日差しが強まり,ビールが恋しい季節になってきた。家庭でもうまいビールが飲めるビア・サーバーが普及しつつある。今回はビア・サーバーではなく“ホーム・サーバー”――つまり,自宅でインターネットのサーバー運営ができる製品――の話題だ。こちらのサーバーも一般家庭に普及し始めるのではないか。そう思わせるニュースがこの1週間ほどの間に5つあった。

 1つはNECが同社のパソコン「VALUESTAR」と「LaVie」の2002年夏モデルに,ホーム・サーバー機能を持ったソフトを標準搭載したというニュース。2つ目はソニーも秋に発売する「VAIO」の新機種にホーム・サーバー機能を盛り込むという

 3つ目はNTT-MEがずばりホームサーバーと銘打つ,Webサーバー機能を持った無線ルーター製品「LivingGate i」を6月に発売すること。また,東芝はHDDビデオ・レコーダを内蔵し,無線LANでパソコンにテレビ映像を送ることができるワイヤレス・ホーム・メディア・ステーション「TransCube 10」を発表した。そして最後は国内最大手ISPである@niftyがホーム・サーバーを運営するユーザーのためにダイナミックDNSのサービスを開始した,というニュースである。

 ホーム・サーバーが一般家庭に入り込むと何が起こるのか。また,入り込むには何が必要なのか。そもそも,なぜ,入り込もうとしているのだろうか。インターネット利用の仕方が大きくかわる可能性を持つのがホーム・サーバーである,という記者の主張に少しだけ耳を貸してほしい。

意外と古いホーム・サーバーの歴史

 現在,一般家庭向けのホーム・サーバーとその関連サービスが提供され始めた背景に関しては,もはや説明の必要もないくらいだ。ブロードバンドのインターネット常時接続が当たり前になってきたからである。“パソコンはインターネットにつなげるもの”ではなく,“インターネットにつなげるものがパソコン”というパラダイム・シフトが起きている。

 この傾向はさらに進展し,“インターネットにつながっているのがパソコン”という状況になる日もそう遠くはないはずだ。とりわけ,IP電話やP2P型のコミュニケーション・ソフトなどの普及が進めば,一般家庭においてもパソコンは携帯電話端末と同じように,常に電源をオンにして,インターネットにつなげておくもの,というような存在になるだろう。

 実際,すでに,週1回程度しかパソコンの電源を切らず,インターネットにつなぎっぱなしというヘビー・ユーザーは多い。もっと“ヘビー”なユーザーは――実は記者もそうであるが――Linux+Apache+Postfix+PHP+ADSLによる常時接続+ダイナミックDNSサービス,といった組み合わせでホーム・サーバーを運営している。

 実は,こうしたヘビーなユーザーが運営するホーム・サーバーの歴史は案外古く,1996年の「OCNエコノミー」のサービス開始にまでさかのぼることができる。パソコン通信時代の“草の根BBS”までさかのぼればもっと古い。

 「Cobalt Cube」のようなSOHO/ホーム・サーバー向けのアプライアンス・サーバーが登場してからもすでに数年が経つ。この間に,Linuxブームもあって,フリーのサーバー・ソフトの存在が広く知れ渡った。関連書籍も数多く出版され,1995年頃までは“高度なネットワーク運営技術”であったサーバーの構築・運営が,最近では誰でもちょっと勉強すれば身につくスキルとなった。

 このような中で,一般家庭向けのパソコンやインターネット常時接続サービスとともに一般家庭に入り込んだルーターがサーバーの機能を持ち始めることは,自然な流れと言える。冒頭に述べたニュースを聞いたとき,「ようやくホーム・サーバーの時代がくるのか」という感想を持たれた方も多いのではないだろうか。では,これからあなたがホーム・サーバーを買ったら何ができるのか,それが次の問題である。

