ソフトやサーバーの機能だけをインターネットで提供するアプリケーション・サービス・プロバイダー(ASP)のサービスが国内に登場して約2年たった。筆者が2年前に取材したとき「これは特に中小企業のIT化に大きな影響を与える画期的サービスになる」と感じた。

 1年前に取材したときは状況が一変しており,ユーザー企業も少なく撤退するASPもあった。しかし今回,改めて取材するとASPの数もユーザー企業も増えており,着実に伸びている印象を受けた。その背景には中小企業におけるインターネットの普及率,ADSLなど常時接続サービスの登場などもあるが,ユーザ企業に対する地道なフォロー活動の成果も大きい。

 「ASPサービスは価格が安いからあまり手間をかけられない」というベンダーの姿勢も分かるが,たとえ無料でもきめ細かくサポートする点が中小企業に信頼感を与えており,ASPサービスの活用にも結び付いている(1月29日発売の日経IT21でASPサービスの特集記事を掲載)。

ASP導入を成功させた企業に見る「割り切り」

 もちろん,そうは言ってもASPサービスに不安があることも事実。「今までより安く早くIT化できる点は理解できる。しかしシステムやデータを外部の企業に預けて本当に大丈夫か」――。中小企業の多くは,こんな不安を抱いているに違いない。システムがダウンしたら,セキュリティが弱かったら,データが漏えいしたら,など悩みは尽きない。

 これらを解決するには「いかに最適で安心できるASPサービスを選択するか」に尽きる。だがASPサービスは新しいビジネスだけに未知数の部分もある。不安を追求すれば100パーセント安全だとは言い切れないだろう。そうなると「何かあったらどうするか。やっぱり多少カネをかけても自社構築がいいのでは」という意識に傾く。

 ところがASPサービスのユーザー企業を取材すると,通常のIT化に対する考えとは大きく異なることが分った。月額支払いや短期契約などASPサービスは通常のIT化とは異なるアプローチを取る。このため,そこには新しいスタイルに向けた意識改革,いわば「割り切り」がある。

 例えばASPサービスを導入する際にセキュリティ対策について,いくら追求しても明確な結論は出ない。それよりも,安く早くできるというメリットを生かせる分野でASPサービスを導入すればよい。

 実際,グループウエアのASPサービスを利用中のある会社の経営者は「そんなにセキュリティを心配してもきりが無いし,ウチが独自にやるよりはASPサービスの方がはるかに安全性は高い。漏えいが心配なら,漏えいしても構わない分野に適用すればよい」と割り切った。その結果,グループウエアを数日で導入でき,営業体制の効率化につながった。もちろんデータ漏えいは今まで発生していない。

「失敗してもかまわないからとにかく始めよう」がASPの特性を生かすコツ

 こうした割り切りを追求すると,ASPサービスの時代に向けた「新常識」が見えてくる。最大のポイントは「失敗してもかまわないから,とにかく始めてみる」という点に尽きる。

 通常のIT化では構築に失敗するとなかなか後戻りできないため,どうしても態度が慎重になる。このためシステムを稼働させることがゴールになりがちだ。しかしASPサービスにとってシステムの稼働はゴールではなく,むしろスタートライン。しかも,いつでも契約を解除できるから,たとえ失敗してもすぐにやめられ,被害も少なくて済む。

 特に多くのASPサービスには,申し込んでも最初の30日~60日間は「お試し期間」があり無料で使える。そのほか料金体系で利用頻度が少ないと無料になったり,販促キャンペーン期間だけ無料もしくは低価格にしている場合も多い。とにかく使って徹底的に試せる点がASPサービスの魅力の一つである。

 舞台やコンサート,テレビ番組などで使う「衣装」を企画・製作するアンルセット(東京都港区)も,そんな会社の例である。社員のスケジュール管理のためアスクルのグループウエアのASPサービス「オフィス便利帳」を利用している。利用頻度が少ないと無料なのでアンルセットはすぐに飛び付いた。社員のスケジュール管理を一刻も早く効率化したかったからだ。

 無料期間を徹底的に利用し,アスペックスが提供する人材派遣向け勤怠管理のASPサービス「Digisheet」を選択したのが人材派遣会社のKDDIテレサーブだ。それも各社のASPサービスを一つずつデモ程度で順番に試してみる,のではなく複数のASPサービスを実際の業務の中で一定期間だけ同時並行で使った。しかも各ASPサービスには同じデータを入力し,同じ条件で使い勝手を比較したという。

 二重入力の手間は発生するが,機能やレスポンスなど各ASPサービスの差は明確になり,現場から生々しい意見も上がるなど,デモだけでは分からない実態が見えてくる。実際のシステムを簡単に比較できるのもASPサービスならではのメリットだ。

 最初から完璧なIT化を目指す大企業の情報システム部門となると,なかなか失敗は許されないだけに「とにかく始めてみる」という意識はあまり受け入れられないだろう。中小企業は「IT化の素人」だからこそ,ASPサービスを選択できたのかもしれない。だが,通常のIT化の常識を改めて見直してみれば,ASPサービスがもたらす新しい可能性にも気づくはずだ。

(大山 繁樹=日経IT21副編集長)