昨日の記事にも,たくさんのご意見をいただくことができました。ありがとうございます。昨日に引き続き,今日は,2月5日付けの記者の眼,「あなたは自分をプロのITエンジニアと言えるか? 」にいただいたコメント一つひとつに,筆者の意見を返信いたします。

 ここでは2月12日以前にいただいたコメントを対象としております。また,内容は原文を尊重いたしましたが,一部,明らかな入力ミスと思われる点など,こちらで修正させていただいた個所もあることをご了承ください。

 「プロのITエンジニア育成問題」を具体的にどう解決していけばよいか,については様々な意見がありますし,当然,筆者の考えに対して異論もあるでしょう。ただ少なくとも「ITエンジニアのプロに求められるものは何か」あるいは「どうやってプロを育成していくか」について真剣に考えている,という点は多くの皆様,そして筆者に共通のことと思います。

 筆者としましては,今後,「プロのITエンジニア育成問題」についての議論が進むことを願ってやみません。もし今回の一連の記事がその一助となれたのであれば,たいへん光栄なことだと思います。改めて,記事をお読みいただいた皆様に御礼申し上げます。

(田口 潤=日経ITプロフェッショナル編集長)


人と対話することを面倒がるSI屋が多い

「医師」は、実業家である以前に「研究者」(==学生)だと思います。一方、「SE」は、お客様の利益を最大化するためのお手伝いをする「プロ」(金を稼ぐ人)だと思います。プロにとって何よりも大切なのは、責任感ゆえのリーダーシップとコミュニケーション・スキルです。OSやゲームの製作とは異なり、業務システム開発に特別な才能は必要ありません。そんなことよりも、まず第一に業務への興味と管理能力こそが重要でしょう。世の中のSEは、決して優秀な人材ばかりではありません。

 SI屋のくせに業務に興味を持たない人やプロジェクトの進行に責任を持たない人も多いです。そういう人は、自分が詳細設計者とかプログラマのつもりでいるのです。人と対話することを面倒がっているのです。最低です。誰も、管理職に好き好んで就く人などいません。でも、優秀な自分に与えられた「義務」だと思って、しっかりとプロジェクトを管理していって欲しいものです。私の経験則から言って、大手SI屋ほど、やはり優秀です。

田口 医師には研究者もいれば,患者の治療にあたる臨床医もいると思いますが,いかがでしょう。病院経営にあたる実業家としての医師もいます。一方,SEにも開発手法の研究や技術開発にあたる人がいれば,顧客のシステム構築に従事する人がいます。筆者は,「治療にあたる臨床医」は「システム構築に従事する」SEと同様,医療サービスのプロだと思うのです。

 プロのSEに必要な素養が「業務への興味と管理能力」は賛成です。ただ大前提として,システム工学の基礎的,体系的知識はやはり必要だと思います。例えば「プロジェクトの進行に責任を持たない人も多い」という事態は,プロジェクト・マネジメントに関する教育がきちんと行われれば解消,もしくは緩和される可能性大です。


もの作りのプロという観点を忘れるな

もの作りのプロという観点からのアプローチも忘れてはいけないと思う。パターン化された手法を確実にこなせるようになれるというのは、信頼のおける医者にはなれるが、医療業界に新風を吹き込めるような医者にはなれない。

田口 そう思います。他業界のプロ,例えば建設技術者や電子技術者は,ほぼ例外なく大学などで各専門分野の基礎知識を学んでいます。様々な回路設計技術を知らないのに,新しい回路設計技術は考案できないからです。パターン化された手法しか知らないようでは,早晩,限界がくるのではないでしょうか。


頭でっかちの教授には期待できない

大学で、ITの基礎的・体系的知識の基礎を身につけるというところまでは何とかわかる。が、「加えて交渉力やコミュニケーション能力を含めた,ビジネス・センスも必要だ。」とありますが、企業等に入って交渉やコミュニケーションの経験をつんだことのない、頭でっかちでプライドだけ高く民間企業では到底やっていけない大学の教授だってまだ多くいるのであろう。そんな人たちにいったい何を期待できるのであろうか? 旧態依然とした大学には、まかしちゃいけない部分は多々あると思います。

田口 ISJ2001やアクレディテーションの最大の問題が,ご指摘の「教える人がいるのか」です。ただし新設の大学や産業界との関係が密接な大学では,民間企業の人材を招へいするなど,問題解決に取り組んでいます。時間はかかるかもしれませんが,こうしたところが成果を上げ,アクレディテーションの重要性が認知されれば,旧態依然とした大学も取り組まざるを得なくなると思います。「大学に対し,こんな人材を育ててほしいと言ってこなかった産業界にも問題がある」(情報サービス産業協会の佐藤雄二朗会長)ということを産業界はかみしめるべきでしょう。

 また大学に何も期待せず,企業内教育だけで人材を育成しようとするのは危険かと思います。競争相手が国内企業だけだったらいいのですが。


5年後,10年後には今の分類は通用しないのでは?

ISJ2001を導入する考え方には大賛成である。私自身6年間ネットワーク関係の仕事に就いているがこの歳になってあらためて数学を勉強する必要性に迫られたりすることがあり、学生のころにこういった仕組みがあればと痛感している。 ただ、一つ気になるのがITエンジニアのカテゴリ分類である。恐らく現在の要望に堪えるだけのカテゴリ分類はされているとは思うが果たしてそれが5年後・10年後にも通用するとだれが保証できるのか?いま分類されているカテゴリが果たして5年前・10年前に全て予測できたか? これらの見直しを柔軟に行う仕組みを予め用意しておかないと実際には使えない・信頼されない仕組みになるのではないだろうか。

