「あれっ,また渋滞だ。到着が遅れてしまうな。こんなときに,カー・ラジオの交通情報は,ちょっと頼りにならないからな」――。多くのドライバは,こんな経験をおもちであろう。カー・ナビをつけているドライバでさえ,「いつまで,どの程度ひどい渋滞が続くのか分からない」と不満をもつ人もいる。

 こうしたドライバの不満の原因の一つに,クルマの中で情報が双方向でやりとりできないことがある。しかし,モバイル環境に向けた情報化の波は,歩行中の携帯電話や,駅やホテルでのホットスポット・サービスから,いよいよクルマにも押し寄せようとしている。テレマティクス(自動車向けの情報サービス)やITS(高度道路交通システム)と呼ばれるサービスやシステムが,実用化に向けた動きを加速させているのだ。

 「渋滞状況の変化に応じてリアルタイムに,最適な道順や経路別の時間短縮効果,目的地に到着する予定時刻が的確に分かる」――。そう遠くない将来に,こんな画期的なサービスが提供されるかもしれない。

 このような高機能カーナビ・サービスのほかにも,防犯や安全運転の支援,楽な運転や緊急時対応の支援,各種危険に関する警告情報の提供,各種料金の支払いやデータのダウンロードなどに関するサービスが,自動車メーカーやコンピュータ・メーカー,システム・インテグレータ,通信事業者などによって,構想・研究開発されている。

 さて,あなたは,こうした“クルマの情報化”に関するサービスを有料でも利用したいと思うだろうか。

防犯や緊急時対応の消費者ニーズが強い

 日経BPコンサルティングの「クルマの情報化市場調査」では,全部で65種類の新しいサービスについて,有料でも利用したいか(「車載機器の購入費用」または「月額サービス料金」を出せる範囲で払ってもよいか)について調査した(調査項目の全体像や回答者のプロフィールはこちらのページを参照)。グラフでは,有料利用意向率の高い10件と,注目されるサービス3件の13件について示している。

一般ドライバが有料でも利用したいと思うサービス"

 この調査の結果,「行方不明車の現在位置検索」(46%)を筆頭に,「自動車の不正動作時に携帯電話・端末に通知」(41%),「本人確認によるエンジン始動」(24%)など,防犯に関するサービスが上位に並んだ。近年の盗難車の急増,検挙率の低下に伴い,ドライバの防犯意識が高まっていることが反映したとみられる。

 もう一つの柱は緊急時の対応サービスである。「緊急時救援通報」(38%),「遠隔操作によるドアロック解除」(32%),「故障情報のロードサービス/修理事業者への連絡」(28%)などが上位に食い込んだ。「困ったときには助けて欲しい。そのためにはお金を払ってもよい」という気持ちの表れだろう。冒頭に挙げた「動的な最適経路予測」(22%)は,65種類の中では10位と上位だが,防犯や緊急時対応のサービスの後塵を拝した。

 従来テレマティクス分野の消費者ニーズに関しては,「米国では防犯や緊急時対応のニーズが高いが,日本ではカーナビ関連のニーズが高い」(自動車業界関係者)と言われてきた。米国では,車両盗難に対する自衛意識が高く,交通量がまばらな砂漠や山岳地帯などで緊急事態が発生したときに救助を求めるニーズが強いのに対して,日本は道路網が複雑で渋滞が激しいことに不満が強いとされていた。

 しかし,今回の調査では,すでに約900万台普及したカー・ナビよりも,防犯や緊急時対応に関する有償サービスに対する潜在ニーズが強いことが確認された。

警備保障会社や自動車メーカーが新サービスに本腰

 「行方不明車の現在位置検索」のサービスとして有名な「ココセコム」は2001年4月の商用化から1年間で約12万件の契約を獲得し,今年に入ってからは,綜合警備保障,矢崎総業グループ,セントラル警備保障などが,この分野の事業に相次いで乗り出している。

