ある日突然,アナログ地上波放送を見ることができなくなる──。現行の地上波放送のデジタル化計画を総務省が強行すると,2011年にはそれが現実になる。

 総務省が打ち出している現行のデジタル化計画によると,関東・中京・近畿の三大広域圏で2003年末までに,その他の地域で2006年末までに,デジタル地上波放送が始まる予定だ。さらに2011年7月には,現行のアナログ地上波放送を終了することになっている。

 このように,現行のデジタル化計画は「具体的なプロセスを明確にしないで,デジタル放送の開始時期とアナログ放送の終了時期を明示する」というかなり強引なものであり,あちこちからほころびが見えている。こうしたデジタル化計画は凍結し,新たな計画を早急に作り直すべきである。

視聴者にも放送事業者にもメリットが出てこない

 現行のデジタル化計画の問題点は山ほどある。例えば,(1)2000億円以上に膨れ上がった「アナログ放送用周波数削減対策費」(デジタル放送用周波数を確保するために,現行のアナログ放送用周波数を一部の地域で変更するための費用)をどのように減らすか,(2)周波数変更対策の過程で発生するアナログ周波数同士の干渉を,いかにして防ぐか──といった問題である。

 しかし筆者が考える最大の問題は,「苦労をしてデジタル化しても現行の計画では,視聴者にとっても放送事業者にとってもメリットがほとんど出てこない」ことである。その理由を以下に述べよう。

 まず,現行の計画に従って地上波放送をデジタル化すると,一部の地域で“デジタル難視聴”の問題が発生する。例えば岡山・香川地区や長崎地区などでは,すべての中継局をデジタル化するのが困難であり,これらの地域にある一部の世帯でデジタル放送を視聴できなくなるのは確実だ。これではアナログ放送の終了後に,地上波放送の重要な役割である「ユニバーサル・サービス」が維持できなくなる。

 さらに,総務省は地上波放送事業者に対して,デジタル放送で提供するサービスはHDTV(ハイビジョン)放送を中心にすることを求めている。アナログ放送が終了するまでは,アナログとデジタルの同時放送(サイマル放送)を行うことも要求している。つまりデジタル放送の開始からアナログ放送の終了までは,同じ内容の番組がアナログとデジタルで流れることになる。

 しかし,大型のハイビジョン・テレビやプログレッシブ・テレビを購入しないと,視聴者はハイビジョン放送の画質の良さを区別できない。それでも,アナログ放送よりも面白い番組をデジタル放送で提供していれば,まだましである。デジタル放送の番組は当面,アナログ放送とのサイマル放送になる。番組内容がアナログ放送と同じでは,普及のキラーコンテンツになり得ない。

 キラーコンテンツがなければ,よほどのことがないと,アナログ放送の視聴者はデジタル放送に移行しないだろう。こうした視聴者サイドから見た問題は,放送事業者にとってもデメリットになる。巨額なデジタル化投資を行っても,事業を発展させるためのビジネス・モデルが描けないためである。

このままでは,米国の二の舞は避けられない

 難航するアナログ周波数変更対策などによって現時点では,三大広域圏のデジタル放送を予定通りに開始するのは極めて難しい情勢になっている。2003年末という開始期限を守るには,放送エリアを限定するしかないというのが実情だ。

 しかし,とりあえず2003年末に放送波を出せるのであれば,悲観的に考える必要はない。現行のデジタル化計画を見直すよいチャンスになるからだ。

 まず,2011年というアナログ放送の終了時期をいったん撤廃し,三大都市圏で2003年末から行うデジタル放送は地域限定の試験サービスにしてはどうか。試験放送を行いながら,アナログ放送の終了時期を含めてデジタル化計画を作り直せばよい。計画を作り直す際には,視聴者や放送事業者にとってのメリットを改めて提示するとともに,アナログ放送の視聴者をデジタル放送に一気に移行させるシナリオを示す必要がある。

 最後に断っておくが,筆者は地上波放送のデジタル化自体に反対しているわけではない。デジタル化に消極的な一部の地上波放送事業者の肩を持つつもりもない。「視聴者の不利益になる問題が解決できない以上,現行の計画を守るために慌ててデジタル放送の本放送を始める必要はない」と言いたいのである。

 「一度決めたことは変えない」という“役所の論理”で本放送を急ぐと,日本に先行しながら低迷を続ける米国のデジタル地上波放送(DTV)の二の舞になる可能性が大きい。

(高田 隆=日経ニューメディア編集長)