「情報インフラの整備はほぼ終えており,必要な情報はほぼシステム上に蓄積されるようになった。これからの課題は,経営層と現場に情報の活用を促すことだ」――。今年の情報戦略のトレンドを取材するために,国内大手企業を回ったところ,多くのCIO(情報戦略統括役員)からそんな言葉を聞いた。

 グループウエアやWeb技術が登場したことで情報共有に取り組む企業が一気に増えたのは,95年~97年ごろのこと。その取り組みが,ここにきてようやく一段落したと自己評価しているのだろう。

 しかし,日ごろ取材を通して見る大手企業の実態を考えると,とてもそんなレベルに達しているとは思えない。もちろん,経営層や現場に情報活用を促す取り組みは必要である。しかしそれ以前に,そもそも競争力につながる本当に必要な情報が,いまだにシステムで共有できていないことに目を向けるべきだ。

本当に必要な情報を共有できていない

 例えば,営業や製造など各現場の日報をネットに載せて全社で共有することは,多くの企業が実践している。最大の目的は,日報に記された成功事例や失敗事例を通じて,「業務ノウハウ」を伝播させること。このノウハウこそが,競争力につながる本当に必要な情報である。

 ノウハウを迅速に共有するために,その日のうちに日報を入力させている企業も珍しくない。しかし現場の担当者やその管理職にとって,日報をくまなくチェックして,そこからノウハウを抽出する作業は大変な手間だ。これを毎日やるのは,よほど意欲が高い社員だろう。

 そのため本当に必要なノウハウを共有する方法は,紙で日報を管理していたころと変わらない。各部門の管理職が部下の日報から要点を抜き出して,月次の連絡会などで他部署の管理職と報告し合い,それを持ち帰って部下に伝えるといった具合である。これでは現場の担当者が,何のために日々,日報を入力しているのか分からない。

 もう一つ例を挙げよう。サプライチェーン・マネジメント(SCM)を実現するに当たって,営業の各現場が提示する売り上げ見通しは重要な役割を果たす。この売り上げ見通しと過去の実績値を基に,製造や調達,物流などの現場が計画を練り上げるからだ。

 しかし営業の現場のなかには,売り上げの見通しというより目標に近い数字を上げてくることもある。そのため実情に合うように,営業企画部門などが勘を働かせて修正するのが通例だ。そうしてまとめたあいまいな数字が,はたして意思決定の材料として役立つのかどうかは言うまでもないだろう。

情報共有の問題は大きくは4点

 現状の情報共有における問題は,大きく4点に分かれる。1点目は先に挙げた日報のように,大量の生データをそのまま共有するために活用が進まないこと。2点目は,SCMに利用する売り上げ見通しのように,情報があいまいで使い物にならないことだ。

 3点目は,現場にとって都合の悪い情報が共有されないこと。顧客からのクレーム情報,得意先を競合他社に奪われた原因,経費の明細などはその典型例である。

 これと似たことだが,「前例がない」「情報が漏洩するかもしれない」といった理由で,社内の現場や取引先が必要としている重要な情報を開示しないことが少なくない。これが4点目の問題だ。

 例えば大手企業の間では,インターネットで広く納入業者を募る「オープン調達」が始まっているが,従来通り,発注先を選ぶ基準やルールを納入業者に明確に開示しないのが通例だ。というよりも,そもそもルールが存在せず,「総合的」に判断して発注先を決める。

 受注できなかった新規の納入業者にしてみれば,「もとから付き合いのある納入業者への交渉に利用されただけではないか」と不信感が募る。インターネットという便利な道具があるにもかかわらず,オープン調達が進まない原因の一つはここにある。

紙の情報を電子化するにとどまるな

 どうして,現状の情報共有において,こうした問題がなおざりにされているのか。誤解を恐れずに言えば,これまでの情報共有はもとからあった紙の情報を電子化するにとどまっている。「ITという便利な器が登場したから,とりあえず手当たり次第に情報を放り込んでおけ」という発想から脱し切れていないのである。

 その程度なら,システムを購入して,現場に情報の入力を義務づけることで実現できる。しかし情報は膨大にあっても,本当に必要なものがない。特に,行動や意思決定に直結する情報が欠けてしまう。

 必要なのは,「この意思決定の精度を高めたい。迅速化したい。だから,この情報をこのタイミングでこの社員に見せる必要がある」という具合に,経営上の目的に合わせて情報共有の仕組みを見直すことだ。

 そのためには,膨大な情報を集約して社員一人ひとりに振り分ける仕組みや,情報の信頼性を一定水準以上に保つためのルール作り,取引先に情報を開示することのリスクを背負う覚悟などが必要になる。どれも,生半可な取り組みでは実現できないことばかりだ。

 そのうえで,情報を基に行動を起こす権限を与えた社員が責任を果たしているかをチェックして評価する仕組みも必要になってくる。
 
 実際に,そうした一歩先行く取り組みを進めている企業がある。日経情報ストラテジーは創刊10周年に当たる4月(2月23日発行)で特集する予定なので,興味のある方はぜひ一読してほしい。

(中山 秀夫=日経情報ストラテジー)