米Intel社は2月28日,同社主催の開発者会議「Intel Developer Forum(IDF)Spring 2002」で,次世代の短距離無線技術「UWB(Ultra Wideband)」のデモを公開した。(1)数百Mビット/秒の高速通信,(2)消費電力は既存の無線技術の1/100以下,(3)既存の無線技術と比べて低コストで製造可能,というのが主な特徴である。

UWBデモ 右の写真は米Intel社が2002年4月に「IDF 2002 Spring Japan」で披露したデモンストレーション時の光景だ。二つある機器は送信機(写真右)と受信機(写真左)。わずか数メートルの距離ながら100Mビット/秒の速度で通信してみせた。

 Intel社以外にも,UWBの無線機を米Time Domain社や米Multispectral Solutions社,米XtremeSpectrum社などが手がけている。いずれの企業も軍事用の無線機やレーダを手がけている。UWBは,軍事用レーダを主な用途として1960年代から開発が進んできた軍事技術なのだ。

 冷戦終結後の軍民転換の流れを受け,各企業がUWB解禁に向けたロビー活動をしていた。それが実ったのは2002年2月14日。米FCC(Federal Communications Commission:米国連邦通信委員会)がユーザー免許不要の民生利用を承認したのである。

UWBはなぜ短距離向けなのか

 UWBは軍事上の理由だけで民生利用の扉が閉ざされていたわけではない。その理由の多くは,UWBがUWBたるゆえんの「超広帯域(Ultra Wideband)」という特徴にある。

 UWBによる通信に必要な周波数帯域幅は500MHzから数GHzとかなり広い。例えばIntelの試作機は,2GHz帯から6GHz帯までの4GHzの帯域を使っている。その帯域幅にピンとこない人も多いだろうが,アナログの携帯電話が30kHz,複数の帯域を同時に使うOFDM(直交周波数分割多重)という技術を使って高速化したIEEE802.11aでさえ18MHz(国内仕様)の帯域幅に過ぎない。

 しかしこれだけの帯域幅がぽっかりと空いている周波数帯は存在しない。したがって,既存の無線技術が使っている周波数帯とどうしても重なる部分が出てきてしまう。周波数帯を分けるのではなく,他の無線技術がすでに使っている帯域と「共有」するのが前提の無線技術だと言える。

 ユーザー免許の壁もある。IEEE802.11aや11bといった無線LAN製品は,エンドユーザーが免許を取得しなくてもよい。購入するだけでは使えないというのでは普及は望めない。UWBもユーザー免許がいらない形での解禁が不可欠だった。

 その結果,2002年2月にFCCがUWBの民間利用を許可した基準は,「地中や壁を隔てた物体を映し出すイメージング・システム,自動車の衝突防止レーダ,家電機器や携帯型機器間での測距や無線データ通信に,米国の放射雑音の規定値である1MHz当たり-41.3dBm(W換算で1マイクロW)の送信出力以下であれば3.1G~10.6GHz帯を使える」,というものになった。

 出力の大きさは到達距離を左右する。FCCの規定を前提としたIntelのシミュレーションによると,UWBは10メートル以内の距離では数100Mビット/秒の速度性能を発揮するが,20メートルあたりでIEEE802.11a/bの無線LANに逆転される。つまり,UWBが既存の無線技術を共存する以上,長距離伝送には使えないということになる。

実体は短く鋭い「インパルス」

 ここまでの帯域幅が必要なのは,UWBが携帯電話や無線LANといった既存の無線通信とは全く異なる方式であるためだ。

 既存の無線通信では,周波数帯を分けるため「搬送波(キャリア)」を使う。搬送波の周波数や出力を一定の範囲で変えながら,搬送波の状態の変化を使って情報を伝えている。

 一方,UWBは搬送波を使わない。「インパルス」という信号を使って情報を伝える。インパルスとは,立ち上がりと立ち下がりの時間が極めて短い電流を指す。UWBの場合,その時間は数100ピコ秒から数ナノ秒以下しかない。1秒の1000分の1が1ミリ秒で,1ミリ秒の1000分の1が1マイクロ秒,さらに100分の1の時間が1ナノ秒に相当する。1ナノ秒で光が約30cmしか進めないということからも,インパルスがいかに短いかがわかるだろう。

