米国の景気後退(リセッション)入りが確実となり,IT(情報技術)関連の米企業は超大手からベンチャーまで,大幅かつ急速な業績悪化に苦しんでいる。その点で米国と日本に違いはないのだが,米国のベンチャー・ビジネス業界を日々ウォッチしている立場からすると,深層のところでは“決定的に違う”と言わざるを得ない。

 この先,まだまだIT不況が深刻化する恐れがあるにもかかわらず,米国では次々にIT系のベンチャー企業が誕生し,事業拡大のための資金を獲得している。ベンチャー企業に資金を供給するベンチャー・キャピタル(VC)というシステムも健在だ。

 株式公開しているブランド企業の不調やリストラ(事業再編)の動きが際立つ表層の影で,すでに“景気後退期の後”をにらんだ仕込みと挑戦が静かに進行している――。この重層構造は,果たして日本でも機能しているだろうか。IT企業の“厚み”という点で,日米間の格差は今この瞬間にも,ものすごい勢いで拡大しているのではないだろうか。

年間3兆円規模の米国ベンチャー投資が健在

 もちろん,米国のベンチャー投資に最盛期(99~2000年)の勢いはない。投資関連の調査会社VentureOneと米会計事務所大手PricewaterhouseCoopers(Pwc)が10月31日に発表した米ベンチャー投資調査によると,2000年第1四半期(1-3月期)をピークに下降を続けているベンチャー投資は,2001年第3四半期(7-9月期)も減少傾向に歯止めがかからなかった。この第3四半期の総投資額は64億8500万ドル(約8100億円,1ドル=125円で換算)で,ピーク時の4分の1にまで縮小した。

 ただし,これをもって米国のベンチャー投資が機能を喪失したと考えるのは早計だ。PwCベンチャー投資担当マネージング・パートナーのTracy Lefteroffによれば,「99年から2000年にかけてのベンチャー投資は常軌を逸していた。例外的なこの期間を除けば,2001年の第1四半期から第3四半期にかけて実施された254億ドルという投資額は,98年の年間投資額175億ドルを大きく上回っている」。ネットバブル崩壊後においても,年間数兆円規模のマネーが,株式未公開のベンチャー企業(大半がITやバイオなどの技術関連)に投下されているというのは,驚くべき事実だ。

 投資する側のベンチャー・キャピタル(VC)も苦しんでいる。「2000年までは何をやってもやまくいったが,2001年は何をやってもうまくいかない」――。老舗VCであるmayfieldのKevin Fongマネージング・パートナーの言葉が象徴するように,多くのVCがネットバブルに浮き足立っていた。必ずしも,確固とした技術力を持つ優良ベンチャーばかりに投資していたわけではなかった。VCというシステムが,ネットバブルを膨張させ,過剰投資を誘い,反動としてのIT不況を招いたという側面は否定できない。

 宴が終わった今,VC業界は軌道修正を迫られている。Kevin Fongに言わせれば,「Back to Basics」。90年代後半の狂乱を省みて,「経営者が優秀であること」「市場が大きいこと」「独自の技術を持っていること」「顧客にとって価値が大きい製品やサービスを生むこと」「強いビジネス・モデルであること」「収益性が高いこと」といったベンチャー投資の基本に立ち返って出直すという。

「景気後退」――その後を見越した先行投資が始動

 米国景気の現状と先行きの見通しについては,いくつかの見方がある。11月下旬には,商務省のBEA(経済分析局)が7-9月期のGDP(実質国内総生産)の成長率(年換算)を速報値のマイナス0.4%からマイナス1.1%に大幅下方修正した。米国の景気循環を認定している非営利団体NBER(米経済調査局)は,非農業部門雇用数など主要指標の分析に基づいて,「米国は今年3月にはすでにリセッション入りしていた」とのリポートを発表した。約10年間続いた米経済の拡大は,実感的にも公式にも終焉(しゅうえん)した。

 つまり,「これからますます落ち込むぞ」という最高レベルの“警戒警報”が発令されたことになる。9月11日の同時多発テロの後に相次いで発表されたIT分野の民間調査や予測リポートも非常に厳しい内容になっている。

 例えば,Gartner Dataquestが9月26日に発表した調査リポートによると,2001年上半期の世界でのソフトウエア売上高は前年同期比6%増にとどまった。2000年通年の伸び率が18%だったことと比べると伸び率は半分以下に落ちている。そして,「テロが世界経済の低迷に拍車をかけ,世界のソフトウエア市場は向こう18カ月にわたって落ち込む」という。

