「ブロードバンドのキラーコンテンツは動画」――。一度は目にしたことがあるフレーズだろう。今回は,これをちょっと考えてみたい。ただしお断りしておくが,私自身まだ結論には至っていない。私が担当するブロードバンドビジネス・ラボのWebサイト運営やそのための取材を通じて「なんとなくこんなことが見えている」という程度の話である。

最近気になる3つのコンテンツ

 サッカーのワールドカップが佳境に入っている。ヤフーのオフィシャル・サイトの中に「FIFA VIP クラブ」という有料コンテンツがある。これは,2500円払うと7月末までハイライト・シーンのビデオ・クリップが見放題,という点が売り物だ(で,2500円払ってしまった・・・)。

 エンコードは最大でも300kなのであまりきれいではない。でも,これは悪くない。私の場合,サッカーは“にわかファン”の域を出ていないこともあって,ビデオに収録しておくよりもはるかに便利に感じている。

 ただ,たくさんのビデオ・クリップを再生していて歯がゆいのは,「サーバーに接続しています。バッファリング中,30%・・・90%,100%,再生中」というストリーミングに特有の手順だ。既に,マイクロソフトやリアルネットワークスの次期バージョンでは,より少ない帯域で済むための圧縮率の向上も進んでいるし,バッファリングの時間を大幅に短縮していると説明されてはいるが・・・。

 数分から十数分程度の「ショート・フィルム」も期待されている。例えば,Yahoo!ムービーは,ショート・フィルム専門の映画レーベル「SHORT STOP FILM」と提携して,ショート・フィルムの配信を始めている。既に,「音声案内に従って走行して下さい」(主演:鈴木京香),「男の子はみんな飛行機が好き」(主演:三浦友和)を無料で配信した。ご覧になった方も多いだろう。

 ブロードバンドビジネス・ラボでもこれについて議論し,その内容を掲載した。

 主な論点は,
・キャスティングも含めそれなりに金がかかってるようだが,制作コスト回収のスキームが見えない。劇場上映やDVDなどのパッケージでの回収も検討しているようだ。
・正味17分程度の映像をPCのモニターで見るのは厳しい。
・ドラマとしては成立していた。ネットの動画のなかでは見応えがある部類。
というようなものだった。

 ドイツの自動車メーカーであるBMWのショート・フィルム「BMW Films」もすごい。米国のBMW of North America, LLCが製作したもので,John Frankenheimer,Guy Ritchieといった熱心な映画ファンでなくても知っているような有名監督が手がけている。Guy Ritchieの作品には歌手のMadonnaも出演しているなど,かなり楽しめる。制作費は20億円と言われているが,実際にBMWの販売につながっているという。

ブロードバンド独自の“フォーマット”は何か

 ここまで,サッカー,ショートフィルム,BMWという3つの例を挙げてみたが,共通しているのは,テレビや映画といった既存のメディアのコンテンツをそのまま持って来て流しているのではないということ。

 特にショートフィルムについては両方とも,一流のクリエイターが「インターネットのフォーマットに合わせようと真剣に取り組んだ結果」なのである。そのクオリティは,セミナー会場などの大きな画面で見ても,不満を感じないほどのものだ。

 アニメ映画「攻殻機動隊」の監督である押井守氏にインタビューした際,同氏は「パソコンで見るコンテンツのフォーマットがまだ確立していない」と指摘していた(インタビューの内容は,ムック「日経ブロードバンドビジネス」でお読みいただけます)。

 かいつまんで紹介すると,映画やテレビには,その視聴形態に特有のフォーマットがある。映画の後に出てきたテレビには,ドラマやバラエティといったテレビに特有のフォーマットがある。しかも,映画をテレビで放映するようになっても映画館は廃れていない。それは,映画のフォーマットが他のメディアでは実現できないからである。こう考えると,ブロードバンド/インターネットのフォーマット,つまり「パソコンで見るインタラクティブなメディア」であるということを前提にしたコンテンツ作りをすべき――。こんな内容である。

 ここまで読んでいただいた方は気付かれたと思うが,ブロードバンドで動画といったときに「既存のメディアのコンテンツをブロードバンドにもそのまま流す」ということを求めるのはちょっと違うのではないか,ということなのである。ブロードバンドならではのコンテンツのフォーマットを作り出すことを考えるべきなのである。

しっかりしたビジネス・モデルあってこそ

 コンテンツのフォーマットの問題だけではない。ビジネス・モデルも重要だ。例えば映像という分野で言えば,映画のビジネス・モデルで考えると分かりやすい。映画は,制作から興行(劇場公開)までにとどまらず,ビデオやDVDを含めた多様なチャネルを時間をずらして活用する統合型のビジネス・モデルである。レンタル解禁とか,テレビ初登場などというように,公開からの時間をずらしてさまざまな売り方をする。