田口 おっしゃる通りです。ただ,この問題は経済産業省も考えていて,カテゴリ分類やスキル基準を適宜,見直していく方針と聞いています。


人文社会的素養,コミュニケーション能力が軽視されている

 確かにその通りだと思う。最悪は、「顧客の要求」を錦の御旗に場当たり的なスキルアップしかしていないことだが、本来ならそれこそが顧客自身にも損失となることをきちんと説得できるくらいの総合的な能力が要求される職種である。まずは教育。従来の理系文系の区別や出身学部学科が意味をなさないことはIT業界の人間なら自明。特に(4)の人文社会的素養、他人とのコミュニケーション力が、あまりにも軽んじられていることが、システム工学体系の素養不足と並ぶくらいに大きな問題と常々感じる。

 また、初任給のみならず給与体系全般で差をつけるのは当然。ただし、評価する側の眼力の養成のほうが難題。さらに、学生だけでなく、最前線で活躍する現役世代や、経営者・管理職クラスもこのような体系での総合的スキルアップを図っていく必要がある。あと留意することがあるとすれば、ISJ2001といった基準体系だけに捉われないような見識を如何に養うか、ではないだろうか。

田口 2ちゃんねる風にいえば「激しく同意」です。前段はもちろん,後段の「評価する側」「現役世代」をどうするかは,筆者が取材した人の多くが指摘する非常に大きな問題です(自分で学習してスキルを高めている人を除く)。慶応大学の大岩教授は「採用する側,評価する側に,ITのスキルがない。これを放置すれば,優秀な新入社員は自分の学んだことを生かす場がないだけでなく,旧来の業務スタイルを押しつけられ,そのうちに学んだことを忘れてしまう」と言います。米国のように,社会人が休職して大学に行き,じっくり勉強した後,復職できるような社会環境になればいいのですが。


日本にはISJ2001を全否定する「お客様」という存在がある

とはいえ、日本にはISJ2001の全てを否定する「お客様」という存在が居ることを忘れないで下さい。

田口 困難かもしれませんが,そうした「お客様」を説得できる力を蓄えて下さい。また,そうでない「お客様」も確実に存在します。どんな業界にもいえることですが,(優秀なITエンジニアの価値を理解する)優良なお客を相手にすべきでしょう。あなたが優秀なプロのITエンジニアであれば,必ず仕事はあります。


「ろくな教育を施してこなかった大学」に期待するのは甘い

「自社の都合を顧客の立場を利用して押し付けるユーザー企業」がさばけないようでは「プロ」なんておこがましいにもほどがあります。さらに「ろくな教育を施してこなかった大学」にいたっては、考え違いもはなはだしいかと。そんな受け身でプロになろうなんて、考えが甘すぎるんじゃぁありませんか?

田口 最初の文章は,筆者もそうだと思います。だからこそ,自分のスキルを高めてだめなユーザー企業をさばけるプロを目指すべきだ,と。一方,2番目の文章は,「情報処理学科と名の付いたところに入学すれば,社会で必要とされる知識やある程度のスキルが身に付く」と学生が考えても,非難はできないのではないでしょうか。


浅はかだ

浅はかだ。最近この手の問題提起型な記事が目白押し、だ。次から次。1つ1つは面白いし、主張するところも大方正しいと思う。が、全体として脈絡があるのかというと疑問だ。飽きてきてしまう。きちんと前の記事と連携していれば、読み易くもなるし、新しい記事を読むことが前の記事の消化を助ける事にもなるのだろうが・・。今はおなかが張ってもう沢山という、記事の出来云々以前の問題だ。

田口 筆者は,記者の眼を「個々の記者が自分の意見や見方を記すコラム」と考えています。前後の記事とは全く連携していませんし,1回完結なので連携する必要もありません。ただ筆者自身が書いた以前の「記者の眼」とは,整合性をとっているつもりです。またコラムの性格上,ある程度「問題提起型」になるのは止むを得ないところでもあります。読者の方々には,「問題提起型」の部分を楽しんでいただきたいのですが。


ITを学問として身につける人が増える必要がある

私を筆頭に40代の多くのプログラマは、プログラミングを体系的に、学問として学んでいないと感じています。体で覚えてきたという感じの方が多いのではないかと思います。カリキュラムや経済産業省の基準には、興味はありませんが、ITをきちんと学問として身に付ける人が増える必要があると思います。

田口 今回の記者の眼を書いたのは,そのように思っていただく方が増えればいいと考えたのも一つのきっかけです。興味がないとおっしゃらずに,機会があればISJ2001やITSSを一度,ご覧になって下さい。


ISJ2001も情報処理試験と同じことになるのでは

ISJ2001というのは、あの役立たずな情報処理なんとか試験というのと結局同じことになるんじゃないかな。

田口 情報処理技術者試験も,一定の役割は果たしていると思いますが・・・。逆に,あなたが役に立つと考える試験や制度は,どんなものなのでしょう?


日本の大学に人材はいるのか

ISJ2001は話を聞く限りでは良いもののようですが、果たして日本の大学にこれほどの事を教えられる人材はいるのでしょうか。制度を作るだけでなく、それを運用する大学側でどのように取り組もうとしているのかの取材も必要だと感じました。

田口 逆説的に言えば,人材がいなかったのでできなかったんです。今も不十分ですし,1年や2年の単位では目に見える成果はでにくいでしょう。ただISJ2001を作ったのは主に大学側の方々です。筆者は,じっくり大学の取り組みをウォッチしていきたいと思います。


知ったかぶりの技術者が増えるのは仕方がない

今の若い人の多くは面倒な基礎学力を付けるよりは、即効性のあるノウハウを早く知りたいとしている風潮は確かにあります。今のネットワーク技術は、人間の作り出す約束事によって成り立っていますから、その約束事を次から次へと変えられると昨日の知識は今日既に陳腐化してしまうという現象が日常茶飯事のように起こります。 もちろん基礎的なことを十分に理解しておれば、それに追従して行くことは可能なはずですが、現実には過去のしがらみにこだわって馴染めないことも間々あるのが現状でしょう。そんな現実を見ていれば、手っ取り早く最新知識を身につけ知ったかぶりの技術者が増えるのは致し方ないことだと思います。 きちんとした教育を受けた技術者を特別待遇するというのは賛成ですが、給料の安い技術者を集めて良い仕事をする会社が現れることは間違いないと思います。臨床に優れた医者が必ずしも理論に詳しいとは限りませんしね。 

