Windowsに携わるハードウエア開発者を対象とした米Microsoft社主催の会議「WinHEC」。11回目を迎えたWinHEC 2002は,2002年4月16~18日の3日間,米ワシントン州シアトルにあるWashington State Convention & Trade Centerで開催された。この会議では,MicrosoftがWindowsの方向性を明らかにしながら,その機能に必要なハードウエアの開発を呼びかける。米Intel社主催の開発者会議「Intel Developer Forum」と並んで多くのハードウエア開発者が集まる場である。

 そのWinHECでもっとも多くの人が詰めかけるセッションが,いくつかのデモンストレーションを交えながら開発中のOSやアプリケーションを披露する基調講演だ。Microsoftチーフ・ソフトウエア・アーキテクト兼会長のBill Gates氏が登壇する年がほとんどだが,多忙を極めるGates氏が駆けつけられない年もある(1999年のWinHEC 99ではSteve Ballmer社長が担当した)。今年は最終日の4月18日の登壇となった。

 今年のWinHEC初日,オープンング・セッションでは同社上級副社長のJim Allchin氏が登壇,次期Windows Media Technology(開発コード名Corona)が備える6チャネルの3次元音楽再生機能「Windows Media Audio Professional」,Windows .NET Serverに搭載する動的にクラスタ[用語解説]構成を拡張する機能したりセキュリティ・パッチを自動適用したりする管理機能,などを紹介した。

 比較的見栄えのするデモンストレーションとして,Allchin氏はBluetooth[用語解説] とIEEE802.11b[用語解説]のネットワークをシームレスに扱うデモンストレーションを試みた。BluetoothとIEEE802.11bを物理層/データリンク層としたネットワークがIPでルーティングされることを披露したかったのだと思われる。

 “思われる”と書いたのは,インターネットへの接続がうまくいかずに「The page cannot be displayed」が表示され,デモが失敗に終わってしまったからだ。

 1998年のCOMDEX/Springの基調講演で,Gates氏が二カ月後に登場を控えたWindows 98の目玉の一つであるUSBのデモンストレーションをした際,ブルー・スクリーンで中断した記憶がよみがえる一幕だった。そのときは,Gates氏が「これがWindows 98を出荷できない理由だよ」と笑いとばしたシーンが印象的であった。しかし今回のAllchin氏は即座にジョークで切り返すでもなく,明らかに怒気を含んだ声で失敗をなじった。

主要な発表の谷間,基調講演の目玉は?

Gates氏 そんなわけでWinHEC最終日の基調講演に登壇するGates氏は何を引っ提げてくるのかと,少し意地の悪い期待をしていた。時期が時期であれば,次期Windows「Longhorn(開発コード名)」をぶち上げるのかもしれない,という予測も立てられる。とはいえ今回のWinHECは,派手な花火が打ち上がることはまずない。主要な発表のちょうど谷間に当たる時期の開催だった。

 Windows XP発売から約半年,Windows .NET Serverは2002年後半に出荷を予定するものの,OSの基本的な作りはWindows XPと同じ。Longhornは角(horn)ならぬ首が伸びる一方で,出荷予定は2004年後半と登場までに2年以上の時間がある。開発スケジュールの面から言っても,マーケティングの手法からしても,この時期にLonghornを基調講演の目玉に据えることは考えにくかった。

 案の定,コンシューマ・エレクトロニクス関連の見本市「2002 International CES」を筆頭に各所でデモンストレーション済みのMira[用語解説]やFreestyle[用語解説],USB接続[用語解説]の受話器を使ったWindows Messengerによる通話,次世代64ビットCPU「McKinley(開発コード名)」を4個搭載したサーバー機での画像データの加工など,目新しいものは少なかった。

 Gates氏が主演,開発者の爆笑を誘う恒例のジョーク・ビデオの上映もない。セキュリティ問題や反トラスト法訴訟でついにGates氏が証言台に立とうというときに,そんなおふざけをしている場合ではないのだろうが。

開発者の心をとらえたささやかなデモ

 流れが変わったのは,Trustworthy Computing(信頼できるコンピューティング)の一環として,.NET Passportサービスを使ったバグ・フィックス支援サービス「Microsoft Error Report」を紹介したときだ。ユーザーのパソコンで発生したシステムのエラー情報を,.NET Passportサービス経由でMicrosoftが収集。Microsoftのサーバに蓄積された情報を基に,ハードウエア・メーカーやソフトウエア・メーカーと共同で調査にあたる枠組みである。Microsoftが自社ソフトの改良に役立てるだけでなく,広く開発者に情報を提供しようというのだ。

 講演が終わってみれば,開発者達の拍手は心なしか暖かみを感じるものだった。もちろん,熱狂的な鳴りやまぬ拍手,というものではない。比較的小さな,さざ波のような拍手だった。ところが案外拍手は長く続いていた。明らかに失望している場合にはアッという間に拍手は止む。

 さすがに会場の開発者の方々すべてにアンケートを採るわけにはいかなかったが,以前ACPI(ハードウエアの電源や初期化に関する管理機構のこと)に関する取材でお世話になった開発者を見かけたので基調講演の感想を聞いた。「(Error Reportは)うまく動けば役立つでしょうね」と好意的にとらえていた。ちなみに同氏はACPI関連の個別セッションについて「レベルが低い」と酷評していた。

 「派手な機能拡張やデモンストレーションよりも,開発者向け情報提供を重視して地道な問題解決を支援すべきだ。WindowsはMicrosoftのコードだけで動いているわけではないのだから」――。小さく長い拍手は,そんな想いからくる応援であり,また非難でもあったのではないだろうか。

(高橋 秀和=日経バイト編集)