「いやあ,あれはひどいですねぇ」「お粗末ですよねぇ」。みずほ銀行システム障害の話題はすっかり,業界関係者のあいさつ代わりのようになってしまった。

 先日,みずほ銀行のプロジェクトの進ちょくを事前に知っていたという金融会社システム部出身の方に,お会いした。「開発方針を聞いた瞬間に,これは大変なことになると思っていた」という。

 この方には,あえて技術的に困難な方法を選んでいるように思えたほどだという。統合した旧3行のシステムをリレー・コンピュータで接続し,さらにはリテール分野(個人・中小企業向け取引)を旧・第一勧銀のシステム,ホールセール分野(大企業向け取引)は旧・興銀のシステムに集約するという部分が,である。

 どのような方針を採るべきだったか,については,意見が分かれるだろう。だが,すでに伝えられているように,どのシステムを中心に据えるかは,そもそも技術的な検討のみで決まったわけではないらしい。

 さらに複数の報道によれば,現場サイドから稼働前に「延期しないと無理」という進言が経営層になされていたという。とすれば,プロジェクト管理能力の向上をメディアが叫んだところで,こうした事故の再発を防げるわけではない。

CIOの役割が会議進行係!?

 筆者は,「実は現場のプロジェクト・マネージャは適切にリスクを把握して報告していたのではないか」と疑っている。問題の本質は,現場の報告を的確に理解して意思決定できないトップ・マネジメントにあるのではないかと。

 つい先日,この疑問を追求するため,みずほホールディングスにCIO(情報戦略統括役員)の役割と責任について質問を寄せたところ,広報部から書面で回答をいただくことができた。その全文を紹介する。


 「システム統合につきましては,極めて難度の高いシステム開発と認識し,それぞれのシステムに開発主管行を定め,各主管行において開発・管理体制を構築し,プロジェクトの推進・管理を行ってまいりました。
 また,各システム間の連携や全体の整合性確保のために,主要システム単位に合同メンバーからなるタスクフォースを組成し,プロジェクトを推進。このタスクフォース単位で,週次で持ち株会社のシステム担当役員ほか各行部長クラスが出席の報告会を行い,システム統合全体の進ちょく管理を行ってまいりました。」

 筆者の質問は,「今回のシステム統合において,CIOの役割はどんなもので,今回の結果についてCIOの責任をどう考えているのか,見解を教えてほしい」というものだ。だが,この回答文で判断する限り,筆者が事前に予想していたよりも,CIOの権限や責任ははるかに軽そうな印象を受ける。体制を構築し,チームを作り,会合を催すことがCIOの責任範囲だったというのだろうか。

 ならば,同行のCIOとは,ただの会議進行係や意見調整役であって,判断力やリーダーシップなど発揮していないだろう。実は「情報戦略統括役員」とは名ばかりで,設計内容を決定したり,稼働を延期して次善の策を採るといった選択権限を最初から持っていなかったのかもしれない。

 こうした推測が事実であれば,同行のCIO個人もまた哀れな犠牲者だ。自分が本件で一番興味を覚えるのは実はこの部分だ。一体,リスクを察知した技術者は,そのリスクをどうCIOに伝え,CIOを含む経営陣はどうリスクを議論したのだろう。CIOは,実態としてどのくらいの権限と,トップへの影響力を持って職務に当たっていたのだろう。

トップの労力なければ無駄なIT投資は防げない

 筆者が,システム化におけるトップ・マネジメントに関心を寄せるのは,日経情報ストラテジー誌の特集記事のために「IT投資の決裁」というテーマで取材を進めているからだ。このテーマでも,本質的な問題はトップ・マネジメントにあると思えるのだ。

 IT投資の決裁といえば,まずは投資対効果の測定の難しさに焦点が当たることが多い。だが,IT投資における本当の問題は,投資判断に誰がどう責任を持ち,誰がどう投資対効果をチェックするかというマネジメントの実行力だという人もいる。

 特に,日本企業にとって,この問題は根深い。こう指摘するコンサルタントや大学教授は極めて多い。取材先の何人かは,日本企業は株主など外部から,そうした投資状況を問われることを想定した経営をしていないことを,背景に挙げる。そして,外資の資本参加を受け入れた企業が,IT投資マネジメントの向上を先導するかもしれないと予想している。

 一方で,IT投資を売り上げや営業利益といった数字とリンクさせて,恣意(しい)的な判断を一切交えずに計算式だけで定量的に判定できるようにする研究は残念ながらいまだ完成してしない。それでも,どう投資対効果を把握すればマネジメントとして適切なのかの研究は着実に進みつつある。

 だが,役員クラスの責任体制などマネジメントが変わらなければ今後10年,20年先も,IT投資は「効果があったかなかったかよくわからない。それでも不安だから一定額は投資を続ける」というレベルの企業が後を絶たないだろう。

 意思決定の正しさを追求するトップ層の情熱と惜しみない労力なくして,投資判断の質の向上はありえない。そして,景気が良ければ,湯水のように大規模なシステム開発に資金を投じ,景気が悪くなれば新規開発投資をカットする,という戦略性のないIT投資が行われていくのだろう。

(井上 健太郎=日経情報ストラテジー)