高速常時接続回線としてxDSLが急伸している。2001年10月にはそれまでの累積の40%を超える伸びを示し,92万2000回線になった(関連記事)。

 これに対して危機感を覚えているのがCATVインターネット事業者である。総務省の統計では,2001年9月末での約115万1000回線。3カ月前の6月末と比べて,18万4000回線しか増えていない。xDSLの10月末の統計が発表されるまでは,ADSLをはじめとするxDSLサービスがCATVインターネットを追い抜くのは2002年と言われたきたが,11月中にも逆転しそうだ。

 一部のCATVインターネット事業者は,すでに価格据え置きで通信速度を4倍にするなどの対抗措置を取っている。ADSLと比較して「高い」「遅い」ではユーザーが逃げてしまう。事業構造はなかなか変えられないので,せめて速度だけでもユーザー・ニーズにこたえようということだろう。

岡山県は県ぐるみで同一方式を採用

 そうした中,岡山県では県ぐるみでCATVインターネットを使ったインターネット電話サービスが始まろうとしている。岡山ネットワークなど県内のCATV事業者6社が,ワールドアクセルの電話機接続用アダプタを使って,インターネット電話サービスを2001年11月16日から始めるのだ(発表資料)。6社は同じ方式のインターネット電話を導入する。システムのセンターは,各社がばらばらに持つのではなく,県の支援を受けたベンチャー企業,ビップス岡山が備え,共同で利用する。

 こうした枠組みは県内のCATV事業者17社で構成する岡山県ケーブルテレビ振興協議会が作った。協議会の中で,初期費用,月額料金は最終決定していない。月額料金は500円程度で使い放題になる見込み。ただし,最初の段階では通話先はこのサービスの利用者間に限られる。2002年の次の段階で一般の電話にかけられるようにする。電話機接続用アダプタの費用は,無料でユーザーに配布したり,レンタルにしたりと各事業者ごとに異なる可能性もある。

 協議会の6社以外のCATV事業者はまだインターネット接続サービスを提供していない。しかし,岡山県のてこ入れもあって,基盤整備を進め接続サービスを始める予定だ。その際に,同じ方式のインターネット電話を導入し,ビップス岡山によるセンターを共有する。

 こうして岡山県内ではインターネット接続事業者が異なっても,同じ方式のインターネット電話を使って,相互に通話できるようになる。CATV利用者だけでなく,県内に張り巡らされた光ファイバ網に接続した自治体の施設などにも,同じインターネット電話を導入して,利用できるようにするという。インターネット電話先進県が生まれようとしているのだ。

 インターネット電話に注力しだしたのは,岡山県のCATVインターネット事業者だけではない。実験ベースでは各地で進んでいる。近畿地方では大阪セントラルケーブルネットワーク,京都ケーブルコミュニケーションズなどケーブルTV事業者14社が共同実験を始めた。ケーブルテレビ徳島では,初期費用3150円であとは無料のインターネット電話の実験を行っている。

課題は通信方式と番号体系に互換性がないこと

 果たして,こうしたCATVインターネット事業者によるインターネット電話への取り組みは実際にADSLに対抗する“キラー・アプリケーション”となるだろうか。まず,ケーブル,ADSLといった回線の種類に関わりなく,インターネット電話が普及するかを考察してみよう。

 インターネット電話は初期費用や月額基本料金がかかる。初期費用はサービスの形態によって変わる。また,ワールドアクセルのように専用ハードウエアを用いるタイプと,パソコンのソフトで動作するタイプがある。

 専用ハードを用いる場合,その費用が初期費用になっていると1万5000円から2万5000円程度かかる。ただし,事業者が負担して無料で配るといったことも営業戦略上あり得る。一方,月額基本料はほとんどの場合,200円から500円である。また,通話料は通常の電話や携帯電話にかけると安くて3分10円である。

