「定量的な導入効果が見えない」--。ナレッジ・マネジメントに取り組む企業が否応なく直面する課題だ。

 確かに,ナレッジを蓄積・流通させるためのシステムや体制が,売り上げや利益の向上にどれだけ貢献しているのかを測定するのは容易ではない。営業の成功事例を共有していたとしても,これがどれだけ売り上げの増加に結びついているのかを本気で分析したという企業はほとんどなかろう。

 しかし,である。情報システムでも経営手法でも,新たに導入したものの効果が分からないという状況は健全ではない。というのも,そのシステムや体制を維持あるいは強化するために,どれだけコストを投じていいのかが分からなくなるからだ。

 特にナレッジ・マネジメントの場合は,売り上げに直結する現場の社員に大きな負担を強いることになる。現場の社員は忙しい最中,情報を登録するために貴重な時間を割かなければならない。もしも,こうした取り組みが利益に結びついていないのであれば,この時間にかかわる人件費や,情報を管理するシステムの構築・運用コストが無駄になるだけである。

 このような思いは,ナレッジ・マネジメントに携わる方々に共通するものだろう。こんな疑念を晴らすために,日経情報ストラテジー最新号の特集で,売り上げや利益に直結するナレッジ・マネジメントのポイントを探った。

「知」のビジョンを全社に浸透させる

 ナレッジ・マネジメントが売り上げや利益に結びつかない根本的な問題は,導入の目的が明確になっていないためである。もちろん,一般の企業における最終的な目標は,売り上げや利益を向上することだろう。

 しかし,「売り上げを5%向上させる」といった目標を立ててナレッジ・マネジメントを実践しても,現場の社員はどんな行動をとればよいのかが分からない。いくらナレッジを蓄積する立派な器を作って「気づき情報」をかき集めたとしても,社員個人の興味や価値観でしかナレッジの価値を判断できない。経営のビジョンと社員の顔が異なる方向を向いていれば,好業績に結びつくようなナレッジは蓄積されないのだ。

 逆に,明確なビジョンを現場にも浸透できれば,利益に直結するナレッジが流通するようになる。ナレッジの価値観に対して,組織全体でコンセンサスがとれていれば,現場の社員がどのような知を出せば利益に結びつくのかが判断できるからだ。

 8年間で売上高を60倍に引き上げたデルコンピュータの成功が,この例だ。同社は,米国本社のマイケル・デル会長兼CEO(最高経営責任者)が打ち出すビジョンと社員のミッション(使命)を浸透させるために,様々な手段を講じている。ミッションの実践状況は,社員の業績評価にも盛り込む。こうした取り組みの結果,社員が問題解決に当たって知恵を出し合う風土を作ることができた。これが,デルの成功を支える大きな要因となっている。

 そしてもう一つのポイントは,ナレッジの定量的な評価をあきらめないこと。例えば,医薬品会社のエーザイでは,定期的なアンケートによって社内の知識を定点観測している。全社の知識レベルと各部門の格差などを把握することによって,部門ごとに重点を絞って業務を改革。利益の向上に結びつけようという考えだ。

 具体的には,ナレッジ・マネジメントを推進する「知創部」で,2年おきに約100部門・約4200人の全社員を対象にアンケート調査を実施。「全社ビジョンの理解と実践」「知識創造理論の理解」「組織の多様性」「組織内の風土と人間関係」といった七つの観点から約200の質問に答えてもらっている。

(1)知識戦略のビジョン共有と(2)定量的な効果測定--この二つなくしては,利益に直結するようなナレッジ・マネジメントは実践できない。

(吉川 和宏=日経情報ストラテジー副編集長)