“基本機能”は固まってきた

 NECのVALUESTARとLaVieではホーム・サーバー機能として「ドット・ゲートサービスを装備している。これは,外出先からiモード端末やパソコンのWebブラウザを経由して自宅のドット・ゲートサービスが動いているパソコン(VALUESTARまたはLaVie)に接続できるというもの。ユーザーは外出先でも,自宅のパソコンに届いたメールを閲覧したり,自宅のパソコン内にあるファイルをダウンロードできる。

 また,自宅のパソコンにUSBカメラを接続すれば,カメラ・サーバーとしても機能し,自宅の様子を静止画で見ることが可能である。ちなみに,ドット・ゲートサービスを実現しているソフトの1つがApacheだ。Apacheのような世界シェアでトップの本格的なWebサーバー・ソフトが一般家庭向けのパソコンに標準搭載されるとは,viエディタでhttpd.conf(Apacheの設定ファイル)を書いていた記者にとっては,ちょっと感慨深い。

 NTT-MEのLivingGate iは,Webページの公開やWebメール,ファイル共有,カメラ・サーバーといった機能に加え,家族向けの伝言板や個人メモといった機能も装備している。内蔵するソフトウエアはLinux+Apacheで,まさにヘビーなユーザーが運営していたホーム・サーバーをオール・イン・ワンで実現できると言ってもよい製品だ。

 これらの製品を見てゆくと,とりあえず,Webページの公開,ファイル共有,カメラ・サーバー,Webメール,伝言板あたりがホーム・サーバーの“基本機能”と言えそうだ。今後は,Web日記やWebスケジュール表,共有ホワイト・ボード,HDDに保存した映像データが視聴できるストリーミング・サーバーの機能,メーリング・リストの運営機能,分散オブジェクトとエージェント技術などを使う“仮想ペットの飼育”といったエンターテイメント,天気予報や為替相場など欲しい情報を1つのWebページに集約すると同時に,パソコンにインストールされている表計算ソフトでデータ分析ができる,いわゆる“ビジネス・インテリジェンス”の機能なども、だんだんと追加されていくのだろう。

 いずれの製品も,どこからでも自宅のパソコンに接続し,ISPのディスク・スペースやレンタル・サーバーでは実現できない,自分や家族専用の高機能なWebアプリケーションを使用できるようになることが、ホーム・サーバーの魅力となるはずだ。

 さらに,ホーム・サーバーと似たような言葉だが“ホーム・ゲートウエイ”の機能も追加されてゆく。ホーム・ゲートウエイはいわゆるネット家電やパソコンなどで構成する家庭内ネットワークとインターネットを結ぶための機器の概念である。ホームゲートウエイによって,インターネット経由でネット家電が操作できるようになると言われ,パソコン・メーカーだけでなく,多くの家電メーカーがその製品像を現在模索中である。

 JiniやUPnP,HomePNAなどホームゲートウエイの周辺技術も数多く現れ,乱立気味と言えるほどだ。なお,インターネット経由で録画予約ができるHDDビデオ・レコーダであれば,すでに松下電器産業やアイ・オー・データ機器などが製品化している。

 ホーム・ゲートウエイによって,インターネット経由で外出先からビデオの録画予約ができたり,自室のHDDに保存されている映像を家庭内のネットワーク経由で他の場所から再生・視聴する,といったことが実現できる。実際にソニーが秋に発売するVAIOにはこのようなホーム・サーバー,ホーム・ゲートウエイを実現する機能が搭載されるという。

 もっとも,強烈にホーム・サーバー(ホーム・ゲートウエイ)が欲しくなる“キラー・アプリケーション”が不在,という気がしないでもないが,紋切り型の意見を言うのはやめておこう。

クリティカル・マスを超えたときに期待

 記者が期待したいのは,中上級ユーザーを中心にホーム・サーバーがかなり普及し,一般ユーザーへも一気に浸透し始めると言われる臨界点的な普及率,いわゆる「クリティカル・マス」を超えたとき,あるいは超えそうなときに,新たなアプリケーションが登場することである。

