このコラムの読者にとっては旧聞に属するかもしれないが,筆者は携帯電話を使った位置情報の使い道に興味を持っている。想像力を膨らませると,新しいビジネスが次々と見えてきて時間を忘れる。

 携帯電話や情報端末を使った位置情報の利用は,既に自動車の盗難防止などで広がりつつある。今後の利用を考えるとき,タクシーを例にすると分かりやすい。それぞれのタクシーが,携帯端末を装備しており,その位置情報を常に発信しているとする。利用者は携帯電話で,どの通りに出れば空車をつかまえやすいかが分かるというものだ。

 既に,東急バスは一部の路線でiモード用に情報を発信するサービスを始めている。どの停留所のあいだを何台のバスが走っているかが,リアルタイムで分かるようになっている。

 当然ながら,タクシーの方でも,いまタクシーを求めている客が,どの場所にどれくらいの密度でさまよっているかをリアルタイムで知ることができることが必要だ。平たく言えば,サービスの受け手も提供側も“魚群探知機”を装備しているようなものである。

 それによって何が起きるか?

 タクシーが空車で流す割合が減ると,料金を下げられる可能性がある。そうすればさらにタクシーを利用する客が増えるというストーリが描ける。

 「年齢,性別,趣味・・・」といった属性で語られる「誰」が「何」を求めているか? はマーケティングの基本だが,ネットを使えば「いま」という要素を含めた「リアルタイム・マーケティング」が可能だ。先に挙げた位置情報を加味すれば,「誰」が「いま,どこで」「何を」求めているか,という本当の意味でのリアルタイム・マーケティングが実現できるはずである。

 さらに,想像力を膨らませると,サービスの提供側と利用者側が情報のやりとりだけではなく,その情報に基づいた実際の“物”までやりとりするようになるだろう。つまり物流にからんで大きな市場が生まれることになる。

 分かりやすく言えば,外出先への直接の“出前”である。あるいは“屋台”である。宅配便やコンビニを使った物流とはまた違った新しいジャンルが生まれると考えられる。

 現在の物流は,固定されたある地点からある地点までの物の流れが基本だ。それが,物を届ける側も受け取る側も動く,飛行機で言えば“空中給油”状態になる。そうなると,取り扱われる品目も大きく幅が広がり,その場で消費されることに意味がある物が中心になるだろう。品質よりも,その場にその物があることに意味があるような品物・・・。ピッタリではないが,ナイター観戦の野球場にいるからこそ,普段は飲まない“ぬるい”ビールだって売れるといったイメージだ。

 前回の「プロと呼ばれるための三つの条件」にも書いたが,これまでのネットビジネスは,固定されたパソコンを前提に,いかにそこへ情報や品物を運んでくるかを前提としたものが多い。それはパソコン普及の経緯を考えれば,ネットビジネスで米国が先行し,ビジネスモデルも米国からどんどん生まれたのも頷ける。

 今回触れたようなモバイル対モバイルの世界では,携帯電話や携帯端末の普及率と利用人口およびその密度が高いことが前提にあってはじめて,新しいビジネスが生まれる。つまり日本やアジア地域にこそ新しいビジネスを生む土壌が整っていると言えるだろう。

 また,カネもうけだけの話ではなく,社会福祉や非営利事業にも大きな進歩をもたらすことが考えられる。うまく回りさえすれば,世の中の利便性を向上させるなかなか面白い世界が実現されるのだ。

 さて,ここまでは,本稿で言いたいことの前フリである。こうした世界が実現されるようになるために,一番障害になるのは何だろうか?

 筆者が一番気にしているのは,NTTドコモをはじめとするキャリアが,一時的にせよ,この「位置情報」を一手に握ることである。

 先に挙げたマーケティングに必要な情報は,プライバシそのものである。サービスを提供する側とそれを受ける側が,メリットを享受するために,互いの情報を必要な分だけ出し合うのはどうしても欠かせないことである。そのとき,間に入ったキャリアが根こそぎ情報を握って,それを自分の都合の良いことだけに悪用したら,いったいどうなるか。現在キャリアに対して論じられる儲けすぎの批判よりも,情報を独占することによる“権力”の方がはるかに危ないと筆者は考えている。

 単に位置情報を得られるだけのGPSとは違い,互いに情報を出し合う世界だけに,新たなルール作りが必要になるだろう。長期的には,キャリアを横断して位置情報を統括する第三者機関を作る必要がある。

 短いスパンで見た解決策は,キャリアに金儲けの企業論理よりも,社会的責任を自覚した企業倫理を厳しく自覚してもらうしかない。せっかく立ち上がる新しい使い方を,企業の目先の判断で潰してもらいたくない。「強欲は身のためならず」なのである。

(渡辺 和博=日経ネットビジネス編集長)