「三木谷社長に会わせろ!」。2月21日,オンライン・ショッピング・モール最大手の楽天が,新しい料金体系を発表した直後,ある電子商店の社長が楽天にそう怒鳴り込んだ。この会社に限らず,大手家電量販店サイトをはじめ,数多くの加盟店が同様の反応をした。「もう楽天市場からは脱退する」と表明する出店者も現れ,楽天の周辺は騒然としている。

 きっかけとなった新しい料金体系をかいつまんで言うと,これまで月額5万円だった出店料を,加盟店の取引高に応じて課金する「手数料型」に変えたことだ。楽天を通じて発行しているメールに対しても1通当たり0.2-2円を取るほか,プレゼント懸賞の応募者の数に応じても料金を取るというものだ。特に後者の2つに対して「まだショップの利益になっていないものからカネを取るとは何事だ!」という反発が起きたのである(詳細は本記事末の「関連記事」参照)。

 楽天サイドの事情から見れば,出店数が今後増え続けない限り,企業としての成長はない。いつかどこかで手数料モデルを導入したいと考えるのは当然のことだ。ショップ側から見れば,一定の金額さえ出せば,あとは自社の努力次第で利益が増える出店料モデルの方が良いに決まっている。

 特に数億円というような大規模な取引を実現できている大手にとっては,月額5万円はタダみたいなもの。その点は譲れるとしても,メールへの課金などで,楽天に払う金額がいきなり数倍になるのは納得できないというのも無理からぬところだ。

 結局,2日後にはメールへの課金の部分は,新しい値引き体系を導入することで,対象となる加盟店数を50程度に絞り,実質上撤回することになった。

ネットビジネスを代表する企業の戦略はどうあるべきか

 さて,筆者は楽天がどのような戦略を取り,出店者がいかに気分を害していようとも,そのこと自体の是非を問うつもりはない。あくまでも個々の企業戦略の問題だからだ。興味を持っているのは,今後のネットビジネス業界全体に及ぼす影響である。

 いまネット業界では,ヤフー,楽天,NTTがそれぞれ他社も巻き込んで,次の時代のスキームの主導権を握ろうとする“総取り戦略”が話題になっている。マスコミにありがちな表現だが,三国志になぞらえて言えば,時代を読む眼である「天のとき」を強みとするヤフー,インフラを握る「地の利」を強みとするのがNTT,加盟店の支持こそが力である「人の和」を強みとする楽天,とでもなろうか。

 今回のドタバタは加盟店を最大の強みとして,それをベースに次世代戦略を立てていた楽天が,自ら「人の和」を乱すようなアプローチをしたことに起因する。そこで考えたのが,一体ビジネスの本質はどこにあるのか? そこで,ネットビジネスを代表する企業戦略はどうあるべきなのか? というテーマである。

 先日,ネット証券大手の松井証券・松井道夫社長と話していていて,「これは」と思うことがあった。ネットに限らずビジネスの基本的なアプローチの一つとして,「客がイヤだと思っていることを探す」というものだ。

 松井証券の例でいえば,主にターゲットとする個人顧客が一番嫌がっていたのは「株の取引手数料」だという。客が売買によってもうけようと思っているのに,,売るにしろ,買うにしろ,証券会社に手数料を取られる。これが,顧客が本音で一番嫌がっている,というのだ。松井証券のアプローチは,それならば手数料を下げよう,そのためには支店や営業マンを廃止してコストを下げる方法を取ろう,というもの。ネットを利用することによって,これが実現した。

 つまり「ネットで何かやることが付加価値だ」というのではなく,客のイヤがることを解消しようとしたらネット利用が一番現実的な選択だったというのだ。松井氏は「ビジネスの本質は,要するに顧客に実利を与えること。これに尽きる」とも言っていた。顧客のイヤなことを解消するのも,そのうちの一つの項目だという考え方である。

ビジネスの王道に照らした判断を期待したい

 さて,今回の楽天騒ぎに話を戻すと,楽天の顧客とは,まず加盟店であり,最終的にはそこを通じて品物を買う一般消費者ということになる。楽天が今回打ち出した新たな料金体系,すなわち戦略によって,どんな実利が顧客にもたらされるのだろうか?

 楽天がさらにカネを集めることで,システム面への投資が増え,安定した商取引がもたらされるならば,それは加盟店へのメリットだ。実際に加盟店の不満のなかでも大きなものに,システムの不安定さを挙げるところは多い。

 あるショップは昨年のクリスマス商戦のタイミングにシステムがストップしたために,ビジネスの機会損失があったとしている。あとで広告掲載料などの値引きという形で“補填”はあったが,それよりも社内外の信頼を失ったツケが大きいという。

 一般消費者の信頼を失うのは楽天ではなく,直接の窓口となっている加盟店だというのは当然の話だ。それだけではなく,社内の信頼を失うこともまた大きかったというのだ。ネットビジネスを請け持っている部署は,大きな会社では“傍流”であり,常に経営者から,ホントにうまくいくのか?もうかるのか?という眼で見られている。いわば社内ベンチャー的な立場にある。

 そこで安心感を買うために,自前ではなく出店料を払って最大手の楽天に店を出しているケースがある。その信頼が崩れたというのだ。

 今回の反発の下地には,「経営に窮しているならまだしも,株式公開によって多額の現金を手にしているはずの楽天は,まずシステム強化を図るべき。そのあとで自分の収入増を考えるのが筋だ」(ある出店者)という思いがある。

 このなかには,楽天がもうけていることに対して“やっかみ”があることは事実だ。しかし,「顧客の不満解消をビジネスのタネとする」という視点に照らせば,今回の楽天の取った作戦は,典型的な“手順前後”だと言える。

 また,メールやプレゼントからカネをとることによって,加盟店にもたらされるメリットは何だろう? 正直言って筆者にはその答は思い付かない。

 ネット業界の代表的なブランドを持った企業が,ビジネスの本質を外れることによって,他の多くの業種・業態から,信頼を失う方が,この業界の発展のためにはマイナスだと筆者は考える。

 楽天はネットビジネス業界において数少ない成功事例である。先に挙げた「三国志」に登場する“メジャープレイヤー”の行動は,単にその会社だけの問題ではなく,他の業種業態から注目されている。少々大げさに言えば「ネットに未来はあるのか?」をこの三社を通じて確かめたいという眼で見られているのだ。

 おそらく,今回のことで楽天は潰れはしないだろう。今後も成長を遂げていく過程で,同じように反発を買うような選択をしなければならないことも,二度三度とあるだろう。その時に,ビジネスの王道に照らした判断がなされることを,外野席としては望むのである。

(渡辺 和博=日経ネットビジネス編集長)