田口 結局,「致し方ないこと」を放置すれば,どうなるかですよね。国際的に見ても競争力に欠ける日本のIT産業を,変える努力が必要だと思います。一方,「給料の安い」が「スキルの低い」を意味するとすると,そのような会社がよい仕事をできるでしょうか。仮にできたとしても,長続きするでしょうか。

 「臨床に優れ,理論に詳しくない医者」でも,医師免許は持っています。ですから新たな症例に直面した時,何をどう調べればいいのか,どう考えればいいのかを,理解しているはずです。そこが見よう見まねでしか治療できない「にせ医者」との違いだと考えます。


大学と一般社会がもっと自由に行き来できると良い

知識だけが先行し、テストの結果だけを稼ぎ出す「お勉強」が幅を利かさないように、真のレベルアップが図られることを願います。「仕事を通じた経験を重ねるだけ」の部分が真意を極解して、「仕事での知識(ノウハウ)は必要ない」とならないように運用されると良いですね。(今までの工学系大学ではいつもそういう教授がいらっしゃいましたから)本当は、大学と一般社会がもっと自由に行き来できると良いのでしょう。そうすれば、純粋培養の「現場を知らない先生」が減ってくれるのだと思います。技術者にプロを目指させるなら、新卒者だけでは無理でしょう。もっと、社会出た技術者をフォローできる仕掛けが必要なのだと思いますよ。

田口 おっしゃる通りです。大学と産業界がもっと自由に交流できれば,自ずと教育の質は上がると思います。もっともそれが可能になるには,相当の時間と関係者の努力が必要になるでしょうが。ISJ2001やアクレディテーションはあくまでも,改革に向けた「最初の一歩」にすぎず,これら以外にもやるべきことは実に多いと思います。


体系化への取り組みには希望が持てる

これまではヴェンダー提供ツールが使える技術者でした。専門家としての基本的な技術取得と、学問として学んでいく両立はなかなか困難であるとおもいますが、ライフワークになりうる体系化への取り組みがはじまったことに希望が持てます。

田口 実際,基本技術の習得と実践を通じたノウハウの積み重ねは大変なことだと思います。しかしそれをやらなければ,日本の情報サービス産業に未来はないとも感じます。極論かもしれませんが。


情報処理学会の進歩が遅すぎるのが残念

私などは、情報処理学会の進歩が遅すぎることを残念に思い、このほど脱退届を提出したところです。アカデミズム主導の情報処理教育には信頼すべき拠り所を見出せません。

田口 筆者もそう思っており,今も大きな期待はしていませんので,仕方ない気もします。しかし少し残念です。情報処理学会にも色々な方がいるのも確かなので。今後,情報処理学会以外のところで活躍していただくことを期待しています。


「画一的かつ非個性的な学生の促成栽培」を危惧

大学受験同様,「画一的かつ非個性的な学生の促成栽培」になるのではないかと懸念します.同時に企業は,自社のOJT(という名のほったらかし)の失敗の責任を大学に転嫁することになりませんか?

田口 ISJ2001は標準的なカリキュラムであり,教科書ではありません。アクレディテーションもカリキュラムの標準化を促すものではなく,一定水準を超えているかどうかを認定するものです。個々の大学にとっては差異化は十分可能です。何より,ISJ2001で教育するのはITエンジニアにとっての基本的な素養,たとえて言えば小学生にとっての“国語や算数”です。これすら教えないようでは,同じ土俵で議論ができるだけの常識のある人材を育成できないのではないでしょうか。

 OJTに関しては稿を改めたいほど書くべきことがあるのですが,結論だけ書けば「企業は働いて収入を得る場で,教育機関ではない」と考えます。


日本でアニメ,ゲームが発展したのは政府の保護が無かったからだ

「一度も社会に出たことがない」大学教授らを中心とした学会と、役所主導のトップダウン的な資格認定制度にはいつも呆れさせていただいております。とりあえずこの言葉を贈りたい。「日本でアニメ・ゲーム産業が発展したのは、政府による保護が無かったからだ」資格や認定でお茶を濁して、根本的な部分での改善ができないならば、何もせずに競争原理に任せたほうがマシである。資格や学歴のみを振りかざす高コストなエリートが多くて困るね、この業界。

田口 「資格」と「認定」は全く別物であり,大学の教育に対する認定は必要なものだと思います。また日本でゲーム産業が発展したのは,しっかりした教育を受けた電気・電子技術者を擁する,国際的に見ても強力な電機業界があったことや,国民性,生活習慣が大きく影響していると考えます。政府による保護の有無は,あまり関係ないのではないでしょうか(アニメのことはよく分かりません)。

 何もせずに競争原理に任せた結果が,IT業界,情報サービス産業の国際競争力のなさにつながっています。競争原理に任せること(例えば民間企業の経営)と,ある程度の規制や基準を設けること(例えば教育)は,明確に区別する必要があるでしょう。実力がなく,「資格や学歴のみを振りかざす高コストなエリート」は競争原理で排除されると思うのですが,それは役所のせいでしょうか,それとも何らかの規制や基準のせいでしょうか?


