総務省は先ごろ,放送関係者などのあいだで是非が問題になっているNHKのブロードバンド・インターネット事業への参入に関する見解を発表した。デジタル時代の放送事業者の在り方などを検討している「放送政策研究会」(情報通信政策局長の私的研究会)のこれまでの議論を基に,事務局である放送政策課がまとめたものだ。

 総務省の見解を一言でいうと,「NHKがブロードバンド・インターネットを利用して情報を提供することは原則的に認めるが,民間の事業を圧迫したり,受信料を払っている視聴者に負担をかけないように,一定の制限を設ける」というもの。

 具体的には,NHKのブロードバンド事業を当面は放送事業の補完と考え,「放送した番組の2次利用や関連情報の範囲で,受信料を財源として行うことが考えられる」という。番組の関連情報には,編集するときにカットした映像なども含まれる。こうした考え方を基に,「事業規模はNHK本体の総事業費に対する一定比率の範囲内に収めるのが必要」としている。具体例として最小で年間3億6000万円程度(事業支出の約0.05%),最大で同20億円程度(事業支出の約0.3%)という数字を挙げた。

 提供する情報の分野は,番組の2次利用ではニュースや教育・福祉に限定して,ドラマや音楽,芸能は対象としないという。番組の関連情報では,民放と競合が少なく公共性が高い教育・福祉分野などを挙げている。さらに,これらの情報を提供する方法としては,視聴者を対象にした「小売り」ではなく,ブロードバンド・サービスを提供している事業者への「卸売り」が適当だとした。

 こうした総務省の見解をみてくると,「この程度の範囲であれば,NHKにブロードバンド事業をやらせてもよいのではないか」という見方ができる。ブロードバンド・インターネット市場を開拓する“先導的な役割”をNHKに担わせながら,民間事業者などへの影響にも配慮した内容になっているからだ。

 しかし民放関係者からは,「NHKにそこまでやらせてよいのか。インターネットによる現行の情報提供にとどめるべきだ」といった不満の声が出ている。さらに,「いったん参入を認めてしまえば,NHKはなし崩し的に業務範囲を拡大するのではないか」という懸念もある。BS放送の世界で前例があるからだ。

 アナログBS放送に参入する際にNHKは,地上波放送の難視聴地域を解消する目的で,「BS-2」のチャネルを手に入れた。地上波放送と同じ番組を放送するという制約の下で,NHKのBS-2はスタートしたのである。

 しかし,その後BS-2では地上波放送とは異なる番組が放送され,NHKのモア・チャネルとなっている。このように,「環境の変化によって放送する内容が拡大したBS-2と同じことが,ブロードバンド事業でも起きるのではないか」というわけだ。総務省は今回の見解で,NHKのブロードバンド事業に対する制限期間を今後3年程度としている。しかし3年以内でも環境が変化すれば,NHKが手がけるブロードバンド事業の範囲を見直すことはありえる。民放関係者が問題にしているのは,こうした総務省の動きなのである。

 電気通信の分野では事業者の公正な競争を実現するために,NTTグループなどの“支配的事業者”に非対称規制をかけようという動きがある。国民が支払った受信料を使って制作した膨大な番組を保有する公共放送のNHKは,放送分野(コンテンツ分野)の支配的事業者といえる。そのNHKを現在の組織形態のままブロードバンド事業に参入させるのであれば,何らかの形で非対称規制をかける必要がある。そのためには,今回のような見解を出して行政指導をするだけでは不十分だ。なし崩し的な業務拡大の禁止を,放送法のなかで明確に規定すべきである。

(高田 隆=日経ニューメディア編集長)