2月5日付けで「あなたは自分をプロのITエンジニアと言えるか? 」を書いた田口です。この記事へコメントをいただいた皆様,ありがとうございました。議論を呼びたいと思う半面,難しい話でもあるので,それほどコメントは返ってこないかもしれないとも考えていました。多くの方々に様々なご意見をお寄せいただき,感謝しております。

 否定的なコメントも少なからずありますが,そのいくつかは筆者の説明力不足に起因すると思われます。そこで,もう一度機会をいただき,不足していたと思われる点を改めて追加説明し,さらに一つひとつのコメントに対して,筆者の意見を書かせていただくことにしました。

 すべてのコメントに目を通し,返信を書いてみたところ,たいへん長文になってしまいました。今日と明日の2回に分けて掲載することをお許しください。

●「ITエンジニアを医者に例えるのはおかしい」とのご意見に対して

 まず筆者の予想外に多かった意見が,「ITエンジニアを医者に例えるのはおかしい」というものでした。

 筆者は現時点で「ITエンジニアは,医者や弁護士と同等の存在であるべきだ」と考えているわけではありません。こう例えた意図は「大学時代に,しっかりとした基礎を体系的に身につけるべきではないか。他の分野の“プロ”はそうだ」ということを伝えるのに,適切な例だと考えたからです。電子技術者でも建設技術者でも良かったのですが,“プロ”とは何かをお伝えするのに,医師がもっとも分かりやすいと思いました。

 日本においては,ITエンジニアや銀行員が大学の専攻を問われることは,ほとんどありません。新入社員は,文学部卒でも経済学部卒でも問題ない。就職後の研修や日常業務を通じたOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で,専門スキルを身につけていけばいいと考えられてきたからです。ですが本当にそれでいいのでしょうか。

 ITの進歩が遅く,適用業務も限られていたメインフレーム時代(1990年以前)ならいざ知らず,ITやソリューションの対象となる業務の内容が高度に複雑化し,変化も速い今,業務経験から得たスキルと知識だけでは追いつかない――筆者はこう考えます。ITや社会環境が急速に変化している以上,ITエンジニアに求められる要件やITエンジニアを育成する仕組みが,昔のままでいいわけはないからです。

 ユーザーが安心して自社のシステム構築を任せられるプロとはどんな人材か。ネットワーク技術者を例にすれば,LANやインターネットの知識と経験だけでは不十分です。通信の仕組みはもちろん,ネットワーク技術の歴史,トランザクション処理やセキュリティ技術などの関連知識,OBNなどの業界ネットワークの知識・・・。実際に使うかどうかはともかく,“プロフェッショナル”と名乗る以上は,知っておくべきでしょう。

 現に欧米では就職時に,「その職業に携わるための最低限の知識」を求められます。実は前回の記事でふれたISJ2001(2001年末に情報処理学会が中心となって策定した教育カリキュラム)とアクレディテーション(大学における情報システム技術者の教育を評価・認定する制度)は,それ相当の制度が米国ですでに実施されています。日本における取り組みは,その“後追い”に過ぎないとも言えるわけです。

 ITSS(経済産業省が中心になって策定を進めている,ITエンジニアの「ITスキル・スタンダード)も同じで,英国における情報システム技術者の職種分類を参考にして作成されています。

 それだけではありません。米国では,情報技術関連学科がIS(情報システム),SE(ソフトウエア工学),CS(コンピュータ・サイエンス)などと明確に分かれており,それぞれに専門カリキュラムが用意されています。学生がコンピュータ・メーカーなどで,インターンとして仕事を経験できる仕組みもあります。国家試験こそありませんが,医師などと同様のプロを育成する仕組みとよく似ているのではないでしょうか。

●「官製の“資格”にはうんざり」とのご意見に対して

 第2に多かったのが,「官製の資格にはうんざり。詰め込み型の勉強だけでプロとはおこがましい」というものでしょう。

 確かにその通りですが,ISJ2001,アクレディテーション,ITSSはいずれも新たな“資格”を作るものではありません。ISJ2001は教育すべき内容を定めた“カリキュラム”,アクレディテーションはある大学の学科が必要な教育をきちんと実施しているかどうかの“認定”,そしてITSSはITエンジニアの“職種定義”と求められる“スキル基準”を示したものです。

 認定を受けた大学の卒業生は,一定の教育カリキュラムを履修したと見なされますが,それでプロと見なされるわけではありません。プロになるための必要条件を満たしたに過ぎず,多様な経験を積み重ねて初めてプロになるのだと思います。ITSSにしても,あくまでも基準です。将来は,何らかの形で情報処理技術者試験などと関連を持つことが考えられますが,現時点ではITSSをどう生かすか,白紙状態です。

 先のコメントに対し,逆に反論するとすれば,「基本的,かつ体系的な知識を持たずに,業務経験を積み重ねただけ。それでプロとはおこがましい」と言えるかもしれません。両方を兼ね備えてこそ,プロフェッショナルなのです。

 ここで筆者が前回の記事を書いたもう一つの目的を書きます。それはタイトルに挙げた「あなたは自分をプロのエンジニアと言えるか」を問うことでした。ISJ2001やアクレディテーションにより大学教育の改革が進んだとしても,それは現役のITエンジニアには無関係です。

 実体経済が厳しい不況にある中,IT産業,特に情報サービス産業だけは好況を謳歌(おうか)してきました。しかし,さすがにこれだけ経済が悪化すると,必ず情報サービス産業,個々のITエンジニアも影響を受けます。例えば金融機関の再編に伴うシステム統合や再構築が完了すれば,その仕事に専念していた第一線のITエンジニアがほかの仕事を手がけ始めます。

 同時に,中国やインド,韓国のITベンダーが日本に進出する動きも目立っています。日本の巨大な情報サービス市場は魅力的であり,コスト競争力と優秀なエンジニアがいれば,日本語や文化・習慣の障壁を乗り越えることは不可能ではないと読んでのことです。ITエンジニアにとっては,今以上に厳しい状況が到来する可能性が高いのです。

 もちろん筆者は,自発的に様々な勉強会やセミナーに参加し,自己研鑚(けんさん)に努めるITエンジニアがいることを知っています。しかしその絶対数は決して多いとは言えませんし,もとよりそうした時間や余裕がないITエンジニアも少なくないでしょう。一方で企業内教育の柱だったOJTは,多くの企業で機能不全を起こしています。

 現役のITエンジニアがプロになる仕組みが,全く不十分なのです。日経ITプロフェッショナルの創刊目的は,プロを目指すITエンジニアの役に立つ,結果として日本のIT産業の強化に貢献するということですが,雑誌だけで十分だとは思っていません。何が必要か,どうすべきかを,読者の方々からお聞きしたいと思っています。筆者自身の意見に関しては,さらに取材を進め,改めて書きたいと考えます。

 明日は,いただいたコメントに対し,筆者なりのコメントをさせていただきます。

(田口 潤=日経ITプロフェッショナル編集長)