1月11日の「記者の眼」に日本のプロジェクトマネジメント問題について書いたところ,ありがたいことに読者の方から意見を書き込んでいただいた(当該記事)。

 記者はインターネットの一番面白いところは,双方向のやりとりが簡単にできる点にあると思っているので,1月11日に書き込まれたコメントのうち,公開に同意されているものすべてに返信を書くことにした。さらに公開に同意されていないが,こちらが重要な指摘だと思ったものには,「公開を希望しない」という読者の意向に反しない範囲で,適時触れた。読者の意見に付けた「見出し」は記者が書いたものである。意見については読みやすくするため適時改行した。

 今後もこの記事をきっかけに,プロジェクトマネジメントについて前向きな議論が展開されるとよいと思っている。

 なお,「セミナー開催のための提灯記事は止めてください」という書き込みもあった。確かにこの記事は日経コンピュータ主催のセミナーと連携している。日経コンピュータは,プロジェクトマネジメントの定着が焦眉の急と考えており,日経コンピュータ本体の記事,各種Webサイト,そしてセミナーなどさまざまな方法で,このテーマを追求していこうと考えている。ぜひとも主旨をご理解いただければ幸いである。

谷島 宣之=日経コンピュータ副編集長


もっと緻密な議論を望む
 実に粗雑な議論だ。モダン・プロジェクトマネジメントは納期・コスト・品質以外に云々と述べているが,そんなことは今さら言わずもがなで製造業と言われるところでは日常茶飯事で管理していることではないのか。納期・コスト・品質だけしか管理していないというのは筆者の思い込みではないのか。いまのやり方が自己流というならば,本流と何が違うのか明確に述べるべきだ。この部分はもっと掘り下げないと何のことか分からない。

 日本人の国民性について述べた部分は筆者の主観であって,根拠が不明確だ。日本の巨大プロジェクトの実績について述べた部分は定性的な考察をするとしても事例の数が少なく分析が甘い。そもそも巨大プロジェクトか否かの定義は何なのか。記者の眼が論文ではなくコラムであることを考えても,これらの論点は関係する資料・文献を引用または紹介するなど裏付けがないと納得しにくい。

 以上の問題点があるものの,世界的にはPMBOKというものがあり,日本ではあまり展開されていないという情報は参考になった。

谷島 ご指摘ありがとうございます。確かに明確な裏付けなく強引に論旨を展開したことは認めます。順番にお答えします。

 「製造業と言われるところでは(納期・コスト・品質以外のことも)日常茶飯事で管理している」という点ですが,確かに物づくりの現場では,もっとさまざまな管理指標を持っておられるでしょう。ただしここで筆者がいいたかったのは,物づくりを始める前の計画段階でスコープ(その物作りの狙いを含め,作業全体を定義すること)をはっきりさせているかとか,物づくりをプロジェクトとしてとらえてそれを総合的にマネージする視点があるかどうかということです。製造業であってもこうした視点を導入しているところはそう多くないのではないでしょうか。

 さらに情報システム構築の世界は記者の専門なのでこれは確信を持って言えますが,納期・コスト・品質の管理が中心だったことは間違いありません。多くの大手コンピュータ・メーカーの幹部もこれを認め,世界標準といえるプロジェクトマネジメントの知識体系「PMBOK」の視点を取り入れたプロジェクトマネジメントシステムを導入中です(今まさに導入中)。

 これと関連して別な方から,「プロジェクトマネジメントというと,トップダウン管理で個を殺すのではないか」という指摘がありました。今回の論旨は,納期・コスト・品質だけをごりごり管理するのではなく,プロジェクト・メンバー間のコミュニケーションも含め,もっと広範囲にマネージするべきではないかというものです。プロジェクト管理と書かず,プロジェクトマネジメントと書いているのはそのためです。マネジメントという言葉を記者は,「なんとかやりぬく」「推進する」といった意味でとらえています。

 最初の方の指摘に戻ります。「自己流というならば,本流と何が違うのか明確に述べるべきだ」と指摘されております。日本のやり方と別に理想の正しい本流があるという意味ではありません。何人かの方が書き込まれていたように,今の日本では,個人,特定の組織や企業ごとのやり方になってしまい,そこで得られた知識やノウハウを横に展開しにくくなってしまう,という問題を指摘したかったのです。

