DDIポケットに続いて,NTTドコモもPHSを使った準固定料金のサービスを提供することになった。ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)など有線系の通信サービスでは,既に月額固定料金が当たり前になってきており,移動通信サービスにも月額固定を導入してほしいというニーズが高まっていたためである。

 一方,携帯電話サービスに目を向けると,最大手のNTTドコモは,「現在の携帯電話向けに割り当てられている周波数帯域では,月額固定料金の導入で急増する通信トラフィックを処理するのは不可能」としており,月額固定料金の導入に否定的である。さらに,携帯電話が大手通信事業者の主力サービスになったことも,大胆な料金戦略を打ち出しにくい要因になっていると思われる。仮に月額固定料金の導入が減収につながった場合は,グループの経営にも大きな打撃を与えかねないからだ。

 こうした背景から,ユーザー待望の月額固定の移動通信サービスは,まずPHS事業者が実現に向けて走り出した。いまだに加入者数の減少が続いているPHSサービスだが,筆者は,この月額固定サービスの例に見るように,先端的なサービスの実験場としての意義は十分にあると思っている。今後は通信事業者が比較的身軽なPHS事業で新サービスをまず導入し,その結果を見て携帯電話への導入を検討する流れが生まれることを期待したい。

 PHSサービスの加入者数が減少している原因は,携帯電話サービスと通話料金での単純な競争に陥ったためである。しかし移動通信業界では通話市場の飽和が課題になっており,各社ともデータ通信を主軸に据えた事業転換を目指している。この転換期をきっかけとして,データ通信時代のPHSと携帯電話の新しい役割分担が可能になるのではないだろうか。

ドコモの参入でPHSは月額固定での争いに

 まず,PHSの月額固定料金について動向を見ていこう。NTTドコモはPHSを使った準定額制のデータ通信サービス「ピーパック(P-p@c)」を2002年1月から開始する。ユーザーはある定額料金を支払うと,月内で決められた時間の通信はその料金の範囲内で利用できる。

 こうしたPHSを使った準定額サービスは,DDIポケットが「エアーエッジ」という名称で先駆けて提供している。NTTドコモは前述のように有限の周波数を使う移動通信サービスにおいては,通信トラフィックの急増が予想されるという理由から,定額料金の実現にはかねてから否定的であった。しかし,ピーパックは準定額の料金体系とはいえ,定額料金の実現に一歩近づいたことになる。

 NTTドコモがこのように舵を切り替えだした背景には,データ通信のヘビー・ユーザーがDDIポケットのエアーエッジに流れ出したことへの焦りもあったようだ。NTTドコモはピーパックの低廉な料金を実現するために,NTTグループ内のほかの事業者からIPネットワークを借りた。パケット通信の場合は,PHSの基地局からISDNネットワークを介さず,そのIPネットワークを経由してインターネットに接続できる網構成を採用した。NTTドコモは,IPネットワークを新たに構築してまでピーパックの導入を推進したわけだ。

 DDIポケットがエアーエッジで提供している定額サービスは,(1)月額5800円で32kbpsのパケット通信を使い放題の「つなぎ放題コース」,(2)月額5800円で最大64kbpsの回線交換通信を25時間まで利用可能な「ネット25」――の2種類である。一方,NTTドコモは,ピーパックにおいて最大64kbpsの回線交換通信のみを提供し,(1)月額2500円で10時間までの「ピーパック10」,(2)月額3200円で20時間までの「ピーパック20」――を用意した。

 DDIポケットはエアーエッジをPCカード型などのデータ通信専用端末向けに提供しているのに対して,NTTドコモはPHS電話機とデータ通信カードを組み合わせるユーザーを対象としている。このため1000円の無料通話分を持つ通話料金プラン「パルディオ・データプラス」と組み合わせて,ピーパック20のユーザーは合計で月額5180円を支払う必要がある。一方,DDIポケットのユーザーは,各種割引サービスを最大限に利用すると,1200円の無料通話をネット25に付加したサービスを月額5635円で使えるDDIポケットのサービスの方が通話とデータの通信時間が若干長い点を考慮すると,両社のサービスはほとんど互角といえる。 

 NTTドコモの場合,携帯電話とのセット割引の効果も手伝って,少しずつではあるがPHSの加入者数を増やしてはいる。一方,DDIポケットは既存の通話中心のユーザーを減らしてはいるものの,将来の主要ターゲットであるデータ通信のヘビー・ユーザーをエアーエッジで順調に獲得してきていた。NTTドコモはこうした状況に危機感を抱いて,ピーパックでデータ通信ユーザーの囲い込みに乗り出すことになったのである。

無線IP電話でもPHSが推進役になるか

 NTTドコモもDDIポケットも月額固定のデータ通信料金を実現するため,PHSの基幹ネットワークに従来のISDNでなく,データ通信専用のIPネットワークを採用した点では同じである。既に無線基地局の敷設が一段落しているPHSでは,基幹ネットワークの運用コストが通信料金の設定に大きな影響を与えるからだ。

 従来のPHSは無線版ISDNと呼べるもので,NTT東西地域会社が持つISDNネットワークに,全国に設置したPHS基地局を接続した網構成であった。このためPHSの通信トラフィックがISDNを経由するたびに,PHS事業者がNTT東西から接続料金を課金される。この接続料金によってPHS事業者が料金値下げの余地を狭められていたため,DDIポケットとNTTドコモは専用ネットワークに切り替えたわけだ。

 実はISDNネットワークを使うPHSの網構成は,携帯電話に対する料金競争力を失う要因でもあった。独自の基幹ネットワークを持つ携帯電話は,加入者数の増加を背景に自社判断で通話料金を値下げできた。しかしPHS事業者は,開始当初は割安だった加入電話向けの発信でさえ,接続料金が足かせとなって次第に競争力を失った。さらに携帯電話の加入者数がPHSと比べて圧倒的優勢になった時には,携帯電話への発信料金の高さが敬遠されて,PHSの加入者数の減少に歯止めがかからなくなっていった。しかしPHSをデータ通信用途を主とするサービスとして売り込むことにより,携帯電話と棲み分ける方向が見えてきている。

 さらに今後は月額固定料金のインターネット接続サービスを活用して,通話サービスでも携帯電話に対抗していける可能性がある。ISDNネットワークの代わりに,VoIP技術(Voice over IP:音声をデジタル化してIP上でやりとりする技術)をIPネットワーク上で使えば,無線IP電話サービスとして通話距離によらない安価な料金設定が可能になる。

 いま有線サービスの世界では,ADSLやFTTHなど高速な常時接続の環境でVoIP技術を使った割安な電話サービスが実現しようとしている。これを移動通信サービスで実現するには,まだ無線環境での通信品質の確保など,多くの技術革新が必要と見られているのは確かだ。しかし月額固定に続いて,無線IP電話でもPHSが推進役になってもらいたい。

 DDIポケットは既に今後増えていきそうな,移動通信の第二種事業もPHSで一足早く実現させた。これらの移動通信業界に押し寄せる新しい波を,携帯電話に先立って,PHSが先頭に立って切り開いてほしいものだ。間違っても携帯電話の加入者獲得の足かせにしかならないという非建設的な理由で,グループ内で見殺しにしてほしくはないのである。

(稲川 哲浩=日経ニューメディア編集)