みずほ銀行のシステム・トラブルの余波が冷め切らぬ今,金融業界では別のシステム問題が急浮上している。証券決済の「T+1」問題だ。「T」とは証券取引(Trade)が成立した約定日を指し,「+1」は約定日から数えて2日目(翌営業日)に決済することを意味する。

 現在の証券取引は「T+3」(約定日から4日目の決済)で運営されており,証券会社や機関投資家などの市場参加者が所有するシステムもT+3を前提に作られている。ところが,T+3だと約定日から決済日まで,まるまる2日間以上の時間差が生じる。この間に,参加企業(およびそのシステム)が万一の事態に陥れば,決済不能の連鎖が生じ,市場が機能停止に至る可能性すらある。翌日決済にすればリスクを最低限に抑えられるというわけだ。

影響度合いは「西暦2000年問題」に匹敵

 この問題は以前から国際的に指摘されてきた。だが,差し迫った緊急課題として認識されるようになったのは最近だろう。その理由は,ITへの依存度が急速に強まったことが大きい。

 多くの市場参加者が大量の情報を即時処理するようになったため,決済リスクが加速度的に拡大した。と同時に,システム運営にともなうオペレーション・リスクが急増した。もちろん,ペイオフ解禁などによってリスクに対する考え方が激変したことも大きい。

 これらのリスクを抑止しようという動きは,欧米を中心に強まっている。有力金融機関は数年後に「T+1」体制への意向を表明しており,日本の証券会社や銀行,機関投資家などがシステム対応を余儀なくされている。逆に言えば,ITが進展したことで,理論どおりに「T+1」を実現できる素地が整っている。

 証券取引には,株式だけでなく,銀行や一般企業が売買する債券も含まれている。国債の翌日決済については,早ければ来年からスタートする可能性もある。日本国債の格付けが先進国で最低レベルになった昨今,万が一,日本企業の対応が遅れるようなことになると,国際資本社会から信用を失う可能性すらある。

 米国では,「T+1」へ移行するためのITコストは全体で8000億円という数字もまことしやかにささやかれている。金額はともかく,決済という経済行為に直接かかわるだけに,その影響度合いは「西暦2000年問題」に匹敵すると言える。

 実際,一部の証券会社はすでに動き出した。ネット証券最大手の松井証券は5月7日,システム全面刷新を断行した。それまで大和総研に委託していたバックオフィス業務を,日本フィッツが開発・運用する新システムに全面移行。フロントオフィス部分も統合した。新システムに移行した理由として,松井道夫社長は「いち早くT+1に対応した点を評価している」と話す(関連記事)。

急浮上する本質

 「T+1」問題を調べていくうちに,新たな問題も見えてきた。というより,もっと深刻な問題が日本の証券市場に横たわっている。それは証券決済行為そのものが,極めて複雑で無駄が多いことだ。

 決済とは売買契約の当事者同士で証券と資金を交換し合うことだが,それがスムーズには実行されていない。現状の証券決済に関係する企業には,機関投資家と証券会社だけではなく,信託銀行と投資顧問がある。この4社の間に存在する情報とお金の流れは,実に複雑怪奇である。ここでは詳しい説明を省くが,長年の制度改正を重ねるうちに,事務処理の流れが肥大化してしまったのである。

 その一方で,投資顧問の多くはいまだにファクシミリによる情報のやりとりが主流だという。この結果,約定日から決済日までの時間の問題以前に,決済における証券と資金の同時性が事実上,確保されていない。

 この問題を解決するには,システム的にはバッチ処理からオンライン処理に切り替える必要があるが,それだけでは不十分だ。錯綜(さくそう)する情報流を整理して,必要ない機能や組織を整理することが欠かせない。そのうえでシンプルな情報流をベースにシステムを再構築する必要がある。

 いずれにせよ,全体としては巨大な無駄が取り除かれることになるだろう。この構造改革を誰がリードするのか,継続的にウォッチしたいところだ。

(上里 譲=コンピュータ局編集委員)