 携帯電話が現代人のコミュニケーションを大きく変えたように,ホーム・サーバーが従来の形態とはまったく異なった新しいコミュニケーションのスタイルを生み出すかもしれない。

 我々は,このわずか数年ほどの間に,パソコン,携帯電話,インターネット,電子メール,iモードなど,さまざまな新しい技術・サービスがクリティカル・マスを超え,今まで体験したことのない経験――悪い経験も含まれる――や製品,サービスを享受してきた。ホーム・サーバーもこのクリティカル・マスを超えたときに,まったく新しい“何か”が生み出すのではないか、すくなくともそう思わせる実力を秘めた製品なのだ。

 と,ここまで書いておいて恐縮なのだが,その“何か”が記者にはなかなか思い浮かばない。本当は、SETI@homeのような個人も参加できる“グリッド・コンピュータ”というキーワードを思いついたが,具体像が今ひとつ想像できない。最近はあまりはやらないが,NNTP(Network News Transfer Protocol)を使うネットニュースのような分散型の掲示板で,文字だけではなく音声や動画でもコミュニケーションができるシステムはありうるような気もする。

 ありきたりの結論だが,この“何か”を思いつき,実現できた人がホーム・サーバー時代の成功者になれると思う。

普及の原動力になる製品に必要なもの

 少々,青写真を語りすぎたかもしれない。話をもう少し地に足がつく高さに戻そう。

 インターネット常時接続環境が容易に手に入る現在,来たるべきホーム・サーバーの時代に向けて,最大の問題はその存在自体にある,と思う。現時点はパソコンの延長線上にある製品(パソコン系)とルーターの延長線上にある製品(ルーター系)が市場に出てきたところだ。

 また,東芝の新製品などのHDDビデオ・レコーダや話題になった「インターネット冷蔵庫」(開発はヴイシンク)のようなネット家電の延長線上にある製品(ネット家電系)の発売も予想できる。当分は,パソコン系,ルーター系,ネット家電系の3形態のホーム・サーバーが並存するだろう。

 しかし記者は,これらはいずれもホーム・サーバーとして最適な形だとは思わない。パソコン系の場合は,機能面ではもっとも柔軟ではあるが,現状では一般家庭で常時稼働させることは難しい。パソコンが発する冷却ファンの音は、常に電源を入れておく機器としてはまだまだ違和感があるし,きょう体ももっと小型でかつ頑丈でなければならない。それに,パソコンはまだ家庭のなかに“鎮座”しているイメージで,家電のように“浸透”まではいっていないと記者は見る。

 ルーター系やネット家電系の場合,もともと常に電源を入れておくものにサーバー機能が追加された形なので,常時稼働は違和感なく受け入れられる。しかし,パソコン系と比べて拡張性・柔軟性・機能性は劣る。

 結局のところ,プリンタとスキャナとFAXの複合機が登場したように,これら3形態がある程度融合してゆく必要があるのではないだろうか。個人的な要望としては,パソコンと無線ルーター,電話機の3つが融合したホーム・サーバーが欲しいところだ。

 できれば,CPUは遅くてもよいのでファンレスで静音設計。大きさも現在の家庭用FAX機程度であってほしい。もっとも,融合機は“オール・イン・ワン”(普及する融合の形態)ではなく,“テレ・ビデオ”(あまり普及しない融合の形態)になる可能性もあるので,メーカーの方々の目には安易な商品化はリスキーに映るかもしれない。

 そして重要なのが、難解な用語が羅列された重いマニュアルを熟読しなくても、買ってきてつないだらそのまま使える、少なくともユーザーにそう思わせるだけのユーザー・フレンドリな製品であることだ。

 最後に。ホーム・サーバー時代にはネットワーク・セキュリティが今まで以上に重要性を増す。ホーム・サーバーには、セキュリティについて詳しくないユーザーが安心してバリバリ使えるような、強力なファイアウオール機能と不正アクセス検知機能の搭載が必須だ。

(武部 健一=BizTech編集)

■本記事は,BizTechに2002年5月21日に掲載したものです(記事へ