8Mビット/秒を超える高速版ADSLサービスについての論議がかまびすしい。7月22日の本欄で,日経NETWORKの藤川副編集長が「過熱するADSLの高速化競争,もっと冷静になってみてみよう」という記事を書いているが,その後もイー・アクセス,ソフトバンク両者一歩も引かずに対立が続いている。

 対立の根本的な原因は藤川副編集長の記事にあるように情報通信技術委員会(TTC)が策定しているスペクトル管理の位置付けにある。スペクトル管理の取り決めには現状では強制力がなく,紳士協定のようなものである。サービスを始めるのにTTCの承認を受けることは義務ではない。実際Yahoo! BBが現在,NTT局から遠いユーザー用に提供しているReachDSLは,スペクトル管理の承認をまだ受けていない。

 ソフトバンク側にTTCに対する不信感があり,TTCのメンバーである他のADSL事業者などにソフトバンクに対する不信感がある現状では解決は困難。落ち着くまでにはしばらくかかるであろう。今回のような問題が起こることを防ぐには,スペクトル管理を義務化するなど,制度面での改革が必要である。

 そういった政治的な面はさておき,ここでは高速版のADSLサービスがどれだけのメリットをもたらすものなのか,ユーザーとしてはどのような点に注意しておくべきなのか,を見ていこう。

 どの事業者も最高速度を10Mビット/秒あるいは12Mビット/秒に引き上げ,これまで利用できなかったNTT局から遠距離でも利用できるようにするなど,新サービスで強化した項目はよく似ている。しかし,これまでとは大きく異なることがある。

低下する互換性

 これまでの8Mビット/秒のサービスでは,東西NTTのフレッツ・ADSL,アッカ・ネットワークス,イー・アクセスの3事業者がG.992.1 Annex C(Annex CはISDNの干渉対策をした日本向け仕様)を採用し,ヤフーのYahoo! BBはG.992.1 Annex A(Annex AはISDN対策のない米国向け仕様)と,ほぼ横並びだった。Yahoo! BBを除いては市販のADSLモデムを使って接続することもできた。

 それに対して新サービスで使う技術は,東西NTTは米Centillium Communications社が開発した「eXtremeDSL」,アッカは米GlobespanVirata社が開発した「C.X」など,イー・アクセスはeXtremeDSL,ヤフーはGlobespanVirataの「Annex A.ex」,となっている。

 技術を開発したCentilliumやGlobespanVirataなどは,これら新技術もG.992.1に準拠していると言っている。しかし,これまで使用していなかったオプションを使ったり,標準に記述されていない部分で独自の拡張をしていたりするため,既存のモデムでは利用できないものと考えた方がいい。各社の間には技術的には共通点がいくつかあるが,互換性はない。

 市販モデムを販売するベンダーにとってみると,各社各様の技術に対応するのは困難であり,コストを上げる原因になる。ユーザーにとってはモデムの値段が高止まりしてしまうというデメリットをもたらす。

高速化で「速い人」と「遅い人」の差はさらに広がる

 また,新サービスの最大の目玉である高速化に関しては,10M,12Mといった8Mを超えるメリットを享受できるユーザーはわずかである。

 新サービスにおける高速化は,ベンダーによっても異なるが,いくつかの要素からなる。まず,8M超のサービスで共通に使われている「S=1/2」という手法がある。これはG.992.1のオプションで,変調したデータを運ぶフレームの数を倍にするもの。実はG.992.1の変調の限界は13.3Mビット/秒だが,フレームのサイズによって8Mビット/秒が現在の最大値になっている。フレームを倍にすれば8Mビット/秒を超えられるというのが理屈だ。

 ここから分かるように,8Mビット/秒のサービスで最大値に達しないユーザーが,単純にこのオプションだけを使っても高速化はできない。

 このほか,伝送に使う周波数を現在よりも高く広げることで高速化する手法も検討しているベンダーがある。高い周波数のデータは距離による減衰が大きいため,これも元々高速なユーザーだけをさらに高速にする。

長距離化の技術は多くのユーザーにメリット

 一方,大多数のユーザーが恩恵を得られる技術もある。長距離化で使われる手法である。現在上りのデータに使っている低周波数の領域に下りのデータも入れる手法である。前述のように周波数が低いと距離による減衰が小さいことを利用する。ただし,これで上乗せできる速度は最大500kビット/秒程度である。

 また,Yahoo! BBなどで問題になっているのは,この手法によって既存のADSLの上りデータに影響を与える危険があることである。イー・アクセスは,この問題を避けるために,低周波数を使う場合,上りの送信と下りの送信を別々のタイミングで行うようにしている。このようにすると低い周波数を使うことによる速度向上はできないが,他の回線への悪影響は避けられる。

 また,各社変調技術に細かい工夫を施している。これによって,多くのユーザーが幾分かは速度が向上するはずだ。

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 これまではユーザーにとってADSLのサービスは,細かい違いはあってもほぼ横並び。プロバイダや価格で決めればよかったが,新サービスではそうはいかなさそうだ。よりよいサービスが登場するのは歓迎だが,分かりにくくなったのも確かである。

 複雑になった割には実際の速度向上は微々たるものかもしれない。それに対してこれまでより高額の使用料を払う意味があるのか。ユーザーも最大速度に乗せられるのではなく,メリットとデメリットを冷静に判断する必要があるだろう。

(松原 敦=日経コミュニケーション)