基準を作るならグローバルを基準にしていただきたい

プロフェッショナルとしての自覚があまりにも少ない人が多すぎる。 ISJ2001のような基準を作るのは必要だが、作るのならグローバルを基準に検討していただきたい。ハード的な取り決めは本当に標準化出来るかが焦点となるだろう。基準を広く浸透させるためには更に、ソフト的なアプローチも検討しておかないと、テクニカルだけに走る人も多いのでそのバランスが大切と思う。システムの開発のアプローチを例にしても、所謂流派が各種多様のため標準化が必要になる。 ISJ2001用のホームページに現場の意見が書き込みできるような工夫も提案したい。

田口 冒頭で書きましたが,ISJ2001は欧米の標準カリキュラムを参考にしています。諸外国との間で,相互認証も目指していますので,大きな問題はないでしょう。「ホームページへの書き込み」に関しては,委員の方にお目にかかった時に伝えておきます。


そもそも“技術”の定義がはっきりしない

わたしはIT系の技術サポートをしていますが、そもそも"技術"の定義がはっきりしません。わたしは単なる技術の知識だけではなく、"人間対応力"、"問題解決力"、"ツール利用/ 作成力"、"テスト技術"、"リスクマネジメント"といった多様な方面の技術の中身を作りこみ、"わたしはプロです"と胸を張っていえるようになりたいと思っています。

田口 専門分野の技術知識やスキルは,仕事をするための必要条件でしかありません(よほど突出したスキルがあれば別ですが)。プロとして報酬を得るには,“人間対応力”や“問題解決力”などのマネジメント・スキル,ビジネス・スキルが欠かせません。社内だけでなく,社外でも通用するサポートのプロを目指してください。


様々なズレがあらゆる問題につながっている

肩書きをSEと名乗るエンジニアでも、経験を経た本物から、新卒だったり、力のない似非SEレベルまで存在している。その反面、プロだからと、広範囲のあらゆる知識と能力を要求される。本当にITという業界でプロフェッショナルを名乗るには、たしかに職種の区分が曖昧であったし1人の守備範囲が広すぎた。・・・このような様々なズレが、精神面、待遇面、モラルなどのあらゆる問題につながっているのではないか・・・そんな直感をこの記事を読んでいて感じることができました。(SE-Manager 33才)

田口 そうコメントを頂くと書いた甲斐があります。IT業界は今後急速に変わりますし,変わらざるを得ないでしょう。必要な知識と経験の両方を併せ持つプロのエンジニアが,一人でも増えてほしいものです。


現実離れした「お役所仕事」ではダメ

38職種×7段階というと、266種類ですか。これだけの種類があると、「それぞれに求められるスキルや経験をきめ細かく規定する」というのはちょっと現実的とは思えないのですが。このあたりからすでに現実離れした「お役所仕事」に見えます。

田口 ITSSをある程度網羅的に定めるのに1,2年はかかるでしょう。しかし,すべての職種,レベルを同時に定めるのではなく,まずはプロジェクト・マネジャーの基準を優先するなどの,工夫をしています。本来なら「お役所仕事」ではなく,自らの価値を売り込む必要のある民間がやるべき仕事なのかも知れません。しかし民間がやらない以上,仕方がない。ともかく一歩でも二歩でも前進しているならましと思いますが,いかがでしょう。


制度の充実よりも、「現場に戻れ」と言いたい

冒頭の医師との比較はどうでしょうか。情報産業だって、原子力関係とか、医療機器制御の分野では、"人の命を預る"レベルの信頼性を達成する、プロのエンジニアは多くいます。むしろ、いわゆる業務系SEという領域では、プロフェッショナル魂が育ちにくい環境にあるのが現実かなと思います。古い人間の発想かもしれませんが、如何に深く経験を積むか、そして、その経験を次に応用できるかがプロのプロたるところであって、資格制度の充実よりも、「現場に戻れ」といいたいです。

田口 例えば医学教育を受けておらず,国家試験にも通っていないが,治療経験は豊富な医師(=ニセ医師)がいたとします。人はこの医師の治療を受けたいと思うでしょうか。筆者は正規の医師がいない場合はともかく,いるならニセ医師に治療をお願いしようとは思いません。ITエンジニアには国家資格はありませんが,だからといって現場経験だけで十分とはいえないのではないでしょうか。

 また教育の重要なところは,「如何に深く経験を積むか」について重要な示唆を与えるところにあると考えます。どんなに多くの経験を積んだとしても,その経験が場当たり的なものであれば,あまり意味がありません。もう一つ,すでに何度か書いたのですが,今回取り上げたのは資格制度ではないことにご注意下さい。


前提に疑問あり

ITエンジニアは医師、弁護士に近いプロである、という前提に疑問を感じます。もちろん現状・今後の方向としてそういった側面はありますが、設備工や建設・土木作業員に代わる大量雇用の受け皿という側面もあると思います。そういった側面を捉えずに、大学での高等教育云々だけに言及するのは不十分の感は否めません。今後予想される産業内の多層的な人員構造と、それに対応した初等教育以降の一貫した教育についても(本稿の本意ではないかも知れませんが)触れるべきであると感じました。またITSSについても、IT供給者のプロ化と大衆化をどう認識して、どうしていこうという意図を持っている制度である、といった切り口での分析があればより興味深いものであったと思います。

田口 医師,弁護士を例に挙げたのは,「大学における教育が重要である(国家試験がないからといって大学教育が不要ということにはならない)」,「すべて顧客が抱える何らかの問題に対する,解決策などのサービスを提供する職業である」,「常に自らのスキルアップを図る必要がある」といった共通点があるからです。

 筆者は,ビジネス・パーソンはすべてプロであるべきと思っています。銀行員もドライバーも営業担当者も,ですね。そしてプロの条件の一つに,「今いる会社でなくてもやっていけるだけのスキルや能力を身につけている」ことがあります。もし会社がつぶれてもほかの会社,あるいは独立できるだけの能力があるべき,と。

 一方,おっしゃるように,確かにプロのITエンジニアと,IT関連業務に携わる作業者という区分けは,必要かもしれません。しかし日本のIT業界が競争力を高めるために必要なのは作業者ではなく,プロのITエンジニアです。また「記者の眼」の読者は“プロ志向”のITエンジニアと思いますので,記事ではそちらを念頭に置いて書きました。「IT供給者の“大衆化”」の意味はよく分かりませんが,パソコンなどの単純販売という意味とすれば,ITSSの対象外です。


