最近,自律的に動くネットワークを実現するための取り組み,あるいは研究開発が目立ってきたように思う。言い換えれば,セルフ・チューニング・ネットワークといったところだろうか。夢物語のように感じられる部分もあるが,ネットワークが自律的に動くなんて面白い。少なくとも私は非常に興味をそそられている。

 セルフ・チューニング・ネットワーク--。2年程前だろうか。取材の中で,こんな言葉が出てきた。ロード・バランサ大手の米F5ネットワークスの製品戦略に関するものだった。彼らによれば,セルフ・チューニング・ネットワークは,エンドユーザーにとってのWebアクセスのレスポンスが絶えずよくなるように,自律的にネットワークを制御する仕組みを持つ。まず,コンテンツの複製をネットワーク上のあちこちにキャッシュ。エンドユーザーは,その都度,一番レスポンスが速くなりそうなサイトから複製コンテンツを取得。さらにキャッシュされたコンテンツのヒット率やコンテンツ更新の有無などを一元管理し,絶えずパフォーマンスが最善の状態を保つべく,複製コンテンツを自動的に更新する。

 F5が打ち出したアイデアは,あくまでもWebコンテンツのレスポンスを高速化することに主眼を置いたセルフ・チューニングである。これだけがセルフ・チューニング・ネットワークにつながるアイデアなら,F5の世界に閉じた話に見える。ところが,F5とは別の観点でのセルフ・チューニングを実現する技術に出会った。その1つが,富士通研究所が開発した技術。インターネット・バックボーン上での混雑を回避し,データをスムーズに転送できるようにするもので,MPLS(マルチプロトコル・ラベル・スイッチング)がベースになっている。この技術を使うと,ルーターが自律的にトラフィックを制御してバックボーンの混雑を緩和するように動作する(詳細は「IPバックボーンの混雑回避へ新技術,富士通研がソフトを公開」を参照)。各ルーターはトラフィックの統計を収集。トラフィック状況を他のルーターと通知し合い,混雑具合を把握する。この際,ネットワーク上のある部分が混雑すると,混雑部分をう回する代替経路を検索。検索結果の代替経路をMPLSの論理パス(LSP:ラベル・スイッチト・パス)として設定し,元々の経路とあわせた2つのLSPにフロー単位でトラフィックを分散させる。まさに,パフォーマンスを保つべく自らチューニングしながら稼働するネットワークと言える。

 チューニングという言葉からすると,ちょっと拡大解釈になるかもしれないが,自律的に動くという点では,ほかにも面白い技術や製品/サービスがある。例えばNTTの未来ねっと研究所が開発した「ENCORE」(アンコール)。複数ISPのバックボーンを経由する経路のどこか,つまりISP間のどこかで発生した障害とその要因を自動診断してくれるエキスパート・システムである(「NTT未来ねっと研,ISP間接続の障害を検出するエキスパート・システムを開発」を参照)。ネットワークの経路情報を監視し,経路情報がきちんと各ISPに伝わっているかを自動的にチェックし,障害があったことを検出して原因を類推してくれる。エンジニアの手作業がなくても障害の検出はネットワーク自身が実施する。さらに機能を強化していけば,自動的に障害復旧の処理を実行させることも可能だろう。

 そしてもう1つが,米国で始まったDDoS(分散型サービス妨害)攻撃への対策を実現するサービスや製品。ネットワーク上のトラフィックを監視して,DDoSの直接の攻撃元(ゾンビーと呼ばれる)の所在を自動的に追跡。不審なトラフィックをISPのバックボーン・ネットワークから追い出してしまおうという試みである。プレーヤは,米アーバー・ネットワークス,米アスタ・ネットワークス,米マズ・ネットワークスなどだ。チューニングではないが,ネットワーク・リソースを守るように。ネットワーク自身が自律的に動く点は同じである。

 これらの技術やサービスは,それぞれ開発された経緯や用途が違っているものの,技術的に見ると,どれも似たような基盤がある。トラフィックなどネットワーク状況の監視システムと,監視結果に基づいて運用ポリシーを動的に切り替える,いわゆるポリシー・サーバーだ。ポリシー・ベース・ネットワークやポリシー管理といった言葉は,この1~2年,すっかり市場で聞かれなくなってきてしまったが,ネットワーク機器ベンダー各社は,すでにポリシー管理製品を提供している。これらを使って,さまざまな観点でのセルフ・チューニング・ネットワークが登場してくると面白い。

(河井 保博=日経インターネット テクノロジー)