“多重人格”で“移り気”な“BB(ブロードバンド)ながら族”――。いきなり何のことか分からない書き出しで恐縮だが,これは日経ネットビジネス誌が想定したブロードバンド時代の消費者像である。

 昨年,ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)の普及に火がついたことで,日本でもいきなりブロードバンド環境,常時接続環境が現実のものとなった。2002年中にADSLだけで400万世帯以上の普及が見込まれ,料金も世界最低の水準だ。大きなビジネス・チャンスが見えてきたため,通信,放送,コンピュータ/家電メーカー,エンターテインメント,小売りなど様々な企業のブロードバンド関連ビジネスへの参入,そして提携も相次いだ。

 まさにハード,ソフト,サービスが入り乱れての“ブロードバンド狂想曲”といった様相だ。大不況で構造改革の必要性が叫ばれる中,既存の産業構造を変える可能性を秘めたブロードバンド環境を舞台に,新たなビジネスにチャレンジするのは当然正しい。しかし,ネットバブルのときと同様,技術や机上のビジネス・モデルだけで事業を企画する,供給側の論理がやたら目につく。一方,肝心のユーザー像については,ほとんど把握・分析されていない。

 「どのようなユーザーを想定されているのですか」「実はよく分からないのです」。文字にするとウソのような話だが,これはブロードバンド関連ビジネスの取材でよくあるQ&Aだ。

 もちろん,ブロードバンド環境を使いこなすユーザー,特に消費者のイメージを明確にするのは難しい。そこで,日経ネットビジネス誌では取材や調査を基にして,ブロードバンド時代の消費者像を描き出してみた。セグメント化もしていないラフ・スケッチだが,紹介しておきたい。

新たな“ながら”族が新たなライフスタイルを生み出す

 ブロードバンド環境の普及により新たな“ながら族”が出現する――これがまず前提となる仮説だ。実は,インターネット・ユーザーの多くが既に,テレビを見ながら,ラジオを聴きながら,あるいは電話でおしゃべりをしながら,ネットにアクセスしている。ある放送局の調査では「ネット・ユーザーの3割がテレビを見ながらWebサーフィンを楽しんでいる」との結果が出ている。

 こうしたトレンドは,通信料金を気にしないで済む常時接続の一般化が生み出したものにほかならない。常時接続が前提のブロードバンド環境の普及で,ネットのながら利用がさらに広がるのは間違いない。お茶の間にパソコンやそれに類するネット対応家電が入り込めば,ながら利用はさらに一般的なものになるだろう。

 ネットのながら利用というと,人によっては当たり前の感があるかもしれない。しかし,実際には“ながら”を切り口にネット・ユーザーをとらえた例はあまり見当たらない。むしろ,「自らの意思で積極的に情報収集・発信を行う」といった初期のネット・ユーザーのイメージが強烈なためか,ネットを利用する消費者はネットに“集中”していることを前提にしている場合がほとんだ。

 また,インターネット,もしくはブロードバンド環境の普及が他のメディアに与える影響についても,「ネットにアクセスする時間が増えることで,テレビの視聴時間が減少する」といった形で論じられてきた。つまり,インターネットがテレビなど他のメディアと,消費者の利用時間の取り合いを演じているというわけだ。

 しかし,こうしたとらえ方は実態からずれつつある。ながら利用が常態化すれば,メディア間で取り合うのはユーザーの時間ではなく,ユーザーの“意識”である。ながら利用の場合,ユーザーの意識は複数の関心事に分散している。どれだけネットに時間を使ってもらえるかではなく,どれだけ関心を持ってもらえるかが勝負になる。

 日経ネットビジネス誌では,こうしたながら利用が前提の消費者像を冒頭に示したように“BBながら族”として把握することにした。ながら族という言葉が生まれたのは昭和33年(1958年)。ながら族とはラジオを聴きながら勉強をしたり,テレビを見ながら新聞を読んだりすることだが,40年以上たった今では,すっかり当たり前のライフスタイルとして定着した。BBながら族もパソコン,携帯電話,テレビなど様々なメディアを並行して使いこなし,新たなライフスタイルを生み出していくはずだ。

新たなビジネスのヒントが見えてくる

 BBながら族としてブロードバンド時代の消費者像をとらえると,彼らを相手にしたビジネスのヒントも見えてくる。彼らはテレビを見ながら,あるいは電話でおしゃべりをしながら,ネットにアクセスする。彼らは,ネットのコンテンツも含め様々な事柄に意識を向けており,何か面白いことがあれば,そちらに関心を振り向ける。つまり“多重人格”で“移り気”なのだ。そのため,彼らを振り向かせ,関心を維持してもらうための何らかの“イベント”が必要になる。

 当然,電子メールをはじめとするプッシュ型のマーケティングや,テレビやラジオなどとのメディア・ミックスが今まで以上に重要になるだろう。バイラル(口コミ)マーケティングも,さらに深化する必要がある。Webサイトも,シンプルでユーザビリティ(使いやすさ)を追及した形態から,コンテンツをふんだんに盛り込みユーザビリティをあえて犠牲にした“重い”作りに変える必要があるかもしれない。

 何かと話題のメディア融合はどうか。ネットのながら利用が当たり前になるならば,少なくとも電話やラジオをIPに乗せることは自然な流れだ。特に携帯電話については,家の中では無線LANなどを利用してIP電話として利用することは,通信コストの面からも消費者に支持されるだろう。

 また,既にインターネット・ラジオが多数登場していることから見ても,近い将来,既存のラジオ放送がIP化するのはまず間違いない。「放送法上の規制や著作権問題などがクリアすれば,ラジオのインフラはネットになる」と断言するラジオ局の関係者もいる。

 ただしテレビとネットの完全融合は,それほど現実的ではない。テレビを見ながらネットにアクセスするのなら,何も一つのディスプレイで両者を見る必要はない。やはりテレビは大画面で見るに限る。デジタル衛星放送の双方向番組の質がどれくらい向上し,かつ視聴者からどれほど支持されるかにもよるが,“だらだら見る”しかないテレビ番組の現状を考えるなら,現在の放送インフラによるブロードキャストで十分だろう。

「エンターテインメント立国・ニッポン」のシナリオを描こう

 ところで,ながら族が登場した昭和30年代にはテレビが爆発的に普及し,その功罪はともかく新しい大衆文化と巨大な関連市場が生まれた。当時とは経済状況が全く異なるとはいえ,ブロードバンド環境の普及により同様の期待が持てる。

 例えばエンターテインメント分野では,ゲームやアニメ,キャラクタ・ビジネスなど最高水準の国際競争力を持つものが多数登場している。世界最低レベルの料金水準のブロードバンド環境をうまく利用したビジネスを創造できれば,エンターテインメント産業は,家電やコンピュータ,通信などを産業の裾野として持つ日本の基幹産業になる。「エンターテインメント立国・ニッポン」のシナリオもあり得るかもしれない。

 技術やインフラの端境期には,それらの活用した供給側の論理に基づく様々な新ビジネスが登場するのは当然だ。しかし,そろそろ消費者の実態をうまくとらえた巨大ビジネスが生まれてきてもよいころだと思う。

(木村 岳史=日経ネットビジネス副編集長)

■BBながら族の詳細分析に関心のある方は,「日経ネットビジネス1月10日・25日合併号」をお読み下さい。