 つまりプロジェクトを推進するための知識・ノウハウを一回,汎用的な体系の上で整理する必要があります。もちろん多くのコンピュータ・ベンダーも開発体系のようなものを持っていますが,その体系は「自己流」で,ベンダー間で会話をするには「通訳」が必要なほどです。汎用的な体系としてすでに欧米でPMBOKというものがまとめられているので,これは世界共通の知恵として素直に採用してはどうか,というのが記事の主旨です。もちろんPMBOKは,体系というか枠組みしかありません。中身は個々の企業が「自己流」で埋めればよいのです。

 次に,「日本人の国民性について述べた部分は筆者の主観であって,根拠が不明確だ」とあります。記者の眼は記者の主観を述べるコラムですので,そこはご了承ください。ただし,日米のシステムについての数字が入った比較論文はないのかというご指摘は極めて重要です。

 記者の眼で読者の方の意見にこたえているといつも空手形を切ってしまうのですが,なんとか日米比較の記事を書いてみたいと思っています。企業情報システムの構造,プロジェクトのやり方,エンジニアの人のマインド,いずれもかなり違います。これはまさに文化の差から来るのですが,日本が学ぶべき点も多々あります(学ばなくていい点も多々あります)。


日本の特徴は時代遅れに
 やや強引なきらいはありますが,自己流でなんとかやってきたこと・背景としての国民性について納得できるものがあります。ただ問題は,それを善しとしてしまって冷静に客観的に自らの方法論を見つめて合理的な明確知にして来れなかったがために,まさしく徒弟制度や軍隊調・滅私奉公に陥ってしまう事が多いのが,時代遅れになった真の姿ではないでしょうか?決して大規模プロジェクトの減少が原因とは思えません。

谷島 ご指摘の通り,明確知になっていませんので,そうしましょうということです。ただし,徒弟制度が時代遅れとは言い切れません。米国でもプロジェクトマネジャの育成には,徒弟制度を取り入れています。汎用的な知識体系の上に整理されたノウハウと,徒弟制度の両方がいると思います。日本は,体系はなかったけれど現場の徒弟制度はあった。しかし,プロジェクトが減り,徒弟制度まで崩れているのではないか,というのが記者の危機感です。

 さらに付け加えると,情報システムに関しては,ユーザー企業のほうの徒弟制度も壊れつつあります。不必要な大規模プロジェクトをすることは馬鹿げていますが,ある程度意識的にプロジェクトを継続することは,ユーザー企業にとっても欠かせません。


組織としてマネジメント・ノウハウを伝承していくべき
 「実に粗雑な議論だ」と云うコメントに同意。また,「自己流でなんとかやってきたこと・背景としての国民性について納得できるものがあります」とのコメントにもやや同意。米国に比べ,過去の成功事例・成功者を学問的に体系立てて研究し,マニュアルや研究書として残すことをあまりしていない。これが”国民性”かどうかは(記者の)主観だが,事実である。
 よって,マネジメント能力の高い個人がいればその会社は上手くいくし,個人そのものも転職などでどこへいっても成功するだろう。つまり,人材の流動化が進む現在では,企業防衛(維持)の観点から,個人や徒弟制度(OJT)に頼らず,組織としてマネジメントノウハウを伝承していくべき,との論旨であれば当記事にも納得。

谷島 先に書きましたように,「組織としてマネジメントノウハウを伝承していくべき」という論旨です。ただし,「個人や徒弟制度(OJT)に頼らず」とは考えていません。今後も頼るべきです。さらに言うと筆者は,滅私こそ日本人だと思っていますが,そう書くとまた紛糾するのでここでは止めます。


日本人には自己流の徒弟制度が合っている
 個人的には暗い話題の方が真実と思う。既にISO9000やISO14000,HACCPと言ったものが日本では形骸化し,方法論や規格,資格そのものに満足してしまい,そもそもの目的を見失っている。自己流の徒弟制度が日本人に合っているのだ。つまり職人世界である。日本はいつまでも大プロジェクトばかりを追わずに,職人を大量に作って世界に売る国になっても良いのではないかとも考える。大きいことが良いことだったのは20世紀の話ではないだろうか。

谷島 記者も日本の今後の理想像として,さまざまな産業の職人がたくさんいる島,といったことを時々考えます。プロジェクトマネジメントの職人もたくさんいていいのではないでしょうか。プロジェクトマネジメントでナンバーワンという極端なことを書いたのもその一環です。ただし,言語問題とプロジェクトに集まる人間の資質問題があり,日本の優秀なプロジェクトマネジャが世界に売れるかというとちょっと難しいかもしれません。

