ブロードバンド・ルーターは,今年最も急成長したネットワーク機器の一つである。だが,まだまだ動いている分野なので,ユーザーが選択する際のよりどころとなる指標があいまいなのも現実だ。特に,製品カタログに記載されたスペックや用語は各社各様で,混沌としている。

 例えば,プロバイダから割り当てられた1個(または少数)のIPアドレスを家庭や社内の複数のパソコンで共有するために使うIPアドレス変換機能の呼び方だ。IPマスカレード,NAPT,エンハンストNAT,eNAT,NAT+などなど。さらに,この機能の応用で,ブロードバンド・ルーターの内側にサーバーを設置してインターネットに公開したり,ネットワーク・ゲームなどで使う機能は,ポート・フォワード,バーチャル・サーバー,バーチャル・ホスト,DMZ機能などと表記されている。これじゃ,いったいどんな機能を指しているのか,さっぱりわからない。

 だいたい,バーチャル・ホストやDMZ(De-Militarized Zone)といった用語は,これまでもほかの分野で普通に使っていた用語なのに,従来の意味とは違っている。バーチャル・ホストなら,1台のサーバーで複数のドメイン名を賄ってあたかも複数台のサーバーが存在するかのように見せかける機能だ。DMZはファイアウオールとセットにして,インターネットへ公開するためのサーバーをつなぐ特別なネットワークを指しているはず。語源までさかのぼって考えれば,ブロードバンド・ルーターのカタログでこれらの用語を使っている真意も分からないではないが,やっぱり「用語の誤用ではないか」と言いたくなる。

 さらに,最近の製品が売りにしているセキュリティと性能の表記についても,同じことが言える。例えば,ステートフル・インスペクションという用語。ファイアウオール・ソフト・ベンダーの最大手チェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズ社が提唱したセキュリティ機能なのだが,ブロードバンド・ルーターが備えるセキュリティ機能は,フィルタリング機能をちょっと賢くした程度。同社のファイアウオール・ソフトほど高度なものではない。

 性能では,「スループット9.xxMbpsを実現」なんて書かれているが,いったいなにを基にこうしたデータが出てきたのかは明記されていない。多くの場合,FTPダウンロードのテスト結果などから公称スループット値を算出しているようだが,これだと測定した端末設定などのテスト環境によって値が変わる。LANスイッチ(スイッチング・ハブ)や従来のルーターでは,内部バスの処理速度や1秒間に転送できるパケット数(ルーティング速度)を性能指標に使うのが一般的であり,これはテスト環境に結果が左右されない。ブロードバンド・ルーターでも,このルーティング速度で性能を表記すれば,違いは明確になるはずだ。

 ブロードバンド・ルーターはネットワークの専門家向け機器ではなく,コンシューマ向けの製品なので,ユーザーに分かりやすくて,実際の利用環境を想定したスペックや用語をカタログに記載することは大切かもしれない。しかし,ユーザーがほかと比較できる指標が何もないのはもっと困る。

(三輪 芳久=日経NETWORK副編集長 兼 編集委員)