知識の体系化の流れが出始めたことを評価したい

知識を体系的に整理し教育,評価しようとする流れが出始めていることを評価したい。各種の方法論については様々な議論があってしかるべきだと思う。IT業界しか知らない人たちにとっては意外かもしれないが、他の成熟した業界の常識から見れば、IT業界はあくまで高額な報酬を得ていることを忘れてはならないと思う。また、世界的に見ても日本の(各仕事内容別で見たIT業界の平均)報酬は欧米に比べても割高である。プロフェッショナルとは、(実際にどの程度役立つかは別にして)ある種のベンチマーキング(資格など?)を通して自分自身の能力,スキル,経験を証明し、生み出す価値に見合った報酬を得る人のことだと思う。この定義そのものがIT業界に限ったことではないが、IT業界は他の業界に比べてプロフェッショナルが少なすぎると思う。自分が競争相手よりも優秀で、生み出す価値も高いことをどうやって証明するのかを考えてみるといい。資格試験に合格して、ライセンスを取得することも証明の一つの方法ではないだろうか。少なくとも、何もしないよりはましである。

田口 日本のIT業界における報酬が労働時間に比して他業界より高いかどうか,プロフェッショナルが他業界に比べ少なすぎるかどうか,筆者にはよく分かりません。ただ,プロフェッショナルの“絶対数”が少ないことは,おっしゃるように確かだと思います。たくさんある資格試験も,やはり“利用価値”はあると考えます。


医者や弁護士との比較は間違いではないか

システムエンジニアのスキルは、医者や弁護士などと比較するのは間違っているのではないか。サムライ業ではなく、その対価である報酬も異なっている。その代わり、法的責任も小さい?かもしれない。この世界、体系化したものはコンサルティング会社により異なっているのが実情だ。大手日本ベンダーも、そろそろ体系化や方法論を身につけ、知識を知恵に変えていくデータベースを備えなければいけないだろう。景気低迷ではあるが、マスコミや各社のマーケッタは将来への布石のため?、仕事量は膨大に増えつつある。そういえば、コンサルティング能力が突出しているのは現場よりも、もしかするとマスコミの記者であり、さらにベンダーのマーケッタなのかもしれない。平成維新は動きはじめている。将来、我々をリードしてくれる著名人は身近にいるのかもしれない。

田口 現状は確かに“サムライ業”ではなく,報酬体系も違っています。しかし現状は,IT業界のプロフェッショナルにとって理想型なのでしょうか?理想は,自らのプロフェッショナリティを武器に,きちんとした報酬を得られることではないか。つまり医師や弁護士などに似たものであるべきではないか,と考えています。

 一方,「仕事のやり方の体系が会社によって異なる」というのは,その通りだと思います。世の中の開発手法や他社のやり方を研究,分析した上で,自社独自のやり方を編み出すのならまだしも,それをせずに「うちはこのやり方でやってきたから」といった理由で旧来のやり方を続けているところが少なくない気がします。

 日本の情報サービス会社は,CMM(能力成熟度モデル)でいえば,レベル1(管理も何もない状態)で競っています。しかし本来はレベル2(基本的なやり方を反復可能な状態)をすべての企業が実践し,競うのはその先にすべきと考えます。これも教育不在の問題点の一つでしょう。


まずはユーザーの知識レベルを上げる必要がある

プロのITエンジニアを数多く育てるにはまずはユーザの知識レベルを上げる必要があるのではないでしょうか。医者にしろ、弁護士にしろ、市民がそのレベルを見ぬけないので高いハードルがあると思っているのですが、、、、

田口 それは一つの理想だと思います。患者が医学知識を身につければ,医者はいい加減な治療ができなくなりますから。しかし現実には非常に難しいことでもあります。高度に発達した,様々な治療法がある医学知識を身につけるのは,一般人には不可能なのではないでしょうか。同様に,ユーザー企業がITの知識レベルを高めることを期待するのは,超大手企業など一部の例外を除いて無理があると考えます。

 米国では医者にインフォームド・コンセントという説明義務が課されています。医学知識がない人でも,ある程度,安心して治療を受けられるようにするためです。システム開発でも同じであるべきではないでしょうか。ユーザーは,自分が実現したいことを説明できさえすればいい。そのためにどんな技術を採用し,どうシステムを構築するのが適切なのか,その説明責任を,サービスを提供するITエンジニア側が負うのです。


どうすればよいかを一緒に考えていきたい

結局は,当事者意識,責任感,本質を見る洞察力というところにいきついてしまうと思います。ただ,それらを涵養し,伸ばしていくためにはあらゆる局面でさまざまな試みが必要と思います。その意味で,ISJ2001にも期待したいしアクレディテーションやITSSも興味深いと思います。ただ,これまでのさまざまな試みのはかばかしくない例を見るに,やはり大いなる懸念もあります。これらを策定し,実施していく過程において,変な利権や組織間のなわばり争い,あるいは視野の狭さや周知方法の拙さなど,その懸念材料を挙げればきりがありません。迅速性とtry&errorの精神で果敢にチャレンジすることがモアベターだと思いますが,どこまでできるかという点が成否の鍵をでしょう。否定するのは簡単ですが,ではどうすればよいかも一緒に考えていきたいと,この記事を読んで思いました。

田口 最後はおっしゃる通り,個人の資質にたどりつくのでしょう。現状はその遙か手前の段階です。つまりITエンジニアとして仕事をするための“必要条件”を満たすことすら十分にできていません。確かに懸念材料は多いのですが,日本のIT業界の国際競争力を考えると,立ち止まっているわけにもいきません。


ISJ2001とITSSをまとめて語ると読者も混乱するのでは?

