ある雑誌は,ソフトバンクの孫正義社長を「虚王」と例えた。孫氏がどんなバックグラウンドをもってビジネスを展開しているのか,私はよく知らない。けれども,ネットワーク・インフラの整備に限って言えば,孫氏が近年2度にわたって日本社会にブレークスルーをもたらしたことは確かだ。

 1度目は1990年に始まったNetWareブーム。国産メーカー数社を巻き込んでノベル日本法人を設立した結果,マルチベンダーによるネットワーク機器の低価格化が進行し,急速にLAN環境が企業のオフィスに浸透した。

 そして2度目は2001年のYahoo! BB開設。それまでの常識を覆す低料金を打ち出し,高速の常時インターネット接続環境が一般家庭に広まるきっかけを作った。まもなく始まるBB Phoneにいたっては「電話代がタダになる?」と錯覚するほどのインパクトがある。

 もちろん,これらのことが順風満帆に進行してきたわけではない。LAN普及の過程では,マルチベンダーという売り文句とは裏腹に,互換性の問題や動かないアプリケーションが続出し,解決に何年もかかった。Yahoo! BBにしても「開通するまで半年も待たされた」とか「採算度外視」といった批判が後を絶たない。

 しかしながら,着実にネットワーク環境は変わってきた。もはや,ADSLと無線LANが日常生活の必需品となっている家庭すら珍しくない。我が家も例外ではなく,セキュリティ面での不安を除けば,会社よりもはるかに強力なネットワーク環境になっている。

 例えば,無線LANアダプタ以外,ほとんど何も装備していない軽量のノート・パソコンを使って,カミさんは食品や医薬品の情報を調べたり,毎日のように親戚や友達とメールをやり取りする。一方,中学生の娘は歴史の宿題をまとめるために,あちこちのホームページを読みあさっている。ニコラス・ネグロポンテ氏が「Being Digital」というエッセイ集に書いたことが,いまようやく実感を持ってわかる。

ブロードバンド時代は,「幸せな時代」になるのだろうか

 こうして,私たちはブロードバンド時代の入り口にさしかかった。では,ブロードバンド時代とは,いったいどんな時代なのだろうか。私にはよく分からない。

 ベンダーやマスコミが描く世界も,ずいぶんリッチであることは分かるが,課金やセキュリティといった心配事を増やすばかりに思えてならない。インターネット環境が充実してきても,相変わらずテレビは見るし雑誌も読む。仕事は楽になっているはずなのに,実際には睡眠時間が減るばかり。

 故・寺山修司氏が戦後の経済成長期に,ただひたすら「あなたは幸せですか」と庶民にインタビューして歩くという,実に興味深いドキュメンタリを作ったことがある。いま同じ問いを発してみたい。

 同じような意味で,5年ほど前に日経バイトで「インターネットは電話を超えられるか」というテーマの特集を組んだことがある。いまだその答えは出ていない。この特集の問いかけは,次のようなものだった。

 日本の家庭にはたいてい電話とテレビがある。近所には郵便ポストがある。インターネットは爆発的な普及を遂げつつあるが,だれにでも使えるかという点ではまだ初期の段階にある。電子メールがどんなに便利でも,メール・アドレスを持たない者に電子メールを送ることはできない。

 要するに,万民が利用できるユニバーサル・サービスとしてインターネットは根づくのかという問いかけだった。コスト面で言えば,長引くデフレのおかげでネットワーク機器も接続サービス料金も安くなるばかり。今年から地方にもADSLサービスが波及し始めるはずだ。CATVや有線放送などによるインターネット接続については,地方のほうが発達しているところもある。あとはネットワークに関するリテラシさえ根づけば,なんとかなりそうな気もする。

 最近こんなことを考えながら,ネットワーク専門5誌と共同で「ここが知りたい! ADSL+無線LAN徹底活用ガイド」というムックを発行した。ユーザーに起こり得るさまざまな問題について取り上げている。みなさまの幸せの一助になればと思う。

(清木 隆文=ネットワーク局プロダクツ編集)