 最近ヒットしているスパイダーマンの例では,制作費は160億円といわれる。これを劇場上映だけではなく,ビデオなどのパッケージメディアを含めた様々なチャネルで回収するのである。実際,映画産業全体では,1995年以降はビデオの方が興行収入を上回っている。

 このように,映画には既存の強固なビジネスモデルがあるため,映画産業側から見ればブロードバンドもそのチャネルの一つとして位置づけることになる。劇場公開から一定期間を経た後に利用すべきチャネル,あるいは劇場公開に向けたプロモーションのためのチャネルの一つということになる。

 そのためブロードバンドでは,映画の本編ではなく予告編やメイキング・フィルムなどを中心とした配信が多いということになる。もちろん,前述のように劇場向けの映画がブロードバンドに適したフォーマットではないという側面もある。

まだまだ少ないブロードバンド・ユーザー

 ビジネス・モデルを考える上では,ブロードバンドの普及度合いということも考えておくべきだ。総務省の発表によれば,4月末時点でのブロードバンド回線数は約427万回線である。家庭内での共用などを考慮すると,ブロードバンド・ユーザーはもっと増えるかもしれない。

 では,例えば500万のユーザーがいるとして,劇場公開と同時に映画を配信すると仮定してみよう。ユーザーは,パソコンの画面(あるいはプロジェクタ)で見るのだしオーディオも貧弱だから,劇場並みの金額は払わないだろう。

 ちょっと我慢すればビデオ・レンタルが始まる。1本400円だ。これに料金を合わせるとすると,500万ユーザーのうち1%の5万人が利用して2000万円である。公開直後のピーク・トラフィックへの対応などを考えるとかなり辛いものがあるだろう。これでは,ビジネスとしては成立しにくい。

 映画という既存メディアのコンテンツを時間差なしでそのまま流すことは,フォーマットの点だけでなく,ビジネス・モデルの点からも今のところは現実的ではないと言える。

 もちろん,国内のブロードバンド回線は月間35万程度の勢いで増えつづけている最中だ。このままのペースが続けば,2002年末には700万を突破する計算になる。家庭内の共用などで実質的なユーザーはもっと多いとすると,ブロードバンドのマスメディアとしての価値が急速に高まってくるはずだ。だからこそ,しっかりしたビジネス・モデルを見据えた上で,ブロードバンドならではのフォーマットのコンテンツを生かすようなさまざまな取り組みが始まっているわけだ。

フォーマットとビジネスモデルがキラーコンテンツの両輪

 前述の3つの例にもそれぞれのビジネス・モデルがある。サッカーはオフィシャル・サイトでの有償コンテンツの販売,ショート・フィルムは劇場上映やパッケージ・メディアをにらんだプロモーション,BMWは自動車の販促のため――である。動画コンテンツのフォーマットもそれぞれ工夫されている。

 とはいえ,3つの例がそれぞれまったく違うアプローチであることを見ても分かるように,映画やテレビで機能しているような何十年にもわたって有効な強固なビジネス・モデルは,ブロードバンドではまだ見えていない。また,ブロードバンドならではのフォーマットも模索の段階である。今は,リアルなビジネスとのかかわりの中で何がビジネスとして成り立つか,どんなフォーマットがユーザーに受け入れられるか,ということについてさまざまな試行が繰り返されている段階なのだと思う。

 このように考えてくると,「ブロードバンドのキラーコンテンツは動画」などという単純な話ではないことが分かる。「映像と音がコントロールできてインタラクティブなコンテンツ」という条件であるならば,マクロメディアのFlashのようなツールもある。Flashを使ったWebサイトは,最近はとても多い。結果的に動画とあまり変わらない印象のサイトもある(Flashでのサイトの例は,ラボのブロードバンドサイト・ガイドのコーナーでいくつか紹介しています)。

 というわけで,ブロードバンドと動画の関係について,今のところ私の中では「フォーマットとビジネス・モデルがブロードバンドコンテンツの両輪。テクノロジとしての動画ではなく,実際のビジネス・モデルの中でブロードバンドならではのフォーマットとしてどんな動画であるべきかが重要」というところに落ち着いている。

 最後にラボの紹介をちょっとだけ。ブロードバンドビジネス・ラボは,ブロードバンド環境でのコンテンツビジネスに焦点をあてた有料会員制のWebサイトです。6月20日(木)の正午までは無料公開キャンペーン中です。この機会にぜひ内容をご覧いただき,会員登録していただければと思います。

(田邊 俊雅=ブロードバンドビジネス・ラボ編集長)