世界同時不況と言われるなか英国が元気だ。80年代に,サッチャー首相のもとで徹底的な構造改革を成し遂げ,いまや不死鳥のようによみがえった英国。今年の1~6月における英国から日本へのエレクトロニクス関連製品の輸出は,対前年同期比58%増の1億4200万ポンド(248億円)。通信機器はまだ3900万ポンド(68億1400万ドル)に過ぎないが,前年同期に比べて2.6倍の規模に達する。

 70年代以降に続々と海外に出ていった英国メーカーが戻ってきたわけではないが,「雇用機会は増え続けている」と英国企業と日本企業との橋渡しをするエレクトロニクス・リンク・アジア社長のピーター・ベーコン氏は語る。

 英国のIT企業が伸びている背景には,その“高付加価値”技術がある。スタートアップ・フィーバーといえるほど,ユニークな技術をもった会社の起業が英国では盛んだ。

 起業しやすい環境を作り出したのがサッチャー元首相である。80年代に,サッチャー政権はさまざまな規制・官僚の利権を撤廃し,ベンチャーが生まれ,育ちやすい環境を整えた。この結果,官僚機構はぐっと小さくなった。同時に,レイオフした官僚の職を確保するために,海外企業の英国への誘致活動を積極的に行った。NECや日産自動車はこのときに英国へ工場進出した。

 話はやや横にずれたが,今日の英国経済の好調さはこのときの構造改革にあると,来日した英国企業の首脳は口を揃える。最初の起業の成功例は,マイクロプロセサ技術をもつARM社である。同社のマイクロプロセサは,低消費電力で高性能,チップ面積が小さいという特徴をもち,携帯電話で広く使われている。日本のIT企業だけでなく,あの米インテルでさえライセンス供与を受けているほどだ。

 ARM社は,新技術を生み出し,そのライセンスを売ることでビジネスを成り立たせるという英国ベンチャーの特徴をよく表している。ハードウエアの製造からサービス業にシフトすることで生き残りを図ろうとする日本のIT企業とは対照的に,英国企業はハード分野の新技術を開発することで元気を取り戻しているのである。

独自技術をもたずに,サービスだけで生きていけるのか

 こうした英国企業が,新技術をひっさげて日本企業への売り込みを図っている。10月はじめに幕張メッセで開かれたCEATEC JAPAN 2001や9月のWORLD PC EXPOなどには,ユニークな技術を持つ英国企業が集まった。近いうちに日本企業とのライセンス契約が続々と明らかになるだろう。では,今回来日した英国企業のいくつかを紹介しよう。

 まず注目されるのはBluetooth関連技術をもつ企業群である。

 2000年創業のRed-M社は,Bluetooth対応のアクセス・サーバーとアクセスポイントを最初に市場へ送り出したベンチャー企業。ホテルでのチェックインや受けたいサービスをPDAで指定できるシステム,患者からヒアリングしながら患者のカルテをPDAで入力できる病院システムなどで,すでに実績を積んでいる。

 高周波システムの半導体設計コンサルティング会社Cambridge Consultants社から独立したCSR社は,Bluetooth向け半導体で世界一の出荷実績を持つ半導体ベンダーだ。日本でも,Bluetoothモジュール・メーカーのほとんどが同社のチップを使っている。

 ディスプレイの分野では,1995年に設立されたPFE社が注目される。安価な印刷技術でディスプレイを作る技術をもつユニークな企業である。この技術を使えば,「広い視野角のフラットパネル・ディスプレイがプラズマ・ディスプレイ(PDP:Plasma Display Panel)の半値,液晶ディスプレイ(LCD)の1/3の価格でできる」と市場調査会社の米Stanford Researchは評価する。

 これらはほんの一例だが,いずれもユニークな技術を開発し,それをライセンス供与あるいは自社で製品化している。日本企業が独自技術を持っているなら,同じことができるはず。特許の件数をみると海外企業に負けない日本企業だが,要はそこからお金を生み出せるかどうかだ。

 ユニークな技術なら戦略的に活用できる。これこそが,激しく日本を追い上げている東南アジアや中国よりも優位に立つためのコアとなるはず。独自技術の知的財産を持たずにサービス化に走っても,そこには落とし穴が待っているだけ,というのが筆者の見解だ。日本企業が英国のベンチャーから学ぶところは,けっして少なくない。

(津田 建二=Nikkei Electronics Asia, Chief Technical Editor)