「新しいシステムを開発するにあたって,IT投資に対する具体的な効果を定量的に測りたい」。ITで経営を革新しようという志を持ったマネージャを取材すると,よくこんな声を耳にする。ところが,「投資効果を事前に測るなんてほとんど無理。でも,それだと予算が降りないから前進できない。ITの投資効果を定量的に測定する手法はないものか」・・・。

 売り上げを伸ばしてコストを削り,その結果として利益を上げる。企業活動として当然の目的を達成するためにITを導入するわけだが,その投資効果に関する議論が何か変だ。ここまで経営環境が悪いと,「投資効果も事前にわからないでカネを出せるか」と言いたい気持ちは分かる。だが,道具としてのITだけを取り出してリターン(見返り)を云々すること自体がおかしい。

 製造業の工場のように利益の源泉となる設備に投資する際には,投資効果をシミュレーションしなければ意思決定は進まないだろう。しかし業務改革と一体になってこそ威力を発揮するITの活用では,それだけを取り出しても投資効果は測れない。業務改革プロジェクト全体としての投資効果にこそ意味があるからだ。よく耳にする「IT予算の総枠」という表現そのものが現実的でないように思う。

「何をしたいか」が決まらないからあいまいになる

 日本にも,ITの積極活用で業績を伸ばす優良企業は少なくない。だがその経営トップの多くは,IT投資の効果を事前に評価することには,さほどこだわっていない。「必要だから投資する」。それが彼らの共通した認識ではないだろうか。

 セブン-イレブン・ジャパンの鈴木敏文会長はかつて,インタビューで次のような趣旨の発言をしたことがある。「仮説検証経営を推進するには高度なPOS(販売時点管理)システムがどうしても欠かせなかった。コンピュータのことはよくわからないが,こういうデータを入力したらこういう分析をしてこういう結果を返すようなシステムを作ってくれ,とメーカーに強く要求した。とにかく『何がしたいのか』だけを徹底的に伝えた。実際のシステムをどう実現するかは専門家に任せればいい」。その結果として出来上がったシステムについては,「IT単独で効果を測定するようなことはしない」という。

 最近,システム・インテグレータに対して「良い提案を持ってこない」という不満を抱くユーザー企業が多いと聞くが,逆ではないか。「自分たちは何をしたいのか」がはっきりしていて,自らが目指す経営に必要不可欠なシステムのイメージが明確ならば,それをシステム・インテグレータにきちんと伝えればよい。そこには,IT投資効果を事前に測定するなどという余地はないはずだ。ITは事業そのものに組み込まれているわけだから,全体として投資効果を測るべきである。

結局は経営トップの哲学が優良システムを生む

 ヤマト運輸の小倉昌男・前会長は,それまで全く未知の領域だった宅配事業に参入する際,複雑な伝票処理に行き詰まってしまったという。その問題を解決しなければ宅配事業そのものが成り立たない。そこで当時,流通業で使われ始めたバーコードに着目。バーコード対応システムの全トラックへの搭載を決断した。システムを導入しなければ事業そのものが成り立たないのだから,「投資効果」以前の話である。

 あっという間に個人取引で大手を負かす勢いにまで成長した松井証券。松井道夫社長は「インターネットなくして松井証券のビジネスモデルそのものが成功しない」ことを力説する。ITを積極的に活用するする企業を分析すると,結局は経営トップ自身の哲学で成否が決まってしまうことが分かる。そこには「投資効果を定量的に測る」といったような次元の発想はない。

 そうはいっても現場としては「定量的な投資効果をどうしても測りたい」という強いニーズはあるだろう。その際に,業務プロセス全体として,リード・タイムや稼働効率,紙の分量,さらには人件費に至るまで,本当に具体的で細かい効果を測る努力をしているかどうかが問題だ。最近ではABC(活動原価計算)といった手法も実用化が進んでいる。多大な手間はかかるものの,ビデオ・カメラやストップウォッチを総動員して,間接業務にかかるコストを本当に把握すれば,計量化は決して不可能ではないはずだ。その努力を怠るのなら「ITの投資効果を測るのは難しい」と嘆いてはいられないだろう。

(上里 譲=コンピュータ局編集委員)