 Cahners In-Statは10月17日に発表したリポートで,「2001年の米国企業のIT投資は,前年比で12%以上も減少する」と予測した。米企業のIT投資額が前年比で減少となるのは過去10年で初めてのことである。テロの影響で2002年のIT投資も低調になると見ている。

 META Groupは10月23日に発表したリポートで2002年のIT投資の伸び率を前年比マイナス2~5%と予測した。ちなみに2001年は前年比8%増の見込みである。

 明るさが見えてくるのは,2003年に入ってからと予測するのは,Forrester Researchだ。10月24日に発表した米国におけるIT分野の将来予測リポートで,今回の不況が終息するのは2002年第3四半期ころ,2003年には上向きに転じ,2004年以降に二桁(けた)成長まで回復するという。

 米景気が回復基調に乗り始めるの2002年後半というのが一般的な見方なのだが,「リセッションはすでに終わっており,米経済はこの12月から回復に向かう」という超強気の分析も一部に登場している。High Frequency EconomicsのIan ShepherdsonとISI GroupのEd Hymanという経済学者の主張である。NBERなどとは異なる考え方で分析した結果だ。

 マクロ経済の分析手法の議論はさておき,1年後くらいまでには米経済は回復基調に転じている可能性が出てきた。米国では,ぼんやりではあるが景気回復という「出口」と回復後の「新時代」が語られ始め,それを見越しながら企業戦略を練ろうというところまでたどり着いたと言えるのではないか。

 もちろん,「景気回復」までの道のりはまだ長く,多くの米IT企業は生き延びることに必死だ。市場(パイ)が急速に縮小するなかで,たとえシェアを上げても売り上げは落ちてしまう。パソコン/サーバー市場でのDell Computer,Compaq Computer, Hewlett-Packard,Gatewayなどの騰落ぶりがそうであるように,既存の大手IT企業は市場の中で独り勝ちに近い成績を収められなければ,即,抜本的な事業再編成を迫られることになる。

“冬の時代”にこそ優れたITベンチャーが生まれる

 これに対して,“冬の時代”こそチャンスだととらえているのが重層構造の深層側にあるVCだ。前述のmayfieldのKevin Fongはこう言う。「起業家や,安易にファンドを立ち上げたVCにとっては難しい時期だが,VCというビジネスそのものに問題はない。厳しい環境こそが劇的な変化とチャンスを生む。歴史を振り返っても,景気後退局面に多くの優秀な企業が誕生したことを忘れてはならない。Apple Computer,Oracle,3Com,Sillicon Graphics,Compaq Computer・・・。皆,厳しい環境で生まれ,強く育った」――。

 長期間での投資対効果を追求するVCにとっては当然のことだが,米国VCはすでに“春”の到来を見越した先行投資に向かっている。悪天候(不況)で足止めを喰らった無数の航空機(ベンチャー)が,滑走路脇で長蛇の列を作って離陸許可(株式公開)を待っている,燃料(VC資金)は満タンで――。そんなところだろうか。Kevin Fongの言葉が正しければ,90年代に主流だったIT企業を踏み越えていくような新時代ベンチャー(まだ具体像は見えないが)が登場してくる可能性がある。

 ネットバブルは,「企業経営の理念や技術の本質を見失い,カネ万能主義が蔓延(まんえん)した」という負の側面が心情的な面が強調されてとらえられることが少なくない。米国にも,技術はお粗末だが株式の売却益などで一獲千金,巨額の富を得て,会社経営などそっちのけで放蕩三昧,会社が傾くとさっさと逃げてしまう――といった無責任起業家も少なからずいた。

 VCというシステムは決して完璧ではない。バブルを助長するという失敗も犯した。だが,その経験を踏まえ,自己修正を加えることによって着々と再起を図っている。修正型VCのフィルターを通った米国ITベンチャーの中には,技術力,経営力の両面でバブル期とは異質なものが必ず含まれてくると考えたほうが良さそうだ。

 そのとき,日本のIT企業は互角にやり合っていけるだろうか――。

 NASDAQ,NYSE(ニューヨーク証券取引所)での新規株式公開(IPO)の企業数は,2000年8月の65社をピークに減り続け,2001年9月(8月20日~9月21日)にはついにゼロにまで落ち込んだ。しかし,テロ直後の10月(9月22日~10月26日)には5社,11月(10月29日~11月23日)には14社にまで回復している。

(水野 博泰=日経E-BIZ副編集長)

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