 そういえば別な方から,「日本企業の時代遅れの体質がある以上,日本が簡単にプロジェクトマネジメントの先進国になるというのは楽観的にすぎる」との意見をいただきました。無論,簡単ではありませんが,可能性はあるので,体質改善しましょう,という主旨です。


非常に反省させられる
 モダンプロジェクト云々と論議されることが無いことを考えると,本記事は非常に面白いところを突いていると思います。日本のプロジェクト(私はソフト系しか知りませんが)の多くが,自己流のやり方を取っているのは事実で,成功した場合,特にそれを別途,評価して判断を入れなおすことやノウハウをシェアすることが非常に少ないのではないでしょうか?そのため,ある程度の知識・経験則として個人に帰着し,その個人が割り当てられないプロジェクトは,同じ生みの苦しみを再度経験せざるを得ないのが,日本の現状です。

 ISO9001等,個々の作業のノウハウの蓄積,ブラッシュアップをプロジェクトの運用段階や軌道に乗った後で取り入れることができても,いまのままではプロジェクトの立ち上げノウハウを他に活用できていない点は,本記事で非常に反省させられる点だと思います。

谷島 ありがとうございます。ご指摘の通り,特にプロジェクトの開始前のノウハウ活用がカギです。ある大手コンピュータ・メーカーの役員が言っていましたが,「プロジェクトと聞くととにかく人を集め,物づくりに走り出してしまう風潮がある」そうです。走る前によく考えることが大事です。もっとも雑誌の記事を作っていると,走り終わってから考えたりしていますが・・・


「プロジェクトX」の人気はこの国民性のため?
 この国民性故にプロジェクトXという番組が長く続き,人気があるのか???

谷島 これはちょっと回答できません。記者はテレビを見ないからです。この著名な番組も一度も見たことがありません。メディアの仕事をしており,しかもプロジェクトマネジメントが大事という原稿を書いておきながら,それでいいのかという気もしてきました。ビデオも苦手なので,時間ができたら単行本をまず読もうかと思います。


プロジェクト管理に関する本は驚くほど少ない
 確かに,本屋にいっても,「プログラミング」に関する本は多くても,システム,プロジェクトに関する本は驚くほど少ないですね。この分野で有名な本で日本人が書いた本も少ないと思います。

谷島 プログラミングの本が一番多く,次がよく分からない「IT革命もの」(古いか・・・)と「アンチIT革命もの」でしょうか。ご指摘の通り,プロジェクトの本は少ないです。情報システムのプロジェクトは結構劇的なものが多いので,論文とまで行かなくても,面白い読み物として残せると思うのですが。日本の場合,プロジェクトが終わるとみんな疲れてしまうか,あるいは一気に解放された気分になり,記録をまとめる気にならないようです。


心が豊かすぎる
 日本は労働者の生活水準が高すぎるので,もらえるカネを最大化するために合理的に行動するっていう意識が薄いのだと思います。心が豊か過ぎるということです。

谷島 この方の意見は論議を呼ぶような気がしますが,記者は賛成です。「心が貧しくなって,カネを最大化するために,非合理的に活動する」ことがないようにしなければなりません。


マネジメント能力とべたべたした「思いやり」を区別しよう
 記事は興味深く拝読いたしました。滅私奉公とソフトに金を払わない風潮とをリンクして考察すると興味深い結論に達するのではないでしょうか。マネジメント能力とべたべたした「思いやり」とが区別され,前者が正当に評価され,対価が支払われるようにならないと,後進性は払拭されないのではないでしょうか。

谷島 先に書きましたように,滅私こそが日本人,と密かに思いますが,それと金を払わないのは別次元の話です。マネジャも人間ですから滅私とか思いやりは必要です。そしてそれとは別次元に,マネジメント能力というものがあり,そこに対価を払わないといけません。滅私とか人となりといったビジネス(金)と別次元の話と,ビジネスがどうも峻別されていないような気がします。


日本がそんなに遅れていたとは・・・
 正直ショックであった。世界で共通の悩みかと思っていたが,日本がそんなに遅れていたとは始めて知った。言われてみればなるほどと思い当たるフシばかり。現在のように3カ月単位の短期開発に寄せ集めの要員であたるのが当たり前のご時世では,無くてはならない知識であると感じた。

谷島 厳密にいうと,汎用的な知識体系の利用が非常に遅れているだけで,プロジェクト遂行力がそんなに劣っているわけではありません。ただし,これを論証するには,冒頭の方の指摘通り,日米比較とか調査が必要でしょうか。


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