中堅中小企業向けのIT活用誌「日経IT21」に配属され,はや1年経った。日々の取材では経営者の方とお会いできる機会も多く,勉強になることが多い。取材を終えた後のよもやま話も楽しみの一つだが,「最近困ったことがあってねえ」と社長さんが切り出した話が,この間,別の会社で聞いた話と同じだった。

 その悩みとは,「古株の事務担当者が退職してしまう」というもの。小さな会社では,事務を担当する女性社員が,電話の受付から事務処理,営業補佐に至るいわゆる「バックオフィス」の業務を幅広くこなしているケースが多い。結婚などの事情で退職するという意思を伝えられると,その広範で煩雑な業務を,どう引き継いでいくかが悩みの種になるという。

「特に困るのが電話の対応だ」

 「特に困るのが電話の対応だ」と社長さんたちは指摘する。電子メールが普及してきたが,日常の連絡の主役はまだまだ電話。問い合わせや注文,はたまたクレームまでいろいろな種類の電話が舞い込んでくる。

 ベテランの担当者なら,相手の名前を聞くだけで,すぐに担当者につないだり,緊急の用件なら携帯電話で呼び出すといった裁量がすぐにできる。「納期を知りたい」という問い合わせであれば,担当者が不在でも物流部門などに問い合わせて折り返して返答する。

 しかしこれは取引先や取引の内容についての知識や,社内の人脈があってできるもの。後任の社員を採用しても,すぐにそこまでの域には達しない。名前を聞き間違えて不快感を与える,電話がたらい回しになるといった小さなミスが続く。クレームが伝わらないといった最悪の事態も招く。

 経営ポリシーでは「顧客を大切にしよう」と高らかにうたいながら,肝心の顧客との窓口では顧客を軽視した対応が頻発してしまう,ということになりかねないのだ。

 「まったく困っちゃうんだよねえ」という嘆きを聞き,「電話」についてもっと調べてみたいと考えた。ベテラン社員が長い時間をかけて蓄積した電話対応のノウハウを,電話とシステムを組み合わせれば実現できないものか。

「必要だからやる」という現場の気持ちが電話とシステムを結ぶ

 そのためのツールはずいぶん以前から登場している。電話とパソコンのデータベースなどを連携させる「CTI(コンピュータ-電話統合,[用語解説] )」の仕組みを使ったシステムだ。NTTの発信者番号通知(ナンバーディスプレイ)のサービスを使えば,電話を受けた瞬間に,電話番号をキーにデータベースを検索し,顧客情報を呼び出すことができる。データベースで顧客の購入履歴や過去の対応履歴を管理しておけば,誰でも一通りの電話応対ができる。

 ただし,それまで記者の頭の中では「CTI=コールセンターで使う」というイメージがあった。大手の通販業者や通信サービスの会社,パソコン関連のヘルプデスク・サービスなどでは,電話対応専用のコールセンターがあり,CTIシステムを使ってひっきりなしにかかってくる電話を効率的にさばいている。しかし一般の企業で,日常の電話応対に利用しているケースはあるのだろうか。

 いざ取材を始めてみると,日常の電話対応にCTIを取り入れているところが意外と多いことに驚いた。しかも使っている社員自身が「これは便利」,「あって助かっている」と口をそろえる。「会社から押しつけられたシステムをイヤイヤ使う」という雰囲気が無かったのは,ちょっと新鮮だった。事務担当者や受付など,電話を取る「現場」の発案でCTIソフトを導入したというケースも意外に多かった。

 クレームの電話をとっていきなり怒られたり,電話セールスに長々と付き合わされるのは誰にとってもいやなもの。事前に相手がわかれば,「トラブルを抱えている取引先からの電話は責任者が直接取る」とか,「セールスの電話は出ない」といった“選別”ができる。

 この選別,実は私たちの多くはすでに携帯電話で経験済みだ。プライベートなツールとして使われ始めた携帯電話の影響が,オフィスで使うビジネス電話にも波及するというのは興味深かった。

 しかしプライベートな電話なら,アドレス帳代わりに個人が電話番号を登録していけば済むが,会社のアドレス帳を作るのはそう簡単ではない。CTIを使った電話応対システムを稼働するにあたっては,顧客や取引先など関係者の情報をデータベースに登録しなくてはいけない。

 基幹システムの顧客台帳から代表電話をデータを取り込めば出来上がり,というものではなく,窓口となる担当者の名前や部署の電話番号,さらには担当者の携帯電話の番号まで取り込まなければ,データベースのヒット率はなかなか上がらない。こういったデータを各社員の手帳から吸い上げて登録するわけだが,「数カ月かかった」という事例もあった。

 大変なプロセスではあるが,この過程でいろいろなことが見えてくる。誰もフォローしていない顧客や,複数の人が手をかけすぎている顧客。それまでは個人が抱え込んでいた顧客や取引の実態が明らかになっていく。さらに一回土台ができてしまえば,あとは新しい取引先から電話がかかってきても,番号や名前をその場で登録することで「育って」いくのだ。

 今回取材した企業の中には,数千に及ぶ顧客や取引先について,「誰から紹介を受けた顧客」といった相互の関係や,過去の取引の経緯に至るまで詳細に管理している企業があった。「立派な顧客データベースを作ろう」と考えたわけではない。普段の電話対応の中で,「この情報があれば,今度もっとスムーズに話ができそう」と思った情報をシステムに「メモしていった」結果だという。

 「それがCRM[用語解説] ということなんですね」と口から出そうになったのを飲み込んだ。最前線で「必要だからやる」人にとっては,システムの“3文字言葉”など,どうでもいいことなんだろうな,と思ったから。

(小林 暢子=日経IT21)