「弱いところからむしり取るのがビジネスの基本。ベンダーにむしり取られているのが政府や地方公共団体の情報システム案件だ」。これは政府のシステム開発体制の改革にかかわっている経済産業省幹部の見方である。

 政府は,システム予算が年1兆円を超える国内最大のユーザー。地方公共団体のシステム予算を合わせれば,年2兆円程度に達する。政府のシステム調達制度は競争入札を基本にしており,複数のベンダー提案の中から安くて良いシステムを選ぶことになっている。

 しかし,冒頭の官僚が述べているように実態はその通りになっていない。例えば頻発する安値落札。大手ベンダーは体力にものをいわせて,中核となる案件を安値で落札し,そのあとに続く関連システム案件で,安値落札の赤字を補ってあまりある利益を確保している。

 システム構築が失敗して再度同じシステムを作り直すような案件も発生,肝心のシステム構築もうまくいかないケースが多発している。政府から見れば,全体としてはシステム構築に費用をかけすぎていることになる。国民の立場からは,税金が効率的に使われていないことになる。

官庁とベンダーの“馴れ合い”が原因

 こうなる原因は,官庁のシステム部門とベンダーの“馴れ合い”関係にある。官庁のシステム部門の多くは,「システム企画や仕様決定,開発をベンダーに依存している」とあっさり認める。だから,「手伝ってくれる意中のベンダーに落札してもらいたい」と考える。ベンダーは安定収益源の官庁ユーザーを囲い込んで手放したくない。

 こういった状況にあるので,ベンダーは確実に落札できるようにダンピングとも言える行為を繰り返すのである。

 民間企業だったらシステム部門が比較的自由にベンダーを選べる。開発作業の継続性確保,管理・保守工数の低減などのために,ベンダーを絞り込む。これに対し,政府の案件は競争入札でベンダーが決まり,制度の上ではシステム部門にベンダーの最終決定権はない。システム部門は多くのベンダーを管理しなければならなくなる可能性もある。制度と実態がかい離している面はある。しかし,馴れ合いは許されない。

 馴れ合い関係は,システム価格の予算決めをあいまいにする。そもそも仕様決定をベンダーに頼っていては,予算が安くなる方向に働かない。さらに,「官庁の都合で要件変更やシステム変更などが発生したときに,官庁は誤りを認めたがらず,その責任を取らない」と,官庁のシステム調達に深く入りこむ大手ベンダーがあきれるような事態にもなる。

 ある官庁のシステム担当者は「そのような費用を予算に計上できないので致し方ない」と弁明する。最終的には「システム変更のリスク分をシステム価格に上乗せせざるを得ない」という言い訳を大手ベンダーに与え,ベンダーのコントロール下で作られた予算額が膨らむというところに落ち着く。

 「このような関係は,メインフレーム時代から続いていることだ。『システム変更でも何でも当社が引き受けますよ』と言ってきたベンダーにも責任はある。官庁側もそれに甘えてきた」と,政府のシステム構築に詳しい関係者は指摘する。

 馴れ合いが続けば,ユーザーである官庁のシステム部門はベンダーの出先機関になってしまう。本来ならベンダーを管理・監視するべきなのだが,そのメカニズムがないのである。

 システムの価格や機能・性能,予算の使われ方を,チェックできる機関も政府にはない。官庁の予算は財務省との折衝を経て決定し,実際にどう予算を使ったかについては会計検査院のチェックを受ける。しかし,いずれの官庁も情報システムの専門集団ではない。システム調達が適正に実施されたかどうかを判断できない。

制度改革が始まったが,“改悪”の恐れもある

 政府はようやく重い腰を上げ,制度改革に乗り出した。2002年度から,「安値入札の防止」,「中小企業などベンダーの新規参入の促進」,「官庁のシステム部門の強化による調達の適正化」という3本柱からなる改革を実施する計画である。

 この制度改革によって,世間を騒がせた安値入札は下火になると見られている。しかし,「官庁のシステム部門の強化による調達の適正化」については,具体策が後回しになっている。これでは官庁のシステム部門とベンダーの馴れ合い関係を是正できない。

 「すべてをいっぺんには片付けられない」と官庁の改革担当者はいうが,むしろ馴れ合いの構図が安定してしまう“改悪”の恐れさえある(日経コンピュータ3月11日号の特集「これでいいのか,政府システム調達」に具体的な事例を交えて詳細を掲載)。

 システム部門の評価体制の欠如が,官庁のシステム部門が強くならない理由の一つである。権限と責任がある評価組織を作らなければならない。欧米諸国のように政府あるいは国会に官庁のシステムを評価する組織を設ける必要がある。しかし,これは一朝一夕には進められないので,現在進行中の電子政府構築には間に合わない。

 即効性があり費用がかからない提案もすでに出されている。政府のシステム案件をWebサイト上に公開して,民間から意見を集め監視もしてもらう,という案だ。政官ともに嫌がりそうな案だが,実は自由民主党政務調査会e-Japan重点計画特命委員会と経済産業省が提言している。

 自民党のe-Japan重点計画特命委員会(麻生太郎委員長,伊藤達也事務局長)は,「効率的かつ公正に電子政府を構築するため,電子政府予算によって締結された契約(電子自治体構築,特殊法人のシステム開発・運用を含む)は,積算等も含めて全て公開すること」などを,2001年11月に小泉純一郎首相に提言した。

 経済産業省は,システム案件の公開を試行した。省内ネットワークシステムの仕様書案を2002年1~2月に公開,意見を募った。今後,見積もり金額や契約内容も全面公開する予定である。

安値落札の防止だけでは根本的な解決にならない

 システム案件の公開は,官庁のシステム部門の能力向上につながる方法の一つである。例えば,システム要件を記述した仕様書が使い物にならないほどあいまいだったと,経済産業省のシステム部門は昨年秋にこてんぱんに叩かれた(関連情報)。その後,同省のシステム部門はシステム開発能力を高めようと努力している。

 ただし,システム調達制度の改革の具体案を検討している「情報システムに係る政府調達府省連絡会議」では,これらの提言を「安値落札案件に限る」という限定的な形でしか取り入れていない。自民党のe-Japan重点計画特命委員会の提言や経済産業省の試行内容からは大きく後退している。何らかの実効性がある評価体制の確立を急ぐべきだ。この政府調達府省連絡会議は,官庁の情報システム部門と会計部門のメンバーを中心に構成されている。

 安値落札の防止だけでは,根本的な解決には至らない。政府は,きちんとITを統治(ガバナンス)できる仕組みを早急に構築する必要がある。「現在のおバカな政府が,このままではおバカな電子政府を作ってしまう。これは避けねばならない」(政府関係者)のである。

(安保 秀雄=日経コンピュータ)