今,ゲーム愛好家たちの間で一番ホットな話題といえば,2月14日から始まった“FF11ライブ・カメラ”だろう。これはスクウェア作の新作ロール・プレイング・ゲーム「ファイナルファンタジーXI」の画面を延々とストリーム配信しているものだ。

 FF11ライブ・カメラというのはネット掲示板などでの通称で,これを配信しているスクウェアのサイトでは正式には「Live Vana'diel Streaming Test」と呼ぶ。ヴァナ・ディールとはFF11の舞台となる仮想世界の名前。スクウェアが2002年2月6日まで募集していたテスト・モニターがヴァナ・ディールの中でプレイしている有様を見られる。

 発売前のゲーム画面がステレオ・サウンド付きで見られるとあって,FF11ライブ・カメラには大勢のゲーム愛好家が押し寄せてきている。掲示板最大手の「2ちゃんねる」では,FF11ライブ・カメラについての書き込みが1週間で2万件弱ととても活発でである。

 このFF11ライブの爆発的人気を受けて,密かにネットワーク業界関係者の間でささやかれ出したのが「FF11-IPv6起爆剤論」だ。FF11を次世代インターネット・プロトコルIPv6を普及させるきっかけにしてしまおうという考えである。

キラー・コンテンツが待望されているIPv6

 なぜFF11とIPv6が結びついて起爆剤になるのか? 不思議に思われる方が多いかも知れない。それはこのあと説明するとして,まずIPv6側の事情を述べておこう。

 IPv6の普及にあたっては,IPv6網の整備が先か,IPv6で使えるコンテンツ/アプリケーション/サービスの整備が先かという,いわゆる“にわとりと卵問題”が議論されてきた。IPv6網がないからIPv6コンテンツ作成に踏み切れない。あるいは,IPv6コンテンツがないからIPv6網を作れないというジレンマがあったのである。

 2001年には一部のインターネット接続事業者(ISP)が相次いでIPv6サービスを始めた。とはいえ,インターネット全体から見れば,普及にはほど遠い状況である。それもそのはずで,今までは,「IPアドレス個数の制限が事実上ない」というIPv6のメリットを訴求できるアプリケーションがなかったのである。

 ISPとしては,網とコンテンツの両輪がそろって,はじめて成長軌道に乗れる。そこで注目されるのがFF11なのである。

実はIPv6が使えるPS2

 FF11はソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)のゲーム機「PlaySation 2(PS2)」用のソフトだ。FF11でIPv6!と叫んでもPS2でIPv6が使えないと,話が始まらない。

 だが心配には及ばない。あまり知られていないかもしれないが,PS2ではIPv6が使える。IPv6普及・高度化推進協議会による「IPv6アクセス網および情報家電による実証実験」でPS2を用いた実験を行っているほどである。

 PS2でIPv6を用いるためには「ブロードバンドユニット」を併用する必要がある。このユニットにはLANポートがついていて,これを介してPS2をネットに接続できる。

 FF11はRPGといっても,これまでのように一人で遊ぶゲームではない。上記のブロードバンドユニットを用いて,ネットワークに接続し,オンラインでプレイするゲームだ。

長時間プレイでIPアドレス数が足りなくなる

 FF11をやっている間は,当然,ネットワークはつなぎっぱなしになる。つまり常時接続端末が数十万単位で増えるということだ。しかも,ユーザーは2時間,3時間あるいは一晩中ゲームをし続けるだろう。

 接続時間が短ければISPの中で使い回しができたIPアドレスは,ゲーム利用が増えて接続時間が延びれば,やりくりがつかなくなる可能性がないとは言い切れない。

 ここで,IPアドレス個数の制限が事実上ないIPv6のメリットが生きてくる。IPv6にしてしまえば,PS2ごとに固定アドレスを割り振ってもよい。

費用回収できる

 ISPがIPv6網を整備するのには,ルーターの内蔵ソフトのバージョン・アップあるいはリプレースでコストがかかる。その費用をどこで回収するかが問題になっていた。

 たとえばインターネット電話であれば,ユーザーにとってはインターネット電話を使うのが目的であって,IPv6でコストアップした電話サービスを使うのが目的ではない。IPv6にしたからといって,インターネット電話の料金をあげられないのである。

 その点,FF11はこれから始まるサービスである。しかもユーザーの前人気は上々。ならばIPv6網の整備コストを含んだ価格設定ができる。別に何千円も値上げにはならない。iモードのように少額でも毎月,何十万人もの人から徴収できればビジネスは成り立つ。そこからIPv6網の初期費用を回収すればよい。

IPv4網とつなぐ必要はない

 一般的に新しくシステムをIPv6網上に作ったとして,それを既存システムとつなごうとすると,IPv4とIPv6の互換性はないため,アドレス/プロトコル変換が必要になる。変換が必要なら,わざわざIPv6を使わなくとも,IPv4を使っていればいいではないか---。こうした考えは一理あるのは確か。この考えは特にIPアドレス枯渇の心配がない北米では強いようだ。

 これに対してFF11のシステムはPS2とサーバー間をつなげばよい一極集中型のクライアント/サーバー・システムで,ほかのシステムとつなぐ必要はない。いわば閉じたシステムなので極端に言えば,なんのプロトコルを使ってもよい。もちろんIPv6を選んでも困らない。

 しかもFF11はすでにモニター・ユーザーが利用しているとは言っても,まだ本番向けに各ISPから提供している状態ではない。これから新しく作るネットワークであればIPv6だけで作って,アドレス変換をしないで利用できるネットワークが作れるはずだ。

森前首相に「IPv6」と言わせたのは出井さん

 そして,なんといっても忘れてはいけない点がある。森喜朗前首相に「あい・ぴー・ぶぃ・しっくす」と言わせたのは,当時IT戦略会議議長だった出井伸之ソニー会長兼CEOである。そしてPS2はご存じの通り,出井議長のお膝元の製品だ。

 実際にFF11を開発し,オンライン・ゲームとして運営するのはソニー・グループではないスクウェアだとしても,PS2でIPv6ブレイクの口火を切るのはソニーの望むところではないのか?

 こうやって考えてみると,IPv6に踏み切るためにこれだけ好条件を備えたコンテンツ/アプリケーション/サービスは,今のところFF11以外に見あたらない。このチャンスを逃す手はない。

 いったんFF11でISPに数十万人規模に対応できるIPv6網をどっかんと整備してしまえば,あとはそれを他の用途でも使うだけだ。インターネット家電やインターネット電話,インスタント・メッセンジャなどのアプリケーションをどんどんIPv6対応にしていけばよい。

 ヴァナ・ディールの向こうにはIPv6の世界が広がっている。いかがでしょう? 出井会長。

(和田 英一=IT Pro副編集長)