2~3年前から国内でもにわかに注目を集め始めた「ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)」サービス。先行きの見えないビジネス環境にあって,「企業が情報システムを構築・運用するコストを抑え,自前でシステムを保有するリスクを回避できる」というたい文句のインパクトは大きかった。IT関連のビジネス・モデルとして,ASPサービスが“久々の大型新人”という扱いを受けてきたのは,そのためだ。

 ところがご存じの通り,ASP市場の立ち上がりは予想以上に遅い。ASPサービスを提供する事業者は,最大のターゲットとして狙っていた中小企業への食い込みに手こずるなど,苦戦を強いられている。「通信事業者の料金体系も含めて,国内企業のネットワーク環境は,ASPというビジネス・モデルに追いついていない」といったことが,その要因として指摘されている。

 調査会社の日本ガートナーグループ(データクエスト部門)も今年5月,同社が2年前に予測した「2000年におけるASPの国内市場規模」を大幅に下方修正した。筆者が籍を置く「日経コンピュータ」でも,一般企業の情報システム部門やIT業界におけるASPサービスの位置付けを見極めるべく,しばらくは“様子見”せざるを得なかった,というのが正直なところだ。

停滞するASPに追い風が吹き始めた

 そんな状況のなかで,おやっと思わせる調査結果が10月末に発表された。IDC Japanの「国内ASP市場規模予測」である。国内市場は2000年の24億円から毎年約100%の伸びを示し,2005年には850億円に達する,という。もちろん,約10兆円に上るシステム開発・運用サービスの国内市場全体から見れば微々たるものだが,停滞状況からの脱出を予感させる数字だ。米IDCは2005年の世界市場を,約240億ドルと予測している。

 筆者は何も,ASP事業者に朗報を伝えるために,この調査結果を紹介しているのではない。冷めた言い方をするなら,ITベンダーが新しいビジネス・モデルに眼を付けて市場に投じたシーズ(種)が実を結ばないからといって,一般企業が困るわけではない。関心の中心は,そこにはない。一般企業に大きなメリットをもたらす可能性のある種がそのまま土中で朽ちることなく,新たな追い風を受けて育ち始めたことに注目したいのだ。

 追い風はいくつかある。例えば,ASPサービスとして提供される業種・業務ごとのアプリケーションの品ぞろえが時間をかけて充実してきたこと,サービスの品質を保証するための仕組みが整ってきたこと,ネットワーク・セキュリティの技術が定着してきたこと,などだ。品質保証については,業界団体の「ASPインダストリ・コンソーシアム・ジャパン」がこの10月に,ASP事業者と利用企業が交わす「SLA(サービス・レベル・アグリーメント)」契約の“ひな形”を公開するなど,業界横断的な取り組みも活発になってきた。ASPサービスが抱えるリスクを軽減・回避する動きとして注目される。

 しかし,最大の追い風は,企業を取り巻くネットワーク環境の変化だろう。なかでも高速,常時接続,定額(低額)という特徴を兼ね備えた「ブロードバンド」のインパクトは大きい。また,安価で専用線なみのセキュリティ・レベルを実現するIP-VPN(IPプロトコルによる実質的な専用線網)などの新しい通信サービスの登場も見逃せない。

 米国に比べてはるかに遅れていた日本のブロードバンド事情は,ここ1年ほどの短期間で急速に改善した。日米の形勢は逆転した,という指摘さえある。大企業がIP-VPNを利用して百Mビット/秒クラスの“安全”な社内ネットワークを構築したり,中小企業や大企業の地域拠点がADSL(非対称デジタル加入者線)でインターネットに常時接続する,といった取り組みも始まっている。

ブロードバンドやIP-VPNを生かしたASPの事例が登場

 その結果,ASPサービスの世界にも,ブロードバンドや新しい通信サービスの特徴を生かしたアプリケーションの多様化,使い勝手と信頼性の向上,利用コストの低減,といった数々の利点がもたらされる可能性が出てきた。実際,こうした利点を享受しているASPサービス利用企業も,徐々にではあるが増えている。

 情報共有システムのASPサービスを利用しているある建設会社は,支社や建設現場などの地域拠点のインターネット接続環境として,ADSLを順次導入している。この会社の情報システム部長は,「インターネットへのアクセス回線をダイヤルアップ接続からADSLに切り替えた拠点では,ASPサービスを利用したデータの送受信が格段に速くなった。しかも月額の通信費用は数千円。拠点によっては,従来のわずか3分の1ほどで済んでいる」と指摘している。

 ある旅行代理店はASPサービスを利用して,一般消費者に旅行商品を提供するEC(電子商取引)サイトを立ち上げている。このASPサービスを提供している事業者は,ECサイトが稼働しているデータセンターと旅行代理店を結ぶ標準のネットワークとして,1.5Mビット/秒のIP-VPNを用意した。「旅行代理店の基幹系システムとECサイトの間は,通信速度が保証され,かつセキュアな回線で接続する必要がある」(ASP事業者の社長)と考えたからだ。旅行代理店は,まだ社内に残っている別の基幹系システムも,この事業者のASPサービスに移行する計画である。

 こうした企業の動きをとらえ,「日経コンピュータ」11月19日号では,特集のテーマとして久しぶりにASPサービスを取り上げた。ASPサービスに吹く追い風のうち,あえてブロードバンドに大きな光を当ててみた。上記の二つの事例についても詳しく紹介している。

 もちろん,ブロードバンドが普及したからといって,ASP事業者が十分な収益を上げられるビジネス・モデルを即座に確立できるわけではない。ブロードバンドは,決してASP市場拡大の特効薬ではない。

 しかし,ASPサービスの利用企業の視点に立てば,ブロードバンドがもたらすメリットは決して小さくない。今後の企業システムのアーキテクチャを考えるうえで,「ネットワークを介したアプリケーションの利用」という考え方は,確実に重要な役割を果たす。ならば,ASPが停滞時期を乗り越えて二度目の産声をあげることができるかどうかを見守ることは,大きな意味を持つのではないか。

(吉田 琢也=日経コンピュータ副編集長)