さらに,自動車メーカーによる総合的なサービスとしては,日産自動車が「カーウイングス」を3月に開始,トヨタ自動車も今夏以降順次「G-BOOK」を開始する。

 行政も「クルマの情報化」を後押しする。高速道路料金を無線通信によりノンストップで,キャッシュレス決済する「ETC(ノンストップ自動料金支払いシステム)」について,国土交通省は現行の「ハイウェイカード」並みの前払い割引制度を7月に導入する方向をこのほど固め,ドライバに経済的インセンティブを与える形で普及を促進する。

 また,警察庁と国土交通省は3月14日,「道路交通情報提供の在り方について基本的考え方」を公表。従来は民間に認めていなかった道路交通情報ビジネスを規制緩和し,システム・インテグレータなど民間事業者の参入をうながす。

事業者の期待と消費者ニーズにギャップ

 では,テレマティクスの消費者ニーズについて,サービスを提供する事業者サイドは,どの程度把握しているのだろうか。本調査では,自動車技術の総合情報サイト「AUTOMOTIVE TECHNOLOGY」の登録会員のITS事業者に,ITS市場に対する見方を調査,集計している。

 その結果,「事業者が収益を期待するサービス」と「消費者が有料でも利用したいサービス」は,必ずしも一致していないことが判明した。トヨタ自動車の野口好一ITS企画部長は,「確かにこれまでITSはシーズ中心,プロダクトアウトで進めてきた面がある。今後のテレマティクスはニーズ中心,マーケットインの発想で進める必要がある」と指摘する。

 最もギャップが大きいのは,ETCである。ETCは事業者の55%が収益を期待しているが,消費者の有料利用意向率は11%にとどまる。逆に,「行方不明車の現在位置検索」は事業者の収益期待が59%,消費者の有料利用意向率が46%であり,両者ともに高い。「緊急時救援通報」も事業者側が56%,消費者側が38%で,相対的にはギャップが小さいサービスだ。防犯,安全運転,緊急時対応に関するサービスは両者のギャップが相対的に小さく,ETCなど決済や電子商取引に関するサービスではギャップが大きい。
 もちろん,事業者が収益を上げる方法は,消費者に課金するだけではない。「自動車の位置情報をもとにした特売/割引情報の提供」(有料利用意向率5%)などの電子商取引関連サービスは,車載情報機器をクルマに標準装着することで,費用を顕在化させず,広告主から収益を上げる方法もあり得る。しかし,このあたりの事業モデルはまだ構想レベルにとどまり,具体化していないのが現状だ。

 もう一つ大切なことは,開発されたサービス・技術を消費者に認知させるマーケティング活動である。「行方不明車の現在位置検索」の代表的なサービスである「ココセコム」の認知率は63%であるのに対して,「緊急時救援通報」の代表的なサービスである「HELPNET(ヘルプネット)」の認知率は8%にとどまる。

 潜在的に消費者ニーズの高いサービスであっても,そうしたサービスがあることが消費者にきちんと伝わっていなければ,爆発的な普及は望めない。

ユビキタス社会の“大物”となる条件

 そもそも,クルマは情報化の対象として興味深い存在だ。バッテリから電源供給を受けられ,携帯電話機と違って煩雑な充電作業を要しない。ネットワーク化の対象として国内だけで7000万台以上が稼働している巨大な存在だ。さらに,エンジン,ブレーキ,ワイパー,トランクなど部品ごとにIPアドレスを割り当て,それぞれの稼働状況を管理していく構想もある(IPCarシステムインターネットITS)。

 これらを踏まえると,クルマはいつでもどこでもコンピュータとつながるユビキタス社会の実現に欠かせない“大物”として活躍する素地があると言える。

 クルマがその図体だけでなく,真の意味でユビキタス社会の大物となるために,ITS/テレマティクス事業者には,消費者ニーズを的確にとらえたサービスや技術を開発すること,それらの新サービスや技術を理解・浸透させるためのマーケティング活動を消費者の目線で実践することが求められている。

(村中 敏彦=日経BPコンサルティング 調査第一部次長)