基礎体力を体系立ててつけようという話である (ように私には見える) ISJ2001 / JABEE 審査と、より専門的なスキルの認定に focus している (ように私には見える) ITSS を全部まとめて話しているので読者の反応も混乱するのかな、と思ったり。記者自身が違いをきちんと把握できていないのか?

田口 今回の記事を書いた狙いの一つに,現役エンジニアの方々に「あなたは大丈夫ですか?」と問いたいということがありました。そう遠くない将来,ITの知識を体系的に身につけた新入社員が入ってくる。同時にITSSのような標準が社会的に認知される。そのとき問題に直面するのは,断片的な知識,スキルしか身につけていない人たちではないか,と思うからです。

 違いをきちんと把握して書いたつもりですが,多くを言い過ぎたのでしょうか。それでも筆者としては読者から様々な反応をいただいたことで,今回の記事を書いた甲斐があったと思っています。


実社会に即した教育カリキュラムを増やしてほしい

教育現場に対しては、実社会に即した(企業人になって使える)教育カリキュラムを増やして欲しいと願っています。一方で「資格や学歴のみを振りかざす高コストなエリートが多くて困るね、この業界。」のコメントにも同意。官製の資格には、学歴と同様、かえって弊害となるリスクもあると感じました。

田口 記事中では「資格」と書いてはいないのですが・・・。「資格」と捉える方が多いということは,反省せざるを得ません。資格や学歴については,利点と欠点を相殺するとプラスになるという意味で,筆者は一定の利用価値があると思います。「A大学出身」というだけの学歴は無意味ですが,「どんな授業をしている大学で,何を学んだのか」には意味があると。


動向をもっと具体的に記事にしてほしい

色々な取り組みが行われているんですね。大変参考になります。この記事は結構大きく構えているように見えますが、ここに書かれていることを実践するのはそれほど難しくないのでは?「記者の目」だからしょうがないですが、「IT業界のあり方を変えていくんだ」という記者の思いが入りすぎて読みづらいです。それよりも、これらの動向をもっと具体的に記事にしてもらえると助かります。

田口 うーん,動向の事実報道はやはり他のニュース記事に任せて,「記者の眼」では自分の考えや思いを伝えていきたいです。それを書いているからこそ,読者の方々から様々な反応をいただけるのだと思いますし。


エンジニア自身の努力と、企業の努力のほうが重要では

「ISJ2001」という取り組みそのものはそれなりに評価するし、特に社会の仕組みをカリキュラムに取り入れたことは高く評価するが、その課程を修了した新入社員が即戦力として使えるのか、というと疑問に思う。月給にして、せいぜい1~2万円の差ではないだろうか。好循環が起こることは期待するが、そううまくもいかないような気はする。 それよりもエンジニア自身の努力と、企業の努力のほうが重要ではないだろうか。「うちの若手は~」のくだりは、社員教育にまじめに取り組んでないことを大学に責任転嫁してるようにしか思えない。「ITSS」のようなものより、企業のレベルを評価する仕組みを作ったほうが良いのではないだろうか。

田口 仕組みを作っただけではうまくいかないのは,その通りでしょう。記事では官と学の動きを取り上げましたが,これに産の動きが加わらないとだめです。ちなみに「産」とは,ITベンダーやユーザー企業の経営層だけでなく,現役ITエンジニアの方々も入ります。

 「即戦力」に関しては色々考えるべきことがあるなあ,と思います。大学で学んだ理論が実社会で通用しないのは,理論が一方的に悪いのか。それとも不合理なやり方がまかり通っている実社会が悪いのか。日本以外の国でも,新入社員は即戦力にならないのか。そうでないとすれば日本の何が悪いのか,などです。

 もう一つ,「うちの若手は~」のくだりに関してですが,大学レベルでしっかり教育しておくべきことを企業内で教育するのは問題ではないでしょうか。 コメントを取り上げた企業の場合,仕事に直結する「Oracle」に関する知識は社内教育でカバーしており,それ以上の教育を実施するのは給与を払っている以上,難しいと思います(社員から教育費を取るならまだしも)。

 「社員教育にまじめに~」の論理を拡大すると,数学や国語の不得手な社員のためにこれらを教えるべき,ということにもなります。それと企業のレベルを評価する仕組みには「CMM」があります。


否定的コメントのいくつかは劣等感の裏返しでは?

何か新しい社会の仕組みを作ろうとすると、必ずある程度の拒否反応はあります。今回の記事に対する否定的なコメントも、あって当然のことです。どんな提案でも欠点はあり、それを指摘するのは正しいことです。そもそも、皆が賛成するようなものなら、すでにできているはずで今さら作る必要はありません。ただ、否定的コメントいくつかは、劣等感の裏返しであったり、自分の立場が危うくなることへの恐怖から発せられているような印象も受けました。それは、やっぱり「プロにあるまじき」ことではないかと思います。

田口 前半に関しては,おっしゃる通りです。後半は筆者の記事のまずさもあると思うのですが,もし「劣等感の裏返し」があるとすると問題ですね。競争すべき相手は,国内の競合他社だけではないのですから。


何らかの見て分かる物差しは必要

…確かに。何かの物差しは要るだろう。目の前にクラッシュしたOSがあってもそのOSが専門外でもお客は容赦しない。 あるいは。上司にオマエはインターネット詳しいだろうと。いきなり研修も、あるいは自己研鑽の時間もなしに「Java書けます」の肩書きつけられてプロとしてどうにかわたる…わたれないってば。という悲劇多いよ。絶対値は難しいとしても、何らかのみてわかる物差しは要るよ。ユーザーのためにも、自分の為にも。上司のためにも。

田口 「数カ月のプログラミング教育だけで,Javaエンジニアの肩書きをつける」ことがまかり通っているのでしょうね。それでも経験を積めばなんとかなる,と。筆者も「わたれない」と思います。これまでは多くがそうなので,問題が表面化していないだけでしょう。


