この春から無線LAN技術を使うインターネット接続サービス(無線LANサービス)が続々と始まる。無線LAN[用語解説] は,これまではオフィスや自宅など決まった場所で使うものだったが,無線LANサービスは,駅や飲食店など外出先に設けられた「ホットスポット」[用語解説] で高速なインターネット接続環境を実現するのが目的だ。

 無線LANサービスに加入したユーザーが,その無線LANが利用できるホットスポットに自分のパソコンを持参すれば,PHSや携帯電話を使うよりも高速にインターネットにアクセスできるようになる。

続々と始まる無線LANサービス

 商用無線LANサービスの先陣を切るのは,有線ブロードネットワークスなどが設立したモバイルインターネットサービス(MIS)。4月から東京23区の主要エリアにおいて,2400円の月額固定料金で商用サービスを提供開始する。

 これに続いてNTTコミュニケーションズは4月にも,東京23区内から月額2000円程度で商用の無線LANサービスを開始する。利用エリアは順次,神奈川県や千葉県,埼玉県へ拡充していく考えだ。

 このほかNTT東日本は5月から,東京都と北海道で無線LANサービス「Mフレッツ」を試験的に始める。これは同社が提供しているISDNやADSL,FTTHといった,有線の回線を使った月額固定料金のインターネット接続サービス(フレッツ・シリーズ)の付加サービスとして提供する。

 さらに日本テレコムやJ-フォンに加えてNTTドコモも,無線LANサービスの実験を始めることになった。このように商用サービスに試験的なものも加えると,多くの第一種通信事業者がこぞって無線LANサービスに参入してくることになる。

 これらの無線LANサービスは,駅や喫茶店,ホテル,イベント会場など,多くの人が集まりやすい場所に無線LANのアクセス・ポイントを設置する。ここは「ホットスポット」と呼ばれる。

 これらのサービスで使う無線LAN方式はIEEE(米国電気電子技術者協会)が標準化した「IEEE802.11b」[用語解説]が主流で,最大11Mbpsのデータ通信速度を実現できる。通信速度を保証しないベストエフォート型のサービスになるため,実際は数メガbpsまで速度が落ちる可能性がある。しかしそれでも第3世代移動通信サービス「IMT-2000」([用語解説] ,最大384kbps)やPHS(最大128kbps)など,移動通信システムを使うデータ通信サービスよりは高速になりそうだ。

 このため無線LANサービスの事業者は,出先で移動通信サービスより高速のインターネット接続環境を求めるユーザーの獲得を狙っている。例えば,ホームページや画像系コンテンツをより高速に閲覧したい用途や,企業向けアプリケーションをより高速処理したい用途などが見込まれている。

エリア拡大か,採算性か

 こうした出先での利用に焦点を当てた新しい通信サービスが普及するには,提供エリアと利用料金のバランスを取ることがカギとなる。提供エリアを広げれば,ユーザーにとっては利便性が高まるが,事業者の設備投資コストは高まる。それはすなわち利用料金に跳ね返ってくる。

 一方,提供エリアを広げないと,ユーザーが利用したい場所にホットスポットがないことになり,ユーザーの利便性は下がってしまう。ユーザーが使ってくれる料金水準に抑えつつ,提供エリアを拡大していく必要があるのだ。

 先行する国内の無線LANサービス事業者の例を見ると,当初は2000円台の月額固定料金での競争になりそうだ。一般的に無線LANの基地局(アクセス・ポイント)は携帯電話など移動通信サービス向けのものと比べて,台数当たりの投資コストが格段に安いとされている。

 しかし,現時点では特に採算を確保しやすい場所にエリアを限定しない限り,月額2000円の実現は困難なようだ。例えばNTTコミュニケーションズは,「ユーザーが5~10分歩けば次のエリアに着けるような利用イメージを想定して,サービス・エリアを確保していく方針」としている。ほかの無線LANサービス事業者もおおむね同様の考えで,採算を度外視したエリアの拡充には慎重な姿勢をとっている。

 このように各事業者がエリアの拡充に慎重になる背景には,無線LANサービスの提供で先行した米国の事情がある。

 米国では当初はいくつかの事業者が無線LANサービスに参入したが,エリアの拡充を優先して月額料金を高く設定した事業者が,次々と米国破産法(チャプター11)の適用を申請した。現時点では,以前から顧客向けの無料サービスとして無線LANを導入していたホテルなどと協力して,投資コストを抑えた事業者だけが安定した収益を確保しているようだ。

 日本では,これから無線LANサービスの市場が立ち上がる段階であり,米国のように既存の無線LANインフラを利用する手は使えない。このため国内の無線LANサービス事業者は,採算を確保しながらエリアを拡充するといった事業展開を考えているようだ。

 とは言え,これまでの通信サービスでは,サービス開始当初のエリア不足がそのサービスのイメージ・ダウンにつながり,後々までユーザーの獲得に悪影響を与えた例が数多くあった。何とか事業者の投資コストを抑えながら,エリアを早期拡充し,多くのユーザーの支持を得る手はないだろうか。

エリアと料金の両立にはローミングが早道

 そこで筆者が提案したいのは,無線LANサービス事業者がエリアを互いに補完し合う「ローミング・サービス」[用語解説]をできるだけ早期に提供することである。

 ローミングとは,例えばダイヤルアップのインターネット接続サービスでも使われており,そんなに珍しいものではない。海外のインターネット接続事業者(ISP)と契約していなくても,海外で現地のアクセス・ポイントを利用できるのは,利用している国内ISPがローミング・サービスを提供しているからだ。

 無線LANサービスにおいても,例えば,ある無線LANサービスに加入しているユーザーが追加料金を支払えば,提携先の無線LANサービスのホットスポットを利用できるといったサービスが考えられる。一つの事業者では,利用できる飲食店や駅,地域が限られても,複数の事業者のサービスを組み合わせればどこにでもホットスポットがあるような状況を生み出せるというわけだ。

 もちろん,ユーザーが複数の事業者と契約すれば,多数のホットスポットを使えるようになるが,それではユーザーは事業者の分だけ利用料金を支払わなければならない。最小限の追加コストで,多くのホットスポットを利用するには事業者間でローミングしてもらうのがありがたい。

 ローミングで提携した事業者の間ではエリアでの競争はできなくなるが,例えばセキュリティの確保,様々なアプリケーションと企業向けのシステム・インテグレーションの提供,などでの競争が考えられる。こうした付加サービスで事業者の独自性をアピールしつつ,無線LANのエリア展開では協調関係を結ぶのである。

 現時点ではいくつかの無線LANサービス事業者が,将来はほかの事業者とローミングで提携していきたい,という考えを表明している。ただし,事業者間で精算する料金体系など,具体的な話し合いはまだこれからのようだ。

 各事業者とも仮にローミングを行うにしても,なるべく多くの採算エリアを事前に確保した上で,ローミングの料金交渉を有利に展開したい,という本音も見え隠れしている。

 しかし無線LAN方式はほとんどIEEE802.11bで統一されており,技術的にはローミングを実現しやすい環境が整っている。無線LANサービスの事業者には,できるだけ早期に私利私欲を捨てて,業界全体の市場拡大に向け手を組む姿勢が求められる。

(稲川 哲浩=日経ニューメディア)