約3000社のメーカーが賛同した近距離の無線通信インタフェース「Bluetooth」に,今までにない追い風が吹き始めた。対応機器を開発する点で,これまで課題とみられていたいくつかの課題が解決に向かっているためである。

 チップセットや送受信モジュールの低価格化や,標準仕様の統一などの変化が起こっている。2001年までに比較して2002年以降は,対応機器の出荷数が増えることになりそうだ。

 市場投入をいまや遅しと待ち構えている製品も少なくない。Bluetooth準拠の認定を受けた製品は,携帯電話機やノート・パソコン,コードレス電話機,無線アクセス・ポイントなど多岐に渡っている。

FEMINITYシリーズ
東芝のBluetooth対応洗濯機
 情報機器にとどまらず,白物家電もネットワーク化の対象となる。例えば東芝がこの4月,Bluetoothに対応した白物家電「FEMINITYシリーズ」を発売する(写真)。電子レンジや洗濯機,冷蔵庫をBluetoothでつなぐという。こうした製品が日本市場をはじめとして,欧州・米国市場で次々とデビューを飾る。

 ここまでの道のりは決して順調だったわけではない。当初は2001年が,市場が立ちあがる輝かしい最初の年になるとみられていた。国内の部品メーカーや機器メーカーも,その準備を2000年ごろから着々と進めていた。

 ところが現実には正反対の様相を呈した。2001年はBluetooth対応機器の製品化を進める機器メーカーや部品メーカーにとって,最悪の年となったのである。「携帯電話不況,仕様が複数並存したことによる相互接続性への不安など,まさに逆風の1年だった」(ソニー)

2001年の誤算は「ケータイ頼み」のシナリオが崩れたこと

 2001年にBluetoothの勢いがここまで急減速した主因は,当初の普及シナリオがもろくも崩れ去ったことにある。Bluetooth関連製品メーカーが期待していたのは,携帯電話への搭載が市場の牽引役になるという「ケータイ頼み」のシナリオだった。

 Bluetoothは,携帯電話器での利用のために開発された無線インタフェースである。開発を始めたのも,スウェーデンEricsson社やフィンランドNokia社などの携帯電話機メーカーが中心だった。

 携帯電話機の主要メーカーがこぞって支持に回ったことで,Bluetooth対応携帯電話機は一気に年間数千万台規模の市場を築くと見なされた。いずれは年間4億台が販売される携帯電話機の標準的なインタフェースになるとの見こみから,全世界で約3000社に上る賛同企業を募ることに成功した。

 ところが,携帯電話不況がその目論みを打ち砕いた。Bluetoothの旗振り役だったEricssonの業績が急激に悪化し,Bluetooth推進の原動力が失われてしまった。対応携帯電話器の出荷数は,頼みの綱の欧州ですら,なかなか伸びなかった。

 対応携帯電話器が出荷されないとなると,それにつながるはずだった機器メーカーの態度も及び腰になった。米国では米Microsoft Corp.が「Windows XP」の最初のバージョンでのBluetooth搭載を見送った。ちょうどパソコン用の高速無線インターネット・アクセス手段として,無線LAN技術への注目度が一気に高まったのと時を同じくしていたため,「Bluetoothは完全に敗れ去った」という声も少なくなかった。

LSI低価格化が新風を吹き込む

 ところがこうした逆境の時期にも,Bluetoothの進化は静かにだが着実に進んでいたようだ。水面下ではLSIの価格低減や特性の向上,技術課題の解決など実用化を促す土壌が次第に整い始めていた。

 例えばLSIの価格では,2000年ころは15~20米ドルだったが,2002年1月現在では,6米ドル~10米ドルまで下がってきた。購入量にもよるが,5米ドルを切る価格設定もいずれ実現されそうだ。またLSIの消費電流も,これまでの1/2程度まで軽減されてきつつある。例えば,英CSR社のBluetooth用LSIでは,電源電圧を1.8Vに下げたことで,動作時の消費電力が従来比1/2以下に低減している。

 さらに標準仕様が「Version 1.1」仕様に落ち着きつつあることで,他社メーカーとの相互接続性も,以前に比較して確保しやすくなってきているという。

 LSI以外にも,状況の変化を指し示す事項がある。たとえばMicrosoft社の動向である。同社は,2002年夏をメドに,Windows XPにBluetooth用のデバイス・ドライバ・ソフトウエアを追加する方針を明らかにした。複数台のパソコンで局所的にネットワークを構築する用途や,マウスやプリンターと接続する用途に向けたミドルウエアなどを搭載する予定である。

 このほかにも,2002年にはBluetooth対応機器が市場に登場する予兆がそこかしこにある(詳細は『日経エレクトロニクス』2002年2月11日号に掲載の記事「Bluetoothの雪解け」を参照)。

近距離無線に類似の技術が登場

 こうした事項に加えて,Bluetoothと市場を争うような類似の技術が多数登場しつつあることも,Bluetooth対応機器を開発するメーカーを急がせている。類似の技術とは,たとえばオランダPhilips Semiconductors社などが主導する近距離無線技術「ZigBee」や,イスラエルRFWaves社の開発した独自方式などである。

 これらの技術は,最大データ伝送速度を低めに設定し,伝送可能距離も制限することで,送受信回路の製造コスト低減をねらっている。低消費電力をアピールし,携帯型機器への搭載をめざすなど,まさにBluetoothの適用領域と重なる。Bluetooth対応機器の製品化時に必要な,ロゴ認証取得費用が不要であることも強みとなる。

 こうした技術が登場しつつあるのは,低速の近距離無線インタフェースに対して,機器メーカーのニーズがあることを裏付けている。Bluetoothがこれらのニーズを獲得するためには,ロゴ認証取得時における,機器メーカーの負担を軽減するような仕組みの整備が必要になるだろう。

(蓬田 宏樹=日経エレクトロニクス)

日経エレクトロニクス2002年2月11号では,関連記事「Bluetoothの雪解け」を掲載しています。