今年に入って,米イーミュージック・ドットコムや米MP3ドットコムなどの音楽配信を手掛ける会社が,大手総合メディア・グループに次々と買収された。こうした買収によって,レコード部門を抱える大手メディア会社は,配信技術をグループ内に取り込むことになる。

 これまでは配信技術を持つドットコム系企業と,コンテンツの権利を持つレコード会社それぞれの思惑や利害がぶつかり,音楽配信を取り巻く環境は決して良いものとは言えなかった。

 だが,今後状況は改善するだろう。最も重要な問題である著作権処理についても,それぞれのメディア・グループ内の議論で徐々に妥協点が見いだされていくと推測される。いずれ,ユーザーが使いやすい音楽配信の環境が登場するのは間違いない。

音楽家もネットにもインターネットの恩恵

 「インターネットと音楽」というと,こうしたユーザーに近い部分の“川下ビジネス”ばかりが注目されがちだ。だが,ネットによる変化はそれだけではない。“川上”の音楽プロデューサーやプロのミュージシャンらもネットの恩恵を受けている。特にレコーディングがそうだ。

 従来は特定のスタジオを中心に,長時間にわたり缶詰になってレコーディングを行っていた。だがインターネットを利用すれば,そんな必要はなくなる。アーティストは,自分が作りたい楽曲のイメージを求めて世界中を飛び回ることができるのだ。

 ある日本人のミュージシャンがダンス系の曲を作るためにロンドンに行ったケースで考えてみよう。

 曲のイメージがわくと,市内のスタジオに行き,メロディをデジタル情報として入力する。その情報はインターネットを通してロサンゼルスにいるアレンジャに送られる。アレンジャがカラオケ・バージョンを作っているあいだに,ミュージシャンは歌詞を作り,東京にいる歌手に電子メールする。一方,東京のスタジオには,アレンジャからインターネットを介してカラオケが送られてくるので,そこで歌手は歌入れができるというわけだ。

 このように,すべての音楽の要素をデジタル化して,インターネットで送受信できるようにすることで,「場所」に縛られることなく,世界中の才能を集めて音楽コンテンツを製作できる。

 この“場所に縛られない”メリットをさらに生かすのであれば,いっそのこと,ミュージシャンが自宅やその周辺に専用のスタジオを持ってもいいだろう。多くのアーティストの予約が集中して使用時間が制限される外部のスタジオと違って,落ち着いて創作活動ができるのではないだろうか。

ネット時代に“融資”の仕組みも変わる

 理論的には,インターネットによって上記のような環境が実現できる。だが,先立つものが問題になる。

 レコーディングができるレベルのスタジオを建てるには,それなりのカネが必要だ。プロ用のレコーディング関連のスタジオ機材は,もともと出荷台数がそれほど多くないため,「特注品」の扱いに近い。当然価格は高い。こうした機材に加えて,遮音壁など各種の周辺設備も欠かせない。

 豊富な自己資金があれば話は別だが,十分な資金を集めるには金融機関から融資を受けるしかないだろう。だが,ミュージシャンなどのアーティストの多くが会社勤めのサラリーマンとは違い,定期的な収入がない。また,担保となるような物件を持っているケースはまれだ。従って普通に考えると借り入れは難しい。

 当然のことだが,いくらインターネットが発達してもお金(資金)の裏付けがないことには,日本のコンテンツ・ビジネスの環境は改善されないのだ。しかし朗報がある。

 この8月から富士銀行が,アーティストの持つ音楽著作権が生み出すキャシュフローを見返りとした融資をスタートさせたのである。開発したのは同行のニュービジネス支援室。融資の第1号は,小室哲哉氏に決まった。融資額は約10億円だ。

 小室氏は調達した資金で,スタジオ関連設備や各種音楽機材を購入し,今後の作曲やプロデュース活動をさらに充実させていく考えだという。

アーティストも技術的な理論武装が求められる

 融資のスキーム(仕組み)について説明しよう。富士銀行は,小室哲哉氏が手掛けた音楽コンテンツが,音楽CDなどのパッケージメディアやカラオケ,放送などに使用されることで,生み出される著作権(印税)収入を返済原資として融資を実行している。

 ポイントとなるのは,著作権そのものを担保にするのではなく,いわゆる印税収入がどれだけになるかを見積もって融資している点だ。今回の融資で富士銀行は,小室氏関連のCD販売などに関するトラック・レコード(過去の実績データ)を丹念に調べた。その結果,「融資した資金に見合うだけのキャッシュフローが見込まれることが判明した」(富士銀行ニュービジネス支援室・上村道徳調査役)という。

 ちなみに音楽ビジネスのカネの流れは複雑だ。

 参考までに,ここで音楽ビジネスのお金の流れを整理しよう。作詞・作曲家は楽曲の著作権者として,使用料(印税)を得ることができる。JASRAQは作詞・作曲家から権利の委託を受けて,第三者に対する利用許諾,使用料の徴収と著作権者への分配を行う。音楽出版社は,作詞・作曲家のために,その著作物の譲渡を受けて著作権管理業務を遂行する。

 使用料の流れは次のようになる。まずJASRAQが,楽曲を使用する第三者から定められた使用料を徴収し,音楽出版社に入金する。音楽出版社は自社の取り分を差し引き,アーティストたちに渡すのである(詳しくは『コンテンツ・ビジネスで失敗しない法則』山田有人著:日経BP社刊参照)。

 今回のスキームでは,著作権収入を集中させる口座を作って,キャッシュフローをガラス張りにした。同時に,融資に関係する業務の管理を音楽プロデュース会社ROJAMと契約することを条件としている。ROJAMはプロデューサー管理と音楽プロデュースを専門とする会社だ。公認会計士の山田有人氏がCEO兼CFOを務めている。

 ちなみに,富士銀行のやり方は,有力な著作権(=利用機会が多いコンテンツ)を持つ企業やアーティストなら,ほとんどのケースで応用可能である。

 このように,金融インフラの充実とITの発達によって,日本のコンテンツ・ビジネスの環境は改善され,ハリウッドを擁する米国との距離が縮まる可能性が高まってきた。ただし,一方でアーティストたちがコンテンツ製作面だけではなく,ビジネスや技術面でも知識武装することが必要なのは明らかだろう。

(中村 均=技術研究部課長)