「アカウント・アグリゲーション」という言葉を,聞いたことがおありだろうか。日本語で「口座集約」というような意味だ。一つのアカウントで,銀行や証券などの金融サービスやEC(電子商取引)サイト,航空会社のマイレージなどのポイント・サービス・サイトに出入りしたり,情報を同時に一画面で閲覧したりできる大変便利なサービスである。日経ネットビジネス12月25日号に特集記事を掲載するため取材をしたが,実に多くの企業がこのサービスに参入しようとしているのに驚いた。

 仕組みはこうだ。様々なネット上のサービスに対応するIDやパスワードを,アカウント・アグリゲーションを提供しているWebサイトで登録すると,新たな統合アカウント(IDとパスワード)をもらえる。これだけで,すべてのWebサイトの情報を見たり,出入りしたりできるようになる。
 
 情報を閲覧する際は,サーバー側のロボット・プログラムが顧客が事前登録したIDとパスワードを使って,対象となる複数のWebサイトにログインして情報を取得する。HTMLのデータを引き出して解析し,必要な情報だけをアグリゲーションの画面上に一覧表示する。これを「スクレーピング」と呼ぶ。サイトに入る際には,統合アカウントと各アカウントが“ひも付け”されているので,新たに個別のIDなどを登録しなくても,そのまま出入りができる。
 
 ネットの場合,常に自分の好みの数字や文字をIDやパスワードとして登録できるとは限らない。かく言う私も,IDやパスワードをしょっちゅう忘れてしまう。そんな人には,最適のサービスである。

利用するサイトも登場,IT業界の動きも活発に

 例えばネット専業のマネックス証券は,既に約5000人のユーザーを抱えている。同社の松本大社長は,「特に金融取引をするユーザーには便利なサービス」と話す。同社のIDを入力するだけで富士銀行と新生銀行の口座残高や,セゾンカードの利用履歴を見られる。野村證券も新興勢力に負けじと参入した。ネット取引サービス「野村ホームトレード」で,アカウント・アグリゲーション機能を提供し始めた。銀行やカード会社などの金融サービスの他に,ポイント・サービスの「イーマイルネット」のポイント情報を表示できる。

 アカウント・アグリゲーションのASPサービスを手がける企業も登場している。電通国際情報サービスと日立製作所,ソフトバンク・テクノロジー・ホールディングスの3社は,アカウント・ワンという新会社を設立し,サービス提供に乗り出した。2002年4月には,NTT東日本が傘下のぷららネットワークスと合同で,同様のサービスを始める。NTTデータと野村総合研究所も,近く新会社を立ち上げてASP事業に参入する予定だ。

 前述の金融機関とは方法が異なるものの,マイクロソフトも大きな動きを見せている。既に「.NET Passport」というユーザーの認証サービスを実施している。個人データをあらかじめ登録すれば,Passportに対応しているWebサイトでなら,ユーザーが必要事項を再入力する必要がなくなる。いわば「.NET対応サービスの共通会員証」である。新OSのWindows XPにも,この機能を盛り込んである。既に富士写真フイルムが,Passportに対応したオンラインでのプリント注文サービスを提供している。

 2002年半ばからは,Webサービス「.NETMy Services」の試験運用を開始する。ユーザーの氏名や住所,誕生日などを参照できる「.NET Profile」や,リアルタイムでメッセージを送付する「.NET Alerts」など,15のサービスを予定している。これらのサービスが整えば,ユーザーは住所やクレジットカード番号などの情報を再入力する必要がなくなる。

 マイクロソフトに対抗する勢力も登場した。米Sun Microsystemsなどが推進するユーザー認証技術の標準化団体「Liberty Alliance Project」である。33の企業・団体が集まり,2001年9月に設立した業界団体で,日本企業ではNTTドコモとソニーが参加している。

個人情報の扱いなど,課題も残る

 ここにきて各社が,アカウント・アグリゲーションに強い関心を示しているのは,顧客の個人情報を有効活用しようとする狙いがある。例えばアカウント・ワンは,個人を特定しない範囲で資産運用などの統計情報を収集し,顧客企業にマーケティングデータを提供する。NTT東日本陣営も同様の考えを持っている。プライバシに配慮しながらも,顧客の動向を広く分析して,企業や業種にまたがるマーケティング・データを,他の企業に提供する計画である。金融機関は,希望するユーザーには,他の口座の残高なども参照して,総合的な金融アドバイスを提供する「ネット・アドバイザ」になりたいと考えているようだ。

 ここで問題になるのが,集まった個人情報の扱い方だ。2002年の通常国会で個人情報保護法が審議されることもあり,各社ともこの点では最大限の注意を払っている。セキュリティに関していえば,個人の資産情報が集約されたアカウントを一つの業者に預けることは,ユーザーにとって大変危険な行為である。そこで各社共暗号化はもちろんのこと,サーバーの保管場所を物理的にロックするなど厳しく監視しているという。マネックス証券のように,情報を暗号化するだけでなく,取得したデータはメモリー上に展開して,ハード・ディスクには一切書き込まないところもある。
 
 もう一つ,プライバシーの問題もある。例えばマイクロソフトの場合,複数のWebサイト間で個人情報をやり取りすることになる。この点について米マイクロソフト社の首脳は,データ・マイニングや電子ダイレクト・メールの配信などはしない,と明言している。アカウント・ワンやNTT東日本も,顧客を特定するデータが漏れないように細心の注意を払うという。

主流となるサービスが登場するかどうかに注目

 私個人としては,大きなシェアを取って主流となるサービスが現れるかどうかに注目したい。統合アカウントは,アカウント・ワンならアカウント・ワン,マネックスならマネックスのサービスに加盟しているWebサイトの間だけで通用するものなので(口座残高などの情報を見るだけの場合はその限りではない),加盟サイトが増えなければ利便性は上がらない。安全性の面からはリスクのあるサービスだけに,相当利便性が高くないとユーザーは使ってみたいとは思わないだろう。従ってガリバー的存在のサービスが登場しないと,普及はなかなか進まないのではないだろうか。
 
 様々なサービスが乱立した結果,普及が進まなかったサービスに,電子マネーなどの電子決済サービスがある。日経ネットビジネスが年2回実施しているインターネット・アクティブ・ユーザー調査の結果によると,電子決済サービスを適切な決済手段と見なすユーザーは10%を超えるものの,実際に利用しているユーザーは3%程度にとどまっている(詳細は弊誌1月10・25日合併号で)。

 アカウント・アグリゲーションが,これ同様の状況に陥る可能性は否定できない,と考えるのは私だけだろうか。もし,アカウントをせっかく統合したのに,その統合アカウントをさらに統合するアカウントが必要になったら・・・。全くしゃれにもならない。
 
(本間 康裕=日経ネットビジネス副編集長)