すでにエンジニアとして活躍している者にも学べる機関がほしい

まったくの同感です。結局、資格や経験だけでなく、その企業で一ITエンジニアとしてなにができるか?が、問われていると感じる。エンジニアは常に自分の市場価値を測り、努力していくことが肝心だと思う。ITSSはエンジニアにとって、とてもありがたいカリキュラムだと思うし、ひとつの目標にもなる。すでにエンジニアとして活躍している者にも学べる機関(通信大学など)ができればなお良いと感じる。海外勤務の34歳ITエンジニア

田口 最後の文章のご指摘が,今後重要になると思います。米国などでは一時休職,あるいは退職して大学で学ぶ。その成果をもとに復職,あるいは再就職するというケースが少なくないと聞きます。実態はどうなのでしょうか。どうすれば,それができるのでしょうか。詳しい方に投稿して頂ければと思います。


教科書からの知識だけでは現場で役に立たない

高々、4年かそこらで得た教科書からの知識がどれほど現場で役に立つでしょうか? 基礎知識をすべて習得できるでしょうか? 学生には基本や問題点を見極める目を養ってきてほしいものです。「自分の頭で考える」くせをつけてもらいたいです。

田口 内容次第ですが,4年間しっかり学ぶ効果は大きいと思います。製品の知識がなくても基本ができていれば,就職後に製品をマスターするスピードも速くなるのではないでしょうか。就職後は自分の提供する能力,労働力の対価として給料を得るのですから,それ以前に基礎知識を習得するのは当然と思いますが。「基本や問題点を見極める目」はその通りで,これこそ専門教育を通じて学生時代に養うべきものでしょう。


学界・官界が重い腰を上げたのは一歩前進

いろいろ批判や反省はあるにせよ、学界・官界が重い腰を上げたことは一歩前進と見るべきではないでしょうか。活きた制度・システムにするために当事者の相当な努力が必要なことはもちろんですが、始まる前から文句ばかり言っていても仕方がありません。それこそ問題解決的態度からもっとも縁遠いものでしょう。

田口 おっしゃる通りだと思います。少しでもいい仕組みにするためにクレームを出すことは必要と思いますが,そこにとどまっていては問題は何も解決しません。


勉強しようという意欲が猛然とわいてきた

専門スキルが欠けているという問題はIT技術者だけでは無い、日本では.そのしわ寄せがIT技術者にきているのだな、という事を、この素晴らしい記事から感じました.書かれているような力を得たIT技術者は政治家にだって成れますね.このITの部分だけ最適化しても果たして目指す効果が得られるかはわかりませんが、勉強しよう、という意欲は猛然とわいてきました.ありがとう.

田口 こちらこそ,コメントをありがとうございます。政治家になれるかどうかはさておき,勉強意欲を高めていただくきっかけになったとすれば,筆者として非常にうれしいです。


大多数がイレギュラーな案件といえる部分もある

書いてあることはうなずけます。しかし、これはレギュラーな場合に発揮されるモラルであり、IT系のBusinessは大多数がイレギュラーな案件といえる部分もあると思います。とっさの事態に24時間365日Globalに対応するには必ずしも当てはまらない部分があると思われます。

田口 「大多数がイレギュラーな案件」だとすれば,そのこと事態が異常なのではないでしょうか。これからもそのような異常な状況を続けていくのでしょうか。我々は,レギュラーな案件を増やすべく,努力するべきでしょう。CMMレベル1の段階を早く脱却するためにも,教育や制度を見直すべきと考えます。「24時間365日Globalに対応」も個人のエンジニア任せではなく,システマチックにやれるはずです。


日本の顧客にスキルに見合った金を払う意思はあるか

体系化されたスキルを身に付けるような教育の場が必要ということは、ことIT技術者に限らない。ここで書かれていることは賛成だ。ただし日本のIT産業の顧客にそれに見合った金を払う意思はあるのか。昔ながらの「人月いくら」のやり方では優秀なエンジニアは集まらないだろう。

田口 優秀なエンジニアなら,顧客は金を払うのではないでしょうか。でないとエンジニアを確保できませんから。そのためにも優秀なITエンジニアを増やすことが先決だと思います。少なくとも「エンジニアの派遣を依頼したら,何も知らない新人がきた。1人月数十万円払って教育してやっているようなもので,こっちが金をもらいたいくらいだ」。ユーザー企業や元請けに,こんな風に言わせるようなことはなくすべきでしょう。


医者や弁護士と比較するなら地位や報酬についても考察が必要

 いわれる事は納得できるし、できれば自分自身技術やスキルを磨きなおしたいしたいと思います。しかし医者や弁護士と比較し、同等のものを求めるのであれば地位や報酬なども同等のものを得られる仕組みを作っていくのも大事なのではと思ったりして。場当たり的な扱いでしわ寄せを食う低い立場にしか見られなければ、場当たり的な対応になるのは人情というものですから

田口 「同等のものを得られる仕組み」と「優秀なエンジニアがいる」のと,どちらが先に来るべきなのか。おそらく後者でしょう。楽観的すぎるかもしれませんが,顧客が「このエンジニアに頼みたい」と考えるようになれば,地位や報酬は自ずと向上するはずです。そのためには優秀なエンジニアを育成する仕組みが必要です。ITSSやアクレディテーションは,それに役立つと思います。


明確なるスキルを証明する資格は必要だが・・・

私は田口さんの「IT業界に広がるモラルハザード」「ITエンジニアを襲う心の病」といった記事を読んでいないので的外れな事を書くかもしれません。しかし、10年前工場の屋根裏にイエローケーブルを施行しトランシーバーを付けた経験の持ち主として言わせてもらえば明確なるスキルを証明する資格は必要ですが、「専門知識を持ったサービスのプロ」は必要ない顧客が100%満足するサービスを提供できる技術者は永遠に存在しない。必要なのは何故それが出来ないかを顧客に説明できる事を証明する資格だと思います。

