究所,シャープ,大日本印刷,東芝,NEC,日立製作所,富士通,三菱電機,ヤマハ,横河ディジタルコンピュータ,RSAセキュリティ,リコーなど30社以上が参加している。

 7月30日の記者会見では,T-Engineフォーラムの中核企業の一つ,パーソナルメディアがT-Engineの開発キットを8月8日から発売すると発表した。マイコンには日立製作所製のSH7727を用いる。年内には他のメーカーからも複数のT-Engine関連製品が登場する予定だ。

非パソコンではリアルなものの出し入れがある

 最近発表のあった3グループによる非パソコンのネットワーク化への取り組みを簡単にまとめてみた。だが,消費者の立場としては,そもそも今の家電などがネットワーク化して,面白いのだろうか? 商品化されたら買いたくなるものが出てくるのだろうか? と思ってしまう。

こんなものがあるんじゃないの?というアイディアは,2002年1月23日の記者の眼,「苦節10年――ようやく実るか,PCと家電の融合」で挙げられている。ここでは違った視点で考えてみたい。

 パソコンはデジタル・データを扱っているわけだが,ビールは当然ながらデジタル・データではない。冷蔵庫なら,ビール以外に食材やビールがおいしく飲めるようにジョッキを冷やしていることもあるだろう。

 ただ,非パソコンで扱うのは,すべて非デジタル・データというわけではない。AV(オーディオ&ビジュアル)機器のようにデジタル・データを扱う非パソコンもある。ところが,こうしたデジタル・データとの親和性が高いAV機器であっても,デジタル・データの処理だけで完結しないことが多い。

 例えばビデオ・デッキでの予約録画であれば,レンタル・ビデオが入りっぱなしになっていたら,それを取り出して,新しいビデオ・テープを入れなくてはならない。連続ドラマ専用テープを使うときもあるだろう。冷蔵庫にしろ,ビデオ・デッキにしろ,リアルなものの出し入れが必要となる。

 非パソコンをネットワーク化して,宅外やオフィス外から非パソコンをコントロールできるようになったとして,こうしたリアルなものを出し入れできないと,いかんともしがたい。ネットワークで接続するということは,自分はその機器の前にいないということが前提だからだ。

 では,“神の手”ならぬマジック・ハンドを機器の前に取り付けて,リアルなものの出し入れをさせるのか? ビデオ・デッキのマジック・ハンドはなんとかイメージできる。要はビデオ・テープのチェンジャである。ところが,冷蔵庫の前にビール置き場を作って,マジック・ハンドでビールを冷蔵庫に放り込むというのはちょっと現実的ではない。

 そうすると,リアルなものの出し入れをしなくて済むように,家電をデザインしなおす必要がある。

ビデオはいいけどビールはどうする?

 その良い具体例が,ビデオ・デッキに代わって,じわじわ人気が高まってきたハード・ディスク・ビデオ・レコーダだ。テレビを録画して楽しむために,ビデオ・テープという既成概念を捨てて,ハード・ディスクに記録してしまうわけだ。これならテープを交換するためのマジック・ハンドはいらない。

 もっともハード・ディスクもいつかは満杯になり,消去かテープへの保存といった選択を迫られる。それにしても,ハード・ディスクを記録メディアとすることによって,デジタル・データ処理で完結して,ネットワークとの相性も良くなることがご理解いただけよう。

 ところが,どうしたってビールのようにデジタル・データにならないものも,世の中にはたくさん存在する。

 冷蔵庫の中にカメラをつけて,外部から冷蔵庫の中身を確認するというアイディアは試作レベルとしてはできている。ビールが入っていないことが会社帰りにケータイなどで確認できたら,まとめ買いよりはちょっと高めになるけど,コンビニで冷えたビールを買って帰ろう――。でも,これでは,ネットワーク家電を買う動機付けにはちょっとなりにくい。

 それならビア・サーバーをネットワーク化した方が有効そうだ。冷蔵庫の中のカメラよりも,ビア樽の残量センサーの方が安価に実現できそうである。残量が減ってきたら,ビア・サーバーはインターネット上で安売り店を探して,発注してもよいかをご主人(持ち主)に携帯メールで確認してくる。ご主人がOKを出したら,ビア・サーバーが発注をかけて,数時間から数日後には家にビア樽が届いている,というのはどうだろう・・・

求む! 消費者の素朴な疑問に答える優れたアイデア

 うーん,残念ながら,ここまでが筆者の想像力の限界である。だが,ここでお伝えしたいのは,筆者のアイデアではない。このように家電をネットワーク化して,そのメリットを出そうとするならば,新しい家電を発想しなくてはならない,ということだ。今の白物家電を単にネットワーク化しても,前述のようにできることには限界がある。何ができると生活は便利になるのか? そのためにはどのようなシステムがあるのと便利なのか? それを考えた結果として21世紀の家電像ができ上がっていくのだろう。

 日本のメーカーとしても,今まで通りの単なる家電では,人件費の安い諸外国で作られた製品と直接,価格競争でぶつかってしまう。消費者にとっては,単機能で安い家電という選択肢があることは大事だが,それで全部になってしまうと日本の製造業は立ちゆかなくなってしまう。

 坂村健T-Engineフォーラム会長は,「T-Engineは日本の産業の空洞化を防ぐ,活気を与えるきっかけになる」と自賛していたが,T-Engineに限らず非パソコンのネットワーク化がビジネスとして軌道に乗れば,確かに日本を元気づけるかもしれない。幸いなことに,非パソコンを低価格でネットワークにつなぐための基礎技術は整ってきた。最後に残った一番大きな宿題は,「家電をインターネットにつないで何が面白いのか」という消費者の素朴な疑問に答える優れたアイデアなのだと思う。

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 なお,本記事の続編として,前半で紹介した3つの発表をまとめた記事も用意しました。ご興味のある方はぜひお読みください(記事へ)。

(和田 英一=IT Pro副編集長)