企業が情報システムに関わるほとんどのことを,ITベンダーに依存する傾向がますます強まっている。典型例が,ITベンダーに対して情報システム子会社の株式を売却し,システム開発などをアウトソーシングするケースだ。この7月以降だけを見ても,アサヒビール,ダイエー,ブラザー工業,神戸製鋼所が,システム子会社をITベンダーに売却している(一部資本参加を含む)。

 「情報システム子会社は,既存システムの保守・運用に追われ,最新のITに追従できていない。子会社設立時の狙いだった他社の仕事を獲得することもまったくできていない。営業力や提案力がないためだ。有力ITベンダーの傘下に入れば,この状況から抜け出すことができるはず。システム子会社の自立と技術力の向上を実現できれば,元の親会社にもメリットがある」と,ある情報機器メーカーは情報システム子会社を売却した意図を説明する。

 情報システム子会社の売却までには至らず,自社で情報システム部門を抱え続ける企業でも,ITベンダーに依存する傾向は強まっている。「システム開発案件が増え,会社における情報システムの重要性が高まっているのに,システム部門は強化されるどころか,人材の質,量の両面で弱くなっている。かつては外注先という位置づけだったITベンダーへの依存度は,どんどん高まっており,近いうちに自社のシステム部門だけでは何もできなくなるだろう」と予測するのは,ある大手電機メーカーの情報システム部長。

 だからといって,企業はシステムの企画・開発・運用のすべてを,ITベンダーに任せられるのだろうか。ユーザー企業の立場に立ってシステムを開発しようとするITベンダーはいる。しかし,すべてのITベンダーがそういう姿勢を持っているわけではない。本質的にお金を出す側であるユーザー企業と,そのお金をもらうITベンダーの間には,埋めきれない“溝”,つまり利害関係があるからだ。

 システム開発をコンピュータ・メーカーに依存している大手通信会社の例を挙げてみよう。

 同社の情報システム部長は,このメーカーに依頼して開発したシステムにいつも苦々しい思いをしている。通信会社として新しい顧客サービスを企画したときに,関連するシステムを改修し稼働させるまでに3カ月から7カ月を要してしまうからだ。「経営企画サイドから見ると,すぐにでも始めたい新サービスがシステム構築の都合で数カ月も遅くなるのは,容認しがたいこと。メーカーに言わせると『サブシステムへの影響分析などで,どうしてもある程度の時間が必要』という話になってしまう」と嘆く。

 そこでこの部長は,外部のコンサルタントを捜し出し,情報システム部門のスタッフと共に,システム全体をサブシステムに論理分割し,あるシステムの変更が他に波及しないようにする新しいシステム・アーキテクチャの開発に着手した。「まだ完成はしていないが,システムの改修を1カ月程度で終えられる見通しはついた」という。

 さらに,こう続ける。「大手コンピュータ・メーカーからは,このような提案は出てこない。なるべく顧客を抱えこもうとするせいではないか。システムをサブシステムにきれいに分割すると,競合他社の参入余地が生まれてしまう。また保守性が悪いシステムは,メーカーにとっては逆に売り上げ増につながるという面もある」と。

 似たケースは,ERPパッケージ(統合業務パッケージ)の導入時にもよく見られる。

 ある大手電機メーカーや石油関連企業では,ERPパッケージを利用した基幹系システムの構築を,コンサルティング会社やシステム・インテグレータなどのITベンダーに依頼し,失敗しそうになった。アドオン・ソフト(追加ソフト)を大量に作ることになり,構築費用や開発期間が膨れあがってしまったのだ。アドオン・ソフトのせいで,オペレータの操作性はいいが,リアルタイムのデータ処理ができないという問題も起こりそうになった。

 ITベンダーが電機メーカーや石油関連企業の業務をよく知らなかったことが原因の一つだが,根本的にはアドオンが多いほどITベンダーの利益が上がる,という面があることも見逃せない。ユーザー企業のためを思えば,本来はアドオン・ソフトを削減すべきである。しかし,ITベンダーには「お客様であるユーザー企業の業務部門のニーズを満たす」という大義名分があり,アドオンをどんどん追加しがちである。結局,電機メーカーも石油関連企業も自社のERPパッケージの導入技術者を育て,自力で導入することにした。

 もちろん,自前で技術者を育てるのは簡単ではない。だが,それをしたおかげで「初期導入費用が,予算内に収まったのはもちろん,バージョン・アップ時にアドオン部分をどうするかという心配もなくなった」(石油関連企業のシステム導入担当者)という例もある。こうした企業に限らず,ITベンダー任せにせずに大きな成果を上げたユーザー企業は多い(詳細は,日経コンピュータ2001年10月8日号の特集でお読みいただけます)。

 IT業界を担当するある官僚は,「米国にはハードやソフトの製品を横並びで比較し,最も良いものを組み合わせてユーザー企業に提供するシステム・インテグレータがいる。日本にはそういう風にシステムをインテグレーションしてくれるところがない。その背景には,ハードやソフトの製品を自社で作っており,自社製品を売りたがるという垂直統合型の業界構造が温存されているという問題がある」と指摘する。

 この構造が改革されないまま,システム子会社の売却やアウトソーシングなどで外部に全面依存するのはリスクが大きいと思うのだが,いかがだろうか。

(安保 秀雄=日経コンピュータ副編集長兼編集委員)