また一つ,インターネット上の著作権を巡る,興味深い判決が出た。東京地方裁判所が4月15日に出した,「インターネットの掲示板における書き込みに著作権が発生するかどうか,そして書き込みを無断引用して出版するのは著作権法違反かどうか」に関する,日本で初めての判決だ。

 東京地裁の飯村敏明裁判長は,「思想や感情を創作的に表現したもの」との限定付きながら,「ネットワーク上の掲示板に投稿される“書き込み”にも著作権が発生する」と判断を示した。さらに「これら書き込みを無断引用して出版することは著作侵害にあたる」として,投稿を無断引用して出版した著者と出版社に,投稿者11人に対する約110万円の支払いと,当該書籍の出版差し止めなどを命じた。

「匿名であっても,著作物性は否定されない」との判断を示す

 この裁判(東京地裁 平成13年(ワ)第22066号著作権侵害差止等請求事件)は,複数の投稿者がホテル情報に関するWebサイト「ホテル・ジャンキーズ」の掲示板に書き込んだ内容を,サイトの運営者らが出版した文庫本「世界極上ホテル術」(光文社刊)に無断で転載されたとして,掲示板の投稿者が著者と出版社を相手取って損害賠償と当該書籍の出版差止を,東京地裁に請求したもの。

 掲示板への投稿者である原告らは,(1)掲示板への書き込みは著作物に当たる,(2)これらを無断で出版物に掲載したのは著作権の侵害行為である,と主張していた。

 これに対し,著者と出版社は,(1)ネット掲示板への書き込みは匿名(ハンドル・ネーム)で行われ,投稿者は書き込みへの責任を負う必要がないため,著作物とは言えない,(2)掲示板の書き込み内容は「質問」と「それに対する答え」になっているため,投稿者らの書き込みだけでは「思想や感情を創作的に表現したもの」とは言えず著作物ではない,(3)これらを投稿者に無断で出版物に掲載しても投稿者らの著作権を侵害したとは言えない,(4)出版社は投稿者が匿名であることから,それを出版物で掲載したときに投稿者に掲載の可否を確認できないため,仮に無断掲載であっても出版社に責任はない,と反論していた。

 今回の判決では,原告である投稿者の主張をほぼ全面的に認め,出版物の著者と出版社の主張を退けた。

 掲示板以外のWebサイト・コンテンツに著作権が発生することは,これまでもほぼ一般に共通の認識だった。今回の判決ではさらに「掲示板への書き込み」に関しても,限定的な条件付きながら,「著作物である」ことを認めた点が画期的と記者は見る。しかも「匿名であっても,著作物性は否定されない」との判断を示しているのだ。著作物であるなら,著作権は掲示板に書き込んだ投稿者にあることになる。

ネット上の書き込みの引用や転載に一定の枠を設ける

 これまでネット掲示板の書き込みに関して誰が著作者であるのか,明確な基準や判断は存在しなかった。このため書き込みの扱いは,他への引用や無断掲載などが自由に行われることも多く,いわば“野放し”状態になっていた。今回の判決は,書き込みを他者が利用する際に,その利用方法について一定の枠を設けたことになる。その意味で,大いに意味のある判決と言えよう。

 また判決は出版社の責任に関しても言及している。光文社は「匿名の書き込みなので,掲載について投稿者に許諾を得ることが困難」と主張した。しかし,「匿名であっても,投稿者が書き込みの転載を許諾したかどうかを確認する義務から出版社はのがれられない。また出版社は,著者に対して投稿者への転載許諾の可否を確認できたのにそれを怠った」との理由で,東京地裁は光文社側の主張を全面的に退けた。

 今回の判断は,ネット上の書き込みであるかどうかを問わず「著作物の引用/転載の扱い」に関しては,より厳密に行うよう裁判所が著者や出版社に求めたものと言える。この点でも非常に重要な判決だ。

 なお,本稿の執筆時点(2002年4月16日)では判決は確定していない。敗訴した光文社も「判決文の内容を検討した上で,今後の対応を決めたい」としており,控訴の可能性もある。しかし,ネット掲示板の書き込みに対して,一旦はこのような判断が示されたこと自体が注目に値する。

(田中 一実=BizTech副編集長)