我が国日本は,「モダン・プロジェクトマネジメント」の先進国だろうか,それとも後進国だろうか。モダン・プロジェクトマネジメントとは,納期やコスト,成果物の品質に加え,プロジェクトの範囲(スコープ),投入する人的資源,メンバー間のコミュニケーション,リスク,各種リソースの調達といった諸要素までマネジメントしていくやり方を指す。これに対し,古典的な手法は,もっぱら納期やコスト,品質だけを管理することに集中していた。

 結論から言うと,モダン・プロジェクトマネジメントに関して,日本は驚くほど世界諸国から遅れている。本稿では,モダン・プロジェクトマネジメントの確立時期を,モダン・プロジェクトマネジメントの知識体系である「PMBOK」(Project Management Body Of Knowledge)がまとめられた1987年とする。

 PMBOKは,建設,防衛,情報システムなど,さまざまな分野のプロジェクトに共通する汎用的な知識を体系としてを整理したものである。欧米諸国,オーストラリア,南アフリカなどには,プロジェクトマネジメントに関する団体があり,会員間でPMBOKに基づくさまざまなノウハウや知識の共有活動が展開されている。というより各団体は古くは1960年代に設立されており,長年の活動結果をまとめ上げたのがPMBOKと言える。
 
 ところが日本は,こうした知識体系と無縁の道を歩いてきた。PMBOKの体系を知識として持っているエンジニアの数は,1000人ちょっとくらいしかいないのではないか。世界の先進諸国でもっとも少ないと断言できる。

 プロジェクトマネジメントに関する団体の設立にいたってはとんでもなく遅い。「日本プロジェクトマネジメントフォーラム(JPMF)」が設立されたのは1998年。「プロジェクトマネジメント学会」ができたのが1999年である。他国より30~40年遅れている。欧米の手法や考え方を巧みに取り入れる日本で,これだけ世界と格差が出た領域は珍しいのではないだろうか。

日本が遅れた理由は皮肉にも・・・

 なぜ世界の孤児と言えるほど遅れてしまったのか。その理由は皮肉にも,日本が世界の中でもっともプロジェクトマネジメントに適した国民性を持っていたからである。汎用的な知識体系や各種の団体を通じてノウハウを共有しなくても,日本人は自己流で立派にプロジェクトをこなしてきた。

 軍事や宇宙関連の開発,あるいは超大型ジェット機の建造といった巨大プロジェクトは日本で遂行されていない。しかし,各種のプラント,建造物,情報システムについては,世界に冠たる実績があった。筆者の専門領域である情報システムを見ても,銀行のオンライン・システム,自動車メーカーや製鉄会社の生産管理システム,小売業のPOSシステムなど,いずれも世界最高水準のものを作ってきた。

 昨今の金融問題があり,日本の銀行のオンラインはとかく批判の対象とされるが,全銀行の端末がオンライン・ネットワークで結ばれている国は日本だけだ。それが銀行の競争優位や収益にどれほど貢献しているかはちょっとおくとして,純粋にプロジェクトとしてみれば驚異的な実績である。

 自己流でやってなぜこれだけのことができたのか。一つは,目標が決まると達成にまい進する国民性である。必要があれば自分の持ち場を超え,他人の仕事を肩代わりしてでもプロジェクトを遂行する。しかも自分を殺してでもプロジェクトを優先できる。欧米ではこうはいかない。自分の担当分野についてはヒーローになろうとするが,他人の領分まで分け入ったり,自分を犠牲にしてまでプロジェクトを優先する文化はない。

 もちろん日本のやり方は一歩間違うと集団無責任体制になったり,ひどい場合は玉砕に至る。しかし,これはおめでたい新年の原稿なので,「日本人はプロジェクトに向いている」という論旨で押し通させていただく。

トップランナーになる可能性は残っている

 とにかく日本人は自己流でプロジェクトを立派にこなしてきた。ところが,バブル経済の崩壊と前後して,プロジェクトそのものが減った。情報システムはその典型である。過去のシステムを増強する小規模なプロジェクトはあったが,基幹系システムをすべて刷新するような大型プロジェクトは激減した。

 この結果,自己流のプロジェクトマネジメント・ノウハウを伝承できないという大問題が浮上した。ノウハウを体系立てて整理してこなかったため,現場のプロジェクトを通じた徒弟制度が無くなると,とたんにノウハウの維持が難しくなった。日本は自己流だが世界有数のプロジェクトマネジメント力を持つ国から,自己流で実力すらない国に転落しつつある。

 また暗くなってきたので,強引に前向きな結論に持っていくと,日本がプロジェクトマネジメントで世界のトップランナーになる可能性はそれでも残っている。汎用的な知識体系を学び,そこへ過去の経験とノウハウをなんとか結びつけていけば,知識の伝承もやりやすくなる。PMBOKに代表される基本的な体系を身に付ければ,もともとプロジェクトマネジメントに向いた国民性を生かせるはずだ。

 最後に恐縮であるが宣伝をさせていただきたい。以上のような問題意識から日経コンピュータは,モダン・プロジェクトマネジメントに関するセミナーを開催する(概要やお申し込みはこちら)。主として情報システム関連のプロジェクトを対象にしているが,他の産業のプロジェクトに従事している方にも役立つ内容と思う。モダン・プロジェクトマネジメントに関心を持たれた方はぜひ参加を検討していただきたい。

(谷島 宣之=日経コンピュータ副編集長)