富士通やNEC,日立製作所,沖電気工業など国内大手メーカー各社が,ハードの設計や生産に携わっていた要員をSE(システム・エンジニア)へと“転職”させる「SEへの職種転換」を進めている。

 富士通は1999年ごろから進めており,約230人の「元・製造技術者」がすでにSEとして働いている。もともとは,半導体や情報機器の工場でオペレータとして働いていた社員で,年齢層は20代が中心。約3カ月の研修を経て転換した。2001年12月現在も,約1000人のハード技術者が富士通の各工場でSEやJavaプログラマへの転換教育を受けている。

 NECグループでは過去3年間で約300人のハード技術者がSEへと転換。年齢層は30代が中心だが,20代や50代の技術者もいるという。日立製作所では3年弱の間にグループ全体で約900人のハード技術者がSEに転換した。沖電気も2001年度に入ってから約200人のハード技術者をSEやシステム関係の営業などに転身させた。

常識的には難しいが,成功例もある

 各社の狙いは,収益の柱を機器販売などの「ハード」から「ソフト・サービス」に移行させることにある。新卒や中途だけでなく,ハード部門をリストラしたことによる社内の余剰人員をSEにすることで,要員不足に対処しようというわけだ。雇用を確保するという側面もある。

 常識的に考えると,こうしたSEへの職種転換は「難しい」と思うのが普通だろう。SEにもさまざまな職種があるため一概には言えないが,ITや顧客の業務に関する知識,顧客など関係者とのコミュニケーション・スキルなど,SEには多様な能力が求められる。特にコミュニケーション・スキルの修得は経験の占める部分が大きいため,“促成栽培”は無理と言われているからだ。

 しかし,大手メーカー各社はそれぞれ,職種転換を成功させるための策を練っている。実際,職種転換を経て第一線のSEとして活躍している人も少なくない。

 「通信機器の設計技術者として,モノ作りの第一線で働いてきた経験が生きている」。沖電気の中嶋宏行ネットワークシステムカンパニー情報通信ネットワーク事業部ソリューション第一部MoIP-SE第一チームリーダー(41歳)は,「職種転換組」の一人である。現在,ネットワーク分野のSEとして,顧客にVoIP(ボイス・オーバーIP)を使ったネットワークの提案を生業にしている。

 中嶋氏は沖電気の職種転換の方針に沿って,30代後半にしてSEへの「華麗なる転身」を実現した。中嶋チームリーダーは新卒で沖電気に入社。ネットワーク機器の開発部署に配属になり,約12年間PBXなどの設計に携わった。その後,開発のコスト管理や技術の標準化など開発部隊を支援する業務を担当。そして1999年,現在の部署に異動。SEとしての第一歩を踏み出した。

 「顧客とのやり取りについては経験しないと分からない点が多い。勉強すべき技術もたくさんある」。中嶋氏は思わず苦労を口にする。しかし,「既存の音声回線をVoIPへ置き換える提案をする際に,PBXなどの設計技術者として働いてきた知識や経験が生きてくる」と続ける。「私のチームにはLSIの設計などまったく異なる分野で働いていたネットワークSEもいるが,彼らを見ているともともと論理的な思考能力ができるため,潜在的な能力は高いと思う。後は,何よりもやる気だ」

職種転換を成功させるポイントとは?

 日経コンピュータでは職種転換について複数の関係者を取材している。その結果,職種転換を成功させるポイントを三つ割り出した。

 一つは,少しでも今までの経験が生かせる分野を選ぶこと。先に登場した中嶋氏は,通信機器の設計技術者からネットワークSEに転身した。通信分野ということで大まかには同じである。ほかにも,工場で生産技術を担当していた技術者が製造分野のERPコンサルタントに転身するなど,比較的似通った分野における職種転換は成功しやすい。

 二つ目は,仮に生かせない場合には転換するSEの職種を特定の分野に絞ること。ネットワークの設計や構築に携わるネットワークSEは,業務システムを構築するアプリケーション分野のSEに比べると扱う対象が具体的であるため,転身しやすいという意見が多い。ほかにも,システムの保守を担当するサポート・エンジニアも「入門」に適していると言われている。

 最後の三つ目は,“新人”のスキルを伸ばせる職場環境を作ることである。本人の「やる気」が大切なのはもちろんだが,職種転換により配属になった「現場」での育成体制を整えることが重要である。結局,いくら座学を繰り返しても現場の経験を積まないとスキルは伸びない。そこで,現場でいかにOJTを効果的に行うかが重要になってくる。

 しかし,システム構築の現場では,「先輩のやり方をそばで見る」OJTがうまく機能しなくなってきているのが現状である。システム開発の短期化と顧客の要求の高度化により,プロジェクトをこなしながら育てる余裕が現場にはなくなってきているのだ。

 あなたの職場に,職種転換してきたメンバーが送り込まれてきたら,あなたはどうするべきだろうか。この職種転換は,現在SEとして働いている人たちにとって,決して他人事ではない。

(高下 義弘=日経コンピュータ)