 こうしたことを考えると,ある程度,電話を使う人でないとわざわざインターネット電話を使うメリットはない。万人向けではないが,一部の人には支持されるだろうと考えられる。

 では,もし,インターネット電話がはやったとして,それがCATVインターネットの追い風として働き,ユーザーを引き込む力になるだろうか。ここでポイントになるのがインターネット電話の相互接続性である。具体的には通信方式と電話番号体系だ。

 インターネット電話で主に使われている通信方式はITU-TのH.323あるいはIETFのSIPである。しかし微妙な違いがあって同じ通信方式であったも相互接続できるとは限らない。

 もう一つの壁は電話番号体系だ。通常の電話であれば,NTTドコモの携帯電話から,KDDIの携帯電話にかけることができる。また,インターネット電話でも,通常の電話や携帯電話にかけることはできる。通常の電話や携帯電話は,共通して使える電話番号体系を採用しているからだ。

 しかし,インターネット電話から他社のインターネット電話にかけることはできない。インターネット電話の電話番号はその事業者の中でしか有効ではなく,他の事業者のインターネット電話機を呼び出すことはできないのだ。相互に呼び出すための電話番号体系がまだできていないためだ。電話番号体系については総務省が「IPネットワーク技術に関する研究会」を2001年6月26日からスタートさせて,そこで審議を進めている。年内にも中間報告が出る見込みだ。

安価な通信方式を全国に普及させることで活路を見いだせるか

 このように,現在のインターネット電話は相互接続性に乏しい。インターネット電話は話し相手も使っていてこそメリットがある。だが,同じ事業者のサービスを使っていなくても,相互接続ができればよいのだ。そこを逆手に取る。

 岡山方式を全国に展開していけば,インターネット電話のデファクト・スタンダードになるかもしれない。CATVは地域独占だから,他のCATVインターネット事業者はライバルではなく,パートナとして横につながっていける。全国にそうしたネットワークが広がれば,通話できるエリアが増える。エリアが増えれば,ユーザーも増えるという好循環がうまく回り出すかも知れない。そうすれば,インターネット電話がキラー・アプリケーションとなって,ユーザーを呼び込むことができる。

 岡山県のCATV事業者たちが採用したワールドアクセルの電話機接続アダプタは通信方式として「NOTASIP」と呼ぶ方式を用いる。H.323やSIPの場合は,接続管理のために「ゲートキーパー」と呼ぶサーバーが必要になる。ユーザー数が増えるに従って,ゲートキーパーの規模を大きくしていかなくてはならない。しかし,NOTASIPではゲートキーパは必要ない。
 NOTASIPで必要となるサーバーは電話番号から通話相手のIPアドレスを調べる電話帳サーバーだ。これは最初に通信を始めるときだけアクセスされるので,ユーザーが増えても大した負荷にならない。また,電話番号検索はHTTPを用いているため,電話番号サーバーには既存のWebサーバー技術を用いることで,大規模化に対応することもできる。
 このためNOTASIPを用いるとH.323やSIPに比べて低コストでインターネット電話を始められる。全国規模で展開するADSL事業者のような資本力がない,各地域のCATVインターネット事業者でもインターネット電話に参入しやすいというわけだ。

 NOTASIPを採用するは岡山県のCATVインターネット事業者たちだけではない。松下電器産業もIPv6上でのインターネット電話実験でNOTASIPを用いることを明らかにしている。大井電気のNOTASIP対応の電話接続用アダプタをIPv6対応にして用いる予定だ。IPv6を用いるとアダプタに固定的なIPアドレスを割り振ることができるため,電話帳サーバーを使わなくても,直接,相手先に接続することができる。採用企業が増えれば,NOTASIPの機器も安く販売できるようになる。

 先行する岡山県から,NOTASIPベースのインターネット電話をCATVインターネット事業者が広げていけば,ユーザーはCATVインターネットに振り向いてくれるようになるかも知れない。

(和田 英一=IT Pro編集)