田口 コメントはの第2文はおそらく,『「~サービスのプロ」は必要ない。顧客が~』が正しいと思います。だとすると筆者には,「専門知識を持ったサービスのプロは必要ない」理由が分かりません。顧客(ユーザー企業)はそうした人材を求めているはずですから。一方,「顧客が100%満足するサービスを提供できる技術者は永遠に存在しない」理由は分かる気もします。が,仮にそうだとしてもエンジニア自身は顧客が100%満足するサービスを提供すべく,努力すべきと考えます。


記者の問題意識は良く分かるが記事の内容には疑問

「あなたは自分をプロのITエンジニアと言えるか?」という問いかけに記者のITシステム現場への思いが良く表されていて、記者の気持ち、問題意識は良く分かります。ただし、記事の内容は疑問です。 まず、現状のITエンジニアを医者等に例えて、後者のようなシステマチックな教育・育成、資格制度が確立していないため、前者がProになりきれないという現状分析は同意できません。現場の混沌は医者等の世界でも程度の差はあれ同様であり、近年の多様化している病気等に対して全く無力である例は幾らでも起きています。いえることは、現状のITエンジニアの窮状の主因は、IT技術および適応領域の急激な変化、拡大に付いていくことが多くの技術者にとって非常に難しいということではないでしょうか。 もうひとつ、ISJ2001の一連の流れに問題解決を期待しているようですが、IT関連の資格として既に情報処理技術者資格(?)があります。これも、公的機関によるものですが、あまり現状の助けになっていないようです。このような以前の試みと根本的な違いが(記事では)明確にされていないので残念です。 今後のご活躍には大いに期待しておりますので宜しくお願いいたします。

田口 鋭いご指摘、ありがとうございます。確かに医者の世界でも「現場の混沌」はあるでしょう。ですが、そこには少なくともシステマチックな人材育成制度があります(それが現状とマッチしているかどうかは別問題です)。ITエンジニアの世界には事実上、なにもない状態です。

 これまで何度か触れたように、医師や弁護士を例にしたのは「プロフェッショナルという以上、専門分野に関する経験だけでなく、広く深い知識が必要」ということを訴えたかったためです。知識があったとしても変化が早い今、「現場の混沌」は常に続くと思います。しかし知識と経験を併せ持つ人が増えれば、その混沌を整理する人材が登場する可能性が高まると思うのです。その時には「新たな混沌」が生まれるでしょうけど。

 情報処理技術者試験について言えば、筆者はITエンジニアのスキルを高めるための一定の役割を担っていると考えています。ただし、この試験制度は20年以上も前に始まったものであり、現状にぴたりフィットするかというと、必ずしもそうではありません。

 時代に合わせて、データベース、ネットワークなどの試験を追加してきていますが、そもそも年に数回の試験開催でいいのか、選択式の設問中心でいいのか、一度合格すれば何年たっても再受験の必要がないのはどうか、など検討すべき項目は多々あると考えています。


今後の展開に期待する

田口編集長の言っていることは理解できます。規格を定め、社会や雇用先がそれを評価するのであれば大いにやって頂きたいと思う。新卒がもっと鍛えられるのも結構なことだとも思う。では、今この業界に足を突っ込んでいる我々はいかにしたらプロと胸を張っていけるようになれるのか。一現場の私としては何よりもそこが一番知りたいのです。今後の展開に期待しております。

田口 筆者も、そこが一番の問題だと考えます。前回の「記者の眼」の記事では、分量の関係もあってすべてを網羅できず、問いかけだけしかできませんでした。機会を改めて、本欄や日経ITプロフェッショナルの誌面上で、現役ITエンジニア向けの教育や資格制度を取り上げていきたいと思います。


イギリスの大学には基本を体系的に学ぶカリキュラムがある

現在イギリスの某大学修士課程で勉強しております。確かにこの記事にあるように、日本の大学と比較して、基本を体系的に学ぶカリキュラム、ソフトウェア・ライフサイクルを常に意識している姿勢が強いように思われます。正直、日本にいた頃はろくに基本書も読まず小手先の技術力向上に執心していましたが、今改めて基本の大切さを感じております。

田口 コメント,ありがとうございます。IT Proの読者層はワールドワイドに広がっていますね。ところで筆者自身,イギリスの実情を詳しく把握していないのですが,基本を体系的に学ぶ~(中略)~姿勢が強いように思われる」のは,どんな理由からなのでしょう。できることならば,ある程度詳しく,教えて頂きたいと思います。


業界全体を医師や弁護士に例えるのは誤り

業界全体を医師や弁護士に例えるのは誤りです。建築や土木作業に例えた方が良いかもしれません。 この問題は佐藤正美著「T字形ERデータベース設計技法」の「はじめに」と最後のページに集約されていますね。データベースの論理設計は全くできなくても、オラクルマスターのプラチナをとれてしまう、なんてことを一般の人に理解しろというのも無理があるので、資格というのは難しいですね。資格制度を作ることより、現状で使われているRDBMの90%位は誤った使い方をされていて、これを正すだけでももの凄い発展かもしれません。そうするためには、数学や論理学から学んで、方法論を身に付ける必要が有る。また、世の中には偽者の方法論が溢れていることも事実ですが。

田口 現状はおっしゃるとおりでしょうね。でも,建築や土木だと今のIT業界に近すぎる気がします。ご指摘の「データベースの論理設計は全くできなくても、オラクルマスターのプラチナをとれてしまう」という問題は,多くの資格制度に見られる欠点です。資格を取得する側の方々は,この欠点を“利用”しない意思を持っていただきたいものです。目指す方向は,やはり医師や弁護士と同様のプロフエッショナルであってほしいと思います。