昨日は,ユーザーのオフィスや家庭と通信事業者の局を結ぶ回線でそのままイーサネットのデータ・フレームを伝送する規格であるEFM(Ethernet in the first mile)について,なぜそれが必要になるのか,そして,EFMがユーザーや通信事業者にどんなインパクトをもたらすのか,について述べた(昨日の記事へ)。

 今日は,EFMの標準化が具体的にどのように進んでいるか,また,残された課題は何か,を見ていこう。

■日本企業も標準化作業に参画

 EFMでは,3種類のアクセス回線仕様を規定する方向で検討が進んでいる。それは,ユーザーのオフィスや家庭と局とを結ぶ部分を,(1)1心の光ファイバ1本でポイント・ツー・ポイントに結ぶ仕様,(2)1心の光ファイバ1本で複数のユーザーを結ぶポイント・ツー・マルチポイント(1対n接続)の仕様,(3)電話用の銅線ケーブルでポイント・ツー・ポイントに結ぶ仕様――である。

 このうち(1)の形態は,すでに広域イーサネット・サービスを提供している通信事業者が提供するアクセス回線仕様に近い。速度は1Gビット/秒を想定。昨日述べたようなWANに必要となる各種機能を盛り込む仕様になる見込みである。また,送信用と受信用として2本のファイバを使う既存のイーサネット仕様と異なり,送信と受信で異なる光の波長を使うことで,1本のファイバで全2重通信を実現する。

 さらにP802.3ahの2002年1月の会合では,100Mビット/秒の仕様の必要性が話題に上った。日本国内や欧州などですでに100Mビット/秒のFTTH(fiber to the home)サービスや広域イーサネット・サービスが始まっていることもあり,スウェーデンの通信機器メーカーのエリクソンを中心に,日立電線や住友電気工業,NECなどの国内企業が規格化を推している。「次回の会合で標準化の対象に含めるかどうかを決める」(EFMAのイーズリー会長)という。

 (2)は,光ファイバの敷設コストをさらに軽減することを狙った仕様。EPON(Ethernet passive optical network)とも呼ばれている。局から1本の光ファイバを延ばし,途中で分岐させることで複数のユーザーにサービスを提供する「PON」の仕組みを活用する。こちらも速度は1Gビット/秒。最大16ユーザーで共用する。単純に16で割っても,1ユーザー当たり600Mビット/秒以上の帯域を利用できる計算になる。(1)と(2)については,最初の標準草案(ドラフト)が今月にも決まる見込みである。

 実は,標準対応ではないがすでにEPONは富士通が100Mビット/秒の製品を出荷している。NTTグループは,ATM(非同期転送モード)を使う専用サービス「ATMメガリンク」の25Mビット/秒まで品目でPONと同様の技術PDS(passive double star)を採用済み。さらに,衛星放送事業者のスカイパーフェクト・コミュニケーションズと共同で,送受信100Mビット/秒のイーサネットと,スカイパーフェクTV!で放送している全チャンネルの映像配信を1本の光ファイバで送る実験を始めると発表した。

 標準化とは別の土俵ではあるが,国内でも各種FTTHサービスの基盤にEPON技術が使えるどうか,検証が始まろうとしている。

■ADSLじゃいけないの?

 (3)は,加入電話サービスに使う銅線ケーブルでイーサネット・フレームを伝送する規格である。こう書くと,「なぜADSLを使わないのか」と疑問に思う読者もいるかもしれない。確かに,ADSLモデムのインタフェースは10BASE-Tや100BASE-TXといったイーサネット・ポートになっている。ただし,ADSLをEFMに使うにはいくつかの問題がある。

 一つは,ADSLは送信と受信で伝送速度が異なる点。インターネット・アクセスがメインの用途であれば,ダウンロードするデータの方が圧倒的に多いので,非対称にする意味がある。しかし,用途を限定しないEFMでは,送信と受信の速度が同じほうが使いやすいのである。

 もう一つは,ITU-T勧告に準拠したADSLモデムは,ADSLの物理層の上でATM(非同期転送モード)を使っている点である。ADSLでイーサネット・フレームをそのまま送るには,ADSLの上のATMにイーサネット・フレームを分割して入れ込んで送り出すことになる。これでは,伝送効率が悪いばかりでなく,ATMを使っている意味もない。通信事業者側の設備に高価なATM交換機を使わなければいけないという点もマイナス要因だ。

 決定的な問題は,速度が10Mビット/秒に達しないこと。EFMでは,電話用の銅線ケーブルを使い,750mで10Mビット/秒の伝送を目標にしている。残念ながら,ADSLではこの目標をクリアできない。一時P802.3ahでは,ある程度低速でも長距離伝送できる銅線ケーブル向けの規格を検討するという話があった。

 ITU-T(国際電気通信連合電気通信標準化部門)からも,そうした規格の標準化を協調して進めようという提案があったが,「10Mビット/秒という条件を遵守する姿勢を貫いたため,P802.3ahでは却下された」(EFMAのイーズリー会長)という。

 現状,銅線ケーブル向けのEFMに使う基盤技術には,VDSL(very-high-speed digital subscriber line)や10BASE-CUといった候補が提案されている。EFMAのイーズリー会長は,「光ファイバを使う仕様と異なり,候補となっている技術が多いので,最初の標準草案が決まるにはまだ時間がかかる」という。しかし,EFMが標準化されれば,ADSLモデムよりも低価格な通信機器が登場する」(イーズリー会長)と見ている。

■最後のフロンティアを開拓できるか?

 EFMのドキュメントには,「Ethernet in the First Mile is last Frontier」という一文が見られる。LANでは圧倒的な市場占有率を誇り,10ギガ・イーサネットの標準化にメドが付いた今,WANの基幹系に進出する足がかりも得た。イーサネットにとってはまさに,アクセス回線部分が最後に残された未開の地といえる。

 しかし,EFMの標準が固まるのは2003年9月と1年半後。対応製品が登場し,通信事業者がEFMを使ったアクセス回線サービスを提供するのはさらに先になる。こうした状況では,EFMが実用化されるころには,存技術を使ったFTTHやADSLなどのブロードバンド・サービスが全国をカバーしてしまうだろう。イーサネットにとってアクセス回線部分は,未開のまま終わることにならないのだろうか。

 さらに,銅線ケーブルを使う仕様の距離制限も気になる。1kmに満たない伝送距離では,加入電話用のアクセス回線をそのまま利用するだけでは全国をカバーできない。この点は,「3種類の仕様を組み合わせて普及させることになる」(イーズリー会長)という。

 つまり,光ファイバと銅線ケーブルを組み合わせて使うというシナリオだ。しかし,ADSLの普及が光ファイバの敷設を遅らせる可能性もあり,このシナリオがユーザーや通信事業者にすんなり受け入れられるとも思えない。

 EFMにはまだ,さまざまな不安が残る。しかし,EFMAのイーズリー会長は心配していない。「高速化へのニーズは今後も衰えない。動画などのコンテンツが増えればADSL並みの速度ではユーザーは満足しなくなる。自然とEFMへの移行が進むだろう」と見ている。EFMAの目論見どおり進むにしても,アクセス回線までイーサネット・ベースの標準技術が浸透するには,まだまだ時間がかかりそうだ。

(藤川 雅朗=日経NETWORK副編集長)