「お邪魔してすみません。ここ,座ってもよろしいですか?」。なにやら話し込んでいる二人のビジネスマンの右隣を指差して尋ねた。「ああ,もちろん。どうぞ」。円卓の周りの席には,それほど詰めなくてもよいほどの余裕があったのだが,近くに寄らないことには話が始まらない。左隣の男が,筆者の顔と胸の名札をちょっと見て,「どんな仕事を?」と聞いてくる。日本の記者であることが分かったところで,ひとつ向こうの席の男が「どうですか? 日本の状況は」と水を向けてきた――。

 昼食を取りつつ,あれこれと話を進めるうちに会話の相手が見えてくる。すぐ隣りは,スイスでブロードバンド向けのコンテンツ配信を手がける企業の会長兼CEO,その向こうはドイツのベンチャーキャピタルのCEO(最高経営責任者),さらにその向こう側から加わってきたのは英国のソフトウエア企業の会長だった。

 10月初旬にイタリア・ローマで開催されたETRE(Europian Technology Roundtable & Exhibition)というイベントは,ITビジネス経営トップ同士が出会い,対話できる場を提供することが主要なコンテンツとなっているイベントだ。年に1回ずつ欧州の都市を巡回して今年で12回目になる。

 参加費用は旅費・宿泊費を除いて6000ドルと高額だが,600人以上が集まった。主催者によれば,米国テロの影響でキャンセルが生じなければ1000人弱が参加したはずだという。冒頭に記したように,集まる人の顔ぶれは,会長,CEO,COOといった肩書きを持つ人ばかりなので,食事しながらの雑談でも含蓄がある。

 ところが,そこに,日本のIT企業の経営トップは「不在」なのだ。

 ETREは,たまたまそうだったというのなら例外として片付けられる。しかし,日経E-BIZの取材経験からすると,ETREに限らず,内容的に重要と思えるにもかかわらず日本からの参加者が欠落しているイベントは数々あった。ETRE直後,10月18~19日にニューヨークで開催されたベンチャー投資の国際カンファレンス「Venture Capital & Private Equity 2001」(以下VCPE)では,取材した本誌記者が主催者側から「なぜ日本人は参加しないのか」と逆に質問された。VCPEには,米欧アジアから500人弱が参加した。

 これだけ人数が集まるところで,日本からの参加者がゼロに等しいという事実は,相対的な経済の規模からしてゆがんでいる。孤立していても強いからかまわないという理屈が通る情勢なら問題ないが,今,日本は弱い。経営トップや幹部が,強い連中の話の輪の中にいないということは,大きな機会損失ではないだろうか。

国際的な会議に参加できない理由はひとつもない

 「ウチは国際的に事業展開しているわけでもない。そんなところに参加しなくても情報は十分得られている」――という反論をする人がいるなら,それは違う。ETREでもVCPEでも,参加している企業のほとんどは,それぞれの国や地域を中心に活動している。つまり,日常はローカルな経営環境に縛られた中で仕事をしているわけで,だからこそ,違う環境で同じ種類の事業を経営している人の話が参考にも刺激にもなる。個々の経営者が,現場体験をもとに肉声で発信するような情報は,どこかにじっとしていて得られるようなものではない。

 日本語でコミュニケーションできない状況に飛び込むのをためらう,という理由もあるのは分かる。しかし,社交事情や言葉に通じたアシスタントを雇えばかなり解決できることだ。

 「時間が無い」という事情を挙げる人もいるだろう。でも,そういう人もよく考えると時間がないわけではない。スケジュール帳を繰れば,年中オフィスに張りついているわけではなく,出張もすれば社交もしているはずだ。その中に,日本から離れて日本の状況を眺めるような時間を組み込むかどうか,という優先順位の問題に過ぎない。実際,ETREやVCPEに参加している人々のほとんどは忙しいに決まっている。

 まさか,「カネがない」という反論はあまりないと思いたい。かなり厳しい状況にあることが客観的な指標からも明らかな米3COMの会長でさえETREに現われて「株主のために頑張り続ける」というスピーチをしていた。倹約のためにエコノミ・クラスを使えば,日本から米国や欧州を往復しても航空料金は1000数百ドル。宿泊も4~5泊して同じくらい。参加費用を支払い,アシスタントを雇っても100万円強といったところだ。そのコストで,新たな取引先に成り得るコネクションができたら,商品開発や販売拡大のアイディアが浮かんだら――。一社員ではなく経営トップなのだから,それを10倍にも100倍にも収益に結びつけるのが仕事だろう。

日本企業不在でもかまわなかった90年代のトガメ

 IT業界ではよく知られているCOMDEXやInteropのような“国際展示会”では,日本からのビジネス・ツアーを数々見かけるが,そこからもう一歩踏み込んだコミュニティには,日本企業はほとんど足を踏み入れてこなかった。80年代から始まったPC ForumやAGENDA,90年代のETREやNDA――などなど,今にして振り返れば「経営トップ同士の交流がパワーを生み出したのだろうなあ」と実感できるITビジネス・コミュニティーはいくつもあるが,日本企業の足跡はない。

 このことは,80年代後半から90年代のITビジネス・シーンで日本企業が影響力を発揮する地位に立てなかったことと関係がある。ほとんどのコミュニティーは「招待」を集客の前提にしているため,日本のIT企業にあまり声がかからなかったのだろう。こういう状態では,待っていたのではダメで,こちらから積極的に機会を探さないといけなかったが,そのアンテナも不備だった。

 こうした点では,筆者も残念な思いがある。実は,筆者も今年までETREの実態をほとんど知らなかった。IT分野の取材記者を86年以来やってきたが,肝心の所には手が届いていなかったということをあらためて思った。今年,ETREに参加したのは,同イベントの主催企業の経営者がわざわざ訪問して来たからだ。少し意地悪く考えると,米国のITビジネスが減速したのを見て,これまで声をかけなかった日本を「どん底だがカネのある草刈り場」と見たてて営業してきたとも思える。悔しいが,現実はそういうことなのだ。

 とは言うものの,機会を利用しない手はない。経営トップの方はもちろん,経営幹部,社員の方まで,それぞれの立場や関心に応じて,国際的なコミュニティーに踏み込んでみてほしい。本稿では書ききれなかったが,そこでは,「直近の現実」と同時に「3-5年後の展望」が語られている。日本では目にできないようなテクノロジー・ベンチャーも登場する。

 日本の中だけでグルグル巡り続ける不景気な議論の先には出口がない。会って,見て,聞いて――そして,ぜひ発言して――明日に結び付けてほしい。

(小口 日出彦=日経E-BIZ編集長)

◆日経E-BIZは、米国IT企業120社を四半期ごとに定点観測する別冊『米国最先端企業ポートフォリオ120-2001年版-』を発行している。激変する環境の中での難しい舵取りを迫られている米国IT企業の戦略と浮沈を、1社ずつ分かりやすく解説している。分野別最新動向や米財務諸表の読み方なども充実。第3四半期号を好評予約受付中!第1四半期号、第2四半期号も残部僅少!