「日経IT21」の4月号で,パソコン向け会計ソフトの特集をすることになった。会計ソフトのメーカーに行ってデモを見る。とても簡単で自分でもできそう。付け焼き刃だが,少しは勉強したので簡単な仕訳なら分かるし,なんとか使えるだろう。

 そう考えてメーカー各社から試用版を借り,自分のパソコンにインストール。ところが初期設定の時からつまずいてしまう。「簡易課税」と「原則課税」って何が違うんだっけ?「電子帳簿保存」にすると何が変わるの?

 適当に初期設定を済ませて入力画面にたどり着いたものの,今度はメニューが多くて何を選べばいいかよく分からない。「帳簿」と「伝票」のどちらから入力すればいいの?仕訳のパターンが登録してある画面はどこから呼び出すの?

 困った挙げ句,取材でお世話になった税理士の芝村礼子さんに助けを求めた。パソコンの隣に二人並んで,操作をしながら教えていただくこと1時間半。みるみる疑問が解消され,一通り使えるようになったではないか。

 一人で厚いマニュアルをめくったり,ヘルプを探したりするよりずっと効率的だ。そばで教えてくれる人がいるというのは,なんとありがたいことだろう。

会計ソフトを使う多くの中小企業に共通の悩み

 実は私のたどった道は,会計ソフトを使おうとする中小企業の多くに共通するものだという。

 「資金の動きをタイムリにつかみたい」「手書きの帳簿より効率的に取引を記帳したい」といった目標を持って会計ソフトを購入する。ところが早々に「ソフトで使われる会計用語がわからない」「豊富な機能の中からやりたい処理の操作法を見つけだせない」といったトラブルに遭遇する。するとそこから先に進めなくなり,結局は挫折してしまう。こうしたケースは少なくないらしい。

 そこで「頼れる存在」となるのが税理士だ。例えば芝村さんの場合,顧問先の中小企業が会計ソフトを利用するに当たって,ソフトの選定や初期設定,日々の取引記帳で発生する疑問の解消などをきめ細かくフォローしている。中小企業の経営者や経理の担当者にとっても,メーカーのヘルプデスクに電話するよりは,気心の知れた税理士に隣で教えてもらう方がずっと分かりやすい。

 芝村さんだけでなく,顧問先の中小企業に会計ソフトの利用を勧め,サポートを担当する税理士が増えている。会計ソフトのメーカーも,税理士に対して情報提供やソフト購入価格の割引などの特典を提供し,営業,サポートの両面で税理士の役割に期待している。

 税理士が顧問先に会計ソフトの利用を促すという動きは,一面では税理士が自らの仕事を減らしているようにも見える。顧問先企業から伝票や請求書などの証ひょうを預かり,帳簿を作成する「記帳代行」は,これまで税理士の重要な収入源だったからだ。

 しかし記帳代行には人手がかかるため,顧問先が数十社という規模の税理士事務所では収支が合わないケースも多いという。そこで記帳代行業務は止め,その先の税務処理と,会計ソフト利用のサポートに,業務範囲を絞り込む税理士が増えている。

 この背景には4月に予定される税理士法の改正も影響している。会計事務所や税理士事務所の法人化が認められるため,多くのスタッフを抱える大手の事務所が,低価格の記帳代行サービスを手広く展開する可能性もある。地域に根ざした税理士が地元の中小企業と顧問契約を結び,記帳から税務処理まで丸ごと請け負う,という構造は変わりつつある。

新たな付加価値を模索する税理士たち

 とはいえ税理士がせっかく業務を絞り込んでも,顧問先にとって価値がなければ,結局切り捨てられることにもなりかねない。

 顧問先に対し会計ソフトの利用をサポートするという業務も現段階では重要な業務ではあるが,その先に,データを活用した経営指導や財務戦略の立案支援といった付加価値がなければ,いずれは税理士の役割は小さくなってしまうだろう。顧問先に会計ソフトを利用してもらうことを前提に,税理士自身の業務も見直しを行い,新しいスキルを身に付け,事務所内での新しい業務フローを構築する必要がある。

 例えばアクタス国際会計事務所(東京都港区)の場合,新規顧問先との契約時に「勘定奉行」の利用を依頼する。同事務所のスタッフ全員が勘定奉行の操作に熟練し,操作法の問い合わせなどに関しては,担当の税理士でなくても誰でも対応できるようにしている。担当税理士は勘定奉行に入力された会計データを基に,顧問先の経営指導に集中するという業務フローを作り上げている。
 
 また東京都千代田区で税理士事務所を開業する永井洋子さんの場合,会計や税務にとどまらず,顧問先の人材育成を業務の新しい柱に据えている。そのため,自ら米国の大学で研修を受け,人材育成に関する最新の理論を学んだという。

 事務所を開業して12年というベテランでありながら,新たな分野に挑戦しようとする気概に頭が下がるとともに,将来に対する強い危機感と問題意識を抱えていることがうかがわれた。

税理士には厳しい競争が待ち受けてはいるけれど・・・

 今回の取材の中で,特に印象的だったのは,ある税理士の方がつぶやいた「自分の子供は税理士にしたくない」という言葉だった。将来は「税務処理ができるのは税理士だけ」という既得権も失われているかも知れず,一般のコンサルタントとの激しい競争に耐えなくてはいけないというのがその理由だった。

 それでも現在はまだ,税理士は多くの中小企業にとって,一番身近で頼れる存在であることは間違いないだろう。このポジションを生かし,税理士が中小企業に対し経営,ITの両面できめ細かい指導をしていくことが,中小企業の経営改善に大きく貢献すると思わずにはいられない。

(小林 暢子=日経IT21)

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