業績の急激な悪化を受けて,企業は大小様々な対応を迫られている。全社的な固定費の圧縮もその一つだ。当分は売り上げ回復が見込めないなかで,無駄なコストはこの際,できるだけ削っておきたい。情報化投資の分野においても同じだ。

 ここ数年,積極的に情報化投資を実施してきた企業ほど,プロジェクトの棚卸し,情報システムの棚卸しをすべき時期にきている。もちろん,すでに実行済み,稼働中のものも含めてである。

 ほんの1,2年ほど前まで,「情報化投資について語らない経営者は市場から評価されない」という状況だった。例えば,都銀が合併や事業統合を発表する席上では,ほぼ例外なく「欧米金融機関並みの年間1000億~1500億円の情報化投資を実現する」といった話を聞かされたものだ。

 多くの経営者が情報化投資をなかば「聖域」としてとらえ,いわゆる横並び意識も手伝って,競って拡大してきた。その結果,無駄なコストもあちらこちらに発生し,そのまま放置されることになった。

 経営者は初期投資については目を光らせるが,その後の運用コストについては見過ごしがちだ。情報システム部門は新規案件をこなすことに手一杯で,既存システムが期待通りの効果を上げているかどうかまでは,なかなかチェックできない。

 棚卸しをしないまま,情報化投資が無駄を抱えつつ肥大化する。こうした事態に陥っている企業は少なくないのではないか。

下手な削減は命取りに

 ただし情報化投資の場合,「一律10%削減せよ」といった対応ができないのが難しいところだ。企業の競争力を維持・強化するうえで,今後もIT(情報技術)の活用は欠かせない。やみくもに削減するようなことがあれば,それは「負け組」への転落を自ら宣言するようなもの。

 ここでも「選択と集中」が重要になる。無駄なコストは徹底的に削り,必要な投資は断固として実行する・・・。こうした適切なコスト削減ができるかどうかが,数年後にモノを言う。

 “贅肉”だけを落とし,新規投資余力を十分に確保した企業と,競争力の源泉になる重要な機能まで低下させてしまった企業では,景気回復局面のスタートダッシュに大きな差が出るはずだ。

 真っ先にメスを入れるべきは,システム運用費の部分だろう。企業の情報化投資は,新規プロジェクトのための戦略投資と,システム運用費に大別できる。ここで言うシステム運用費とは,稼働中の情報システムに付随して定常的に発生するコストのことである。

 システムがいったん動き出すと,運用・保守費から通信費,ハードウエアやソフトウエアの償却費まで実に様々なコストが発生する。広くとらえれば帳票の印刷費や紙代,利用部門の情報リテラシ教育にかかる費用などもシステム運用費の一部と言える。

 通常,戦略投資は全体の2~3割に過ぎず,残りの7~8割はシステム運用費として消えていく。そして,ここには無駄なコストが予想以上に隠れている場合が多い。数年前にTCO(トータル・コスト・オブ・オーナーシップ)の問題が盛んに言われたが,今また,改めて目を向ける必要があるのではないだろうか。

 幸い,贅肉は発想や工夫次第で削ぎ落とすことができる。日経情報ストラテジー最新号(12月号)の特集では,システム運用費の圧縮に成功した企業を紹介した。

コスト半減も不可能ではない

 まずチェックすべきターゲットが三つある。それは「通信ネットワーク」「利用部門」「アウトソーシング」だ。

 通信ネットワークを専用線で構築している企業が多いと思うが,ここ1~2年でIP-VPNや広域LANといった新しいインフラが登場している。セキュリティや品質保証の面で不安を感じている企業もあるが,有力な選択肢であることは間違いない。複数の企業の情報担当者から,うまくすれば通信費は半減できるという声も聞こえてくる。

 実際,採用企業も確実に増えており,通信費の削減効果も大きい。例えば,今年5月にIP-VPNで通信ネットワークを再構築した住友重機械工業は3割ものコスト削減を実現した。キリンビールもIP-VPNと広域LANによるネットワークを刷新中で,ほぼ25%のコスト削減を見込んでいる。

 利用部門にも削減可能なコストが隠れている。例えば,帳票出力などの紙代。大企業になれば,紙代は年間で億単位に上るはず。伊藤忠商事はシステム運用費の社内課金制度を効果的に活用し,社内で使用する紙のコストを8割近く圧縮した。同社は社内課金を徹底,システム運用費を圧縮する方向へ利用部門を誘導し,2年間で20%以上のコスト削減を果たした。

 キリンビールが10月から来年3月までのあいだに,社内のパソコン6000台を一斉に更新するのも,利用部門におけるTCOを圧縮するためだ。パソコンの機種とOSを絞り込み,1社に大量発注することでパソコンのリース料を20%引き下げ,同時に利用部門のサポート費用を削る狙いがある。

 最後にアウトソーシングだが,委託先の選定法や委託契約の見直しで,委託費を圧縮できる可能性が高い。例えば,委託先の選定が硬直化することによる甘えが,高コスト体質の温床になっているケースは少なくない。アクサ生命保険はデータセンターの運用委託先を従来の取引実績にとらわれずにゼロベースで見直した結果,委託費を半減できたという。

 これらは対症療法的な取り組みに過ぎないという批判はあるかもしれない。確かに,本来は情報化の投資対効果を事前に精査し,その後の効果測定も継続しながら,責任を持って期待効果を実現させる枠組み,つまり情報化投資のガバナンスを確立することが必要だ。しかし,これには時間がかかる。

 そのあいだ,目の前の無駄を放置しておくことはできない。まずは手をつけられるところから一つずつ改善していかなければ,目の前の難局を乗り切れない。

(花澤 裕二=日経情報ストラテジー)