情報処理技術者試験は,昭和44年(1969年)に開始され,長い年月を経て「情報処理技術者の技術力を評価する総合的な国家試験」として我が国に定着し,情報処理産業のみならず一般企業の情報システム部門,大学や専門学校など教育界にも幅広く浸透している。

 平成6年(1994年)からは,エンドユーザー部門の情報化を支援するシステムアドミニストレータ試験が開始されるなど,すそ野が広がる情報システムの活用を促進するためにその役割を拡大してきた。

 しかし,1990年代半ばに入り,インターネットをはじめとする急激な技術革新が起こり,「時代に取り残された試験だ。合格しても役に立たない」など,批判されるようになった。技術革新が進んで新技術がどんどん生まれ,また高度化してきている。こうした状況に「実質的にスタンダード化されたもの」に関して出題する情報処理技術者試験が追いついていけないことは,その目的からして当然起こりうることであった。

 だからといって,「役に立たない,その役割は終わった」と早計に決め付けてしまうことは正しい認識と言えるだろうか。情報処理技術者試験が,技術が急激に変化し多様化する今だからこそ果たせる,あるいは果たすべき役割を見直しておくべきではないだろうか。

一つの技術だけでなく,全体を見通す力が軽視されていないか?

 現在,企業の情報システムは,第一世代の汎用機中心のもの,第二世代のC/S(クライアント/サーバー)型システム中心のもの,そして第3世代のインターネット技術を中心としたものが混在している。

 新規に開発するシステムはWebなどインターネット技術を中心にしたものが多くなっているが,ERPなどの基幹システムはC/S型システムが主力であり,C/Sはいまだにプロとして仕事をこなしていくための中核技術である。また多くの大企業においては,汎用機のシステムが依然として基幹システムの中心を占めている。つまり,最新技術だけ知っていれば済むというわけではないのである。

 さらに技術面で重要なことは,さまざまな世代のシステムを連携させて一つのシステムにまとめ上げる重要性が増してきている点である。大規模な企業ほど,膨大な情報システム資産を抱え込んでおり,これらを有効活用するためにも新規に開発したシステムを既存システムと統合させることが不可欠である。このことがスムーズにいかないと社会的にも大問題を引き起こす。みずほ銀行にみられるシステム統合の失敗はその典型的な例と言えよう。

 最近,一つの技術を深堀りすることばかりに目がいって,全体を見通す技術が軽視されているのではないか,という気がしてならない。

 技術が急激に変化するなかで批判を受けることも多い情報処理技術者試験だが,幅広い観点から出題されており,システムを総合的に見通す力をつけるということに関してはプラスの効用があると考える。

 システム連携プロジェクトにおいては,いろいろな経験を持つ人たちがチームに加わると想定されるが,そうしたチームに情報処理技術者試験の合格者が多くいることは,意思疎通をスムーズにさせて統合におけるリスクを軽減させると期待される。

情報処理技術者試験に期待する3つの理由

 折しも2001年からEジャパンプログラムがスタートしている。「我が国を世界最先端のIT活用国家にして国家競争力を高める」という戦略目標を達成するためにはIT人材の育成が不可欠で,しかも最優先の課題になっている。

 もちろん,情報処理技術者試験の具体的な内容については,改善に向けて議論の余地はあろう。だが大筋では,以下の3つの理由から,Eジャパンプログラムの最優先課題に対しても大きな貢献ができると筆者は期待している。

 第一に,情報処理技術者試験は,実際の業務システムの企画・開発・導入・運用・監査などに関する実務能力を総合的な観点から評価する試験であることである。この種の試験が継続して実施されることは,企業競争力の強化につながり,それが国家の競争力を高めることにもなろう。

 第二に,IT人材を国家的に厚く育成するには,新人のときから一貫した育成プログラムにのせて長期的な視点を持ち,やがて高度な人材に育てていくという戦略が重要と思われるからである。情報処理技術者試験は,難易度別に初級試験から,中級試験,上級試験というステップがあり,企業において人材育成を効率よく,計画的に行うことに貢献できるだろう。

 例えば,システム・インテグレーションを手がける情報処理企業においては,入社1,2年で初級の「基本情報処理試験」を取得する,入社3年から5年時点では「ソフトウエア開発技術者試験」,入社7年,8年目には「システムアナリスト試験」を取得する,といった目標設定がなされ,教育予算が確保され組織的に教育が行われている。合格者には技術手当を毎月支給する,昇級・昇格の条件とするなどのインセンティブが与えられている。

 第三に,高速インターネットが社会インフラとなる21世紀は,コラボレーションの時代といわれており,IT人材においても企業の壁を超えて,チームを組んで新しいプロジェクトに対応するということが求められるからである。こうした場合の,チーム編成を効果的に行うためには,各メンバーがどれくらいのスキルを持っているのか客観的に評価することが必要となる。

 その評価尺度としては,一企業における評価ではなく,市場価値(マーケット・バリュー)を持つ客観的な尺度を用いることが望ましい。初級,中級,上級と段階別に区分されている情報処理技術者試験は,初級からベテランまで,企業間にまたがる情報処理技術者のスキルを客観的に評価する尺度のひとつとして用いることができる。現在のところ,他にはこのような目的に使える総合的なIT試験はない。

 マーケット・バリューを評価する尺度として情報処理技術者試験が基準となるということは,IT人材の流動性を高めることに貢献し,これからますます深刻化すると思われるITプロフェッショナルに対する需給ギャップを軽減させることにつながる。

(上村 孝樹=編集委員室主席編集委員)