このところ「元気がない」と言われ続けている日本のIT。しかし,日本が世界に誇れる情報技術がいくつもあることを忘れてはならない。海外メディアが競って伝えるホンダやソニーが開発した2足歩行ロボット,高性能のデジタル・カメラなどは,その最たるものだ。

 こうした中で,「もっと世界から注目を浴びてよいはず」と記者が強く思うのが「スーパーコンピュータ[用語解説] 」だ。この分野で「日本が世界のトップを走っている」ことを示したのが,神奈川県横浜市にある海洋科学技術センター横浜研究所に設置された「地球シミュレータ」という名のスーパーコンである。

コンピュータの中に「仮想的な地球を作る」

地球シミュレータ この地球シミュレータ,現時点で文字通り“世界最大・最高速”のスーパーコンだ。日本原子力研究所,宇宙開発事業団および海洋科学技術センターの3者が要求仕様を出し,4年以上の歳月をかけてNECが完成させた(写真)。

 コンピュータの中に「仮想的な地球」を作り,大気の循環や地球温暖化,地震波伝播などのシミュレーションを全地球規模で,精密かつ高速で実行することを狙い,当初から地球シュミレータと名付けて構築が進められてきた。合計5120台のプロセサを実装し,計算上の最大性能を示す「ピーク時性能」は40テラFLOPS(1秒間に40兆回の浮動小数点演算を実行,[FLOPSの用語解説] )に達する。

 現在,世界でスーパーコンを開発しているメーカーは米IBM,米Compaq Computer,富士通,日立製作所,そしてNECなどに限られ,開発競争でしのぎをけずっている。各社が一般に販売しているスーパーコンのピーク時性能は,6~8テラFLOPSだ。ところが,地球シミュレータはピーク時性能だけをみても,その5倍以上の性能を有する。

 米国では政府とIBMなどが共同で,ピーク時200テラFLOPSのスーパーコンの開発に着手したところだが,このマシンでピーク時100テラFLOPSのレベルまで達成できるのは早くて2004年とされる。

実行性能でもピーク時性能の70%をたたき出す

 スーパーコンの場合,ピーク時性能だけで,その性能を評価することはできない。実際に動作させたときの処理能力である「実効性能」がものをいう。ピーク時性能とは,プロセサ単体の最大性能にマシンが搭載するプロセサ数を乗じて算出したものだ。例えば,10GFLOPSのプロセサを200台搭載したマシンなら,ピーク時性能は2テラFLOPSとなる。ところが実際にはそこまでの実効性能は出ない。

 マルチプロセサにした場合,密結合であってもプロセサ間通信のオーバヘッドがある。さらにマルチノードにした場合,ノード間通信がボトルネックになる。アプリケーションの側面から見ると,実行コードが全プロセサを最大限動作させるようにチューニングをしなければ演算性能は上がらない。

 主だったボトルネックだけでもこれだけ挙げられる。すなわち,プロセサ数やノード数が増えれば増えるほど,ピーク時性能と実効性能の差が大きくなるのである。「ピーク時8テラFLOPS級のスーパーコンの実効性能は,2~3テラも出れば御の字」というのが,これまでの一般的な見方だった。

 実は記者も申し訳ないことに,地球シミュレータで1000個以上のプロセサを同時稼働させたときの実効性能はピーク時の30~40%も出れば良いほうだろうと高をくくっていた。

 ところがその予測は大きくはずれた。全プロセサの半分に当たる2560プロセサ構成(ピーク時性能20テラFLOPS)の状態で,大気循環モデルのシミュレーションを実行したところ,何と14.5テラFLOPSの実効性能を記録したのである。ピーク時の70.8%の性能が出たことになる。

 スーパーコンに馴染みのない人は「何だ,たった70%しか性能が出ないのか」と思われるかも知れない。しかしこの分野では2560台ものプロセサを並列で動作させ,70%もの性能が出たことは“驚異的”なことなのだ。さらに海洋科学技術センターの予測によると,全プロセサを同時に稼働させた場合でも70%程度の実効性能が出せる可能性が高いというのだから,今後への期待は高まる。

 地球シミュレータの運用を統括する同センター・計算地球科学研究領域の谷啓二・領域長も「ここまでの性能が出るとは驚いた」との感想を記者にもらしてる。もちろん「徹底的にアプリケーションをチューニングし,その作業に膨大な労力をかけた」(谷領域長)ことで得られた結果ではあるが。何はともあれ,驚異的な実効性能が出たことには間違いない。ちなみに14.5テラFLOPSという実効性能は,現在世界で動いているスーパーコンの10倍もの性能となり,名実ともに世界最高速のマシンといえるのである。

特別仕様のマシンではない

 さらにこの地球シミュレータ,決して特定用途向けに作られた特別仕様のマシンではないということのも特徴だ。利用しているハードウエア/ソフトウエアは,既存のスーパーコン用の技術を転用しており,解析できる問題も種類を選ばない。特に固体および流体力学に関する数値計算ならなんでもこなす。ただ他のスーパーコンと異なるのは,システム規模が極端に巨大なだけだ。

 逆の見方をすれば,これだけ高性能の大規模なマシンを作れる技術を,日本のコンピュータ・メーカーが平素から持ち合わせている,と言えるのだ。海洋科学技術センターの佐藤哲也・地球シミュレータセンター長は,「米国防総省などが開発しているピーク時100テラFLOPS級のマシンでも,実効性能では地球シミュレータにかなうかどうか疑問。4~5年先を見越しても,この地球シミュレータが実効性能では世界最高速のレベルを保てるだろう」と意気込みを見せる。

 これは世界に誇れることだ。世界からもっと注目されてもよいはず,と申し上げたのはこういう訳なのである。

 今回稼働したのはNEC製のマシンだが,先に述べた通り,日立や富士通もスーパーコンの開発競争に“参画”している。中でも富士通はこの秋に出す新型スーパーコンで,2004年までに150テラFLOPS以上のピーク時性能を実現する,と宣言している。当分の間,日本が世界をリードしていくであろうこの分野,記者は眼を離すことができない。

(田中 一実=BizTech副編集長)

■この記事は,BizTechに4月1日に掲載したものです(記事へ)。