 そのインパルスを周波数成分で見てみると,様々な周波数の波(正弦波)の組み合わせに分解できる。目に見えない電波のことなので直感的に把握しにくいところだが,光をプリズムで分解すると様々な波長が取り出せるのと基本的には同じことだ。

 インパルスの幅を短くしていくと,時間に反比例して周波数帯域幅は広がる。インパルスを使って信号を送るということは,幅が短ければ短いほど,単位時間当たりにより多くの信号を伝えられることである。逆に言えば,帯域幅が広ければ広いほど,より多くのインパルスを送信できるということである。速度だけでなく,消費電力の低減にも効いてくる。電圧をかける時間が極めて短いため,平均電力が少ない。

微弱なノイズをまき散らす

 ただやっかいなことに,数GHzにもおよぶ帯域にわたる周波数成分を含むインパルスは,他の無線通信にとっては通信を妨害するノイズにすぎない。FCCは干渉の危険性を考慮したうえで,解禁に踏み切ったとしている。しかし米国国防総省や航空業界は依然として干渉の可能性を訴える。UWB発祥の地においても意見は割れている。

 国内ではまだまとまった実証データもなく,電波法という枠組みの中でUWBをどうとらえるかという議論も始まっていないというのが現状だ。「米国と日本では国土事情が違う。米国で認められた基準をそのまま適用するわけにはいかない」というのが総務省の見解である。

 現在干渉が懸念されるのは,宇宙からの微弱な電波によって観測する電波天文台。砂漠に代表される外界と隔離された地域にあることが多い米国の電波天文台と違い,国内では民家や道路に隣接した電波天文台があるという。機材の更新に合わせて周波数帯を移転することもできるが,いずれにせよ時間がかかる作業には違いない。

電波法をクリアすればパソコン周辺に

 以上の背景をふまえて,少し気の早い話になるが国内での認可が下りた後のパソコンへのUWB搭載のシナリオについて考えてみたい。言うまでもなく,ハードウエアの対応とソフトウエアの対応が焦点となる。

 ハードウエアについては,米Time Domain社や米Multispectral Solutions社がUWBチップセットのサンプル出荷を始めようとしている段階にある。最短で2004年にも製品化が見込める。

 本命はパソコン向けチップセットへの統合だ。現在Intelがチップセットへの搭載をみこんで研究・開発を進めている。搬送波を使う無線技術と違ってインパルスの発生回路はシンプルな構造のため,比較的チップセットへの集積が容易だからだ。

 IntelのPaul Ottelini社長は「Baniasに無線LAN機能を統合する」ことを明らかにしている。BaniasはCrusoe対抗の省電力プロセサで,2003年前半に出荷を始める予定である。このチップセットに無線LAN機能,つまりIEEE802.11(aかbかは未定)の機能を集積する。UWBはまだ開発の端緒にあり製品化の時期は未定だが,Baniasチップセットでの経験が生きるのは間違いない。

 超高速無線技術という点では60GHzのミリ波帯を使う無線技術も開発が進んでいる。とはいえ,半導体の動作周波数を大きく超える周波数帯を使う無線技術をチップセットに統合するのは極めて難しい。

 OSでのサポートについては,既存のソフトウエアを流用すればメーカの負担は少なくてすむだろう。UWBはインタフェースの最も下位層に当たる物理層の仕様に過ぎないからだ。例えばIntelはUWBを「ワイヤレスUSB 2.0」と位置付けている。実際にパソコンと接続を確立する機器の認証をどうするか,という無線特有の問題はあるにせよ,機器を制御するデバイス・ドライバを用意するだけで上位のプログラムをほぼそのまま流用できる。

 Bluetoothの物理層として採用される可能性もある。すでにTime Domain社やXtremeSpectrum社などは,短距離向け無線方式の標準化を進めるIEEE802.15委員会に対して,UWBを提案している。IEEE802.15とは,規格化されたBluetoothそのものだ。2002年1月に設置された検討部会「SG3a」は,100Mビット/秒以上のデータ転送速度を持つ無線技術を動画伝送に特化した規格として策定することを目指している。2003年4月から7月をめどに採決する予定である。議論の流れによっては,「Bluetooth 2」としてユーザーの前に登場するかもしれない。

(高橋 秀和=日経バイト編集)