大手ユーザー企業がシステムを作るための情報システム子会社や,さらには情報システム部門を持て余し始めている。

 史上最悪とされる経済不況のなかで生き残りを賭けるユーザー企業が本業回帰の速度を加速し,「我が社にとっての本業は何か」「そのために必要な資産は何か」を問い直した結果,情報システムの開発・運用を委ねてきた情報システム子会社をもはや抱え続ける必要はないとの判断に傾いている。ユーザー企業にすれば「ITの専門家は(ユーザー企業にとっての)利益を生み出すもとにはならない」からだ。

 最近も,アサヒビールや石川島播磨重工業(IHI),ブラザー工業,ダイエー,日本航空(JAL)などが,それぞれの情報システム子会社とシステム・プロバイダの資本提携を発表した。ブラザーやJALの場合,情報システムのアウトソーシング契約を伴う形だが,ブラザーは株式の100%,ダイエーは65%,JALも51%以上をアウトソーシング先に売却する。システム・プロバイダの持つ人材・給与体系を持ち込むことで,ITの専門家(ITプロフェッショナル)としての意識改革に期待する。

 情報システム子会社が売却対象になり始めた最大の要因は,ユーザー企業の本業が進展する速度と,IT(情報技術)サービス業界のそれが余りにもかけ離れてしまったからだ。

 次から次へと登場する新技術・新製品のスキルを身に付けなければ,ITプロフェッショナルとしての付加価値が高まらない現状にあって,ユーザー企業の人事制度や給与体系では,情報システム子会社を十分に処遇できない。情報システム子会社にしても,親会社からの安定した発注と(ユーザー企業の)年功序列型給与体系のなかでは,IT関連スキルを高めなくても良いという甘えの構造になりがちだ。ある大手メーカーのIT戦略立案担当者は,「200人,300人規模の情報システム子会社を作った企業は今,にっちもさっちも行かなくなっている。子会社が食べていくために仕事を増やしているのが実情」と明かす。

 情報システム子会社の存在意義を中途半端にした理由の一つに,ERP(統合基幹業務システム)ソフトなどのパッケージ導入の進展がある。パッケージ・ベースのシステムは業務ノウハウだけではサポートとはいえないし,パッケージを前提にした業務改善はコンサルティング会社の領域となった。システム部門や情報システム子会社だからこそ,という分野は急速に減少する一方だ。

 もう一つは,カンパニー制や事業部制の浸透。親会社に残すIT部門は,より戦略性が増しグループ全体のIT化の方向性や枠組みを決めるだけで,具体的なシステム企画は各カンパニーや事業部が決める。だからといって,独立採算のカンパニーや事業部がいまさら,IT部門はもとより情報システム子会社を抱えるわけにはいかない。

 これまで日本では,子会社といえども人の移動を伴うアウトソーシングや資本提携は,ある種タブー視されてきた。

 だが,日本IBMグローバルサービスの調査によれば,従業員3000人以上の大手企業の経営企画部門の22%(回答数は153社)が人材移転を伴うアウトソーシングが「間違いなく普及する」と回答。さらに63%が「徐々に普及する」としている。日経システムプロバイダ誌の調査でも,大手ユーザー企業の20%(回答数30社)が「情報システム特化の関連会社は不要」とし,37%は「自社開発で得たノウハウを外販し,親会社に利益をもたらすこと」と位置付ける。

 ユーザー企業が,情報システム子会社の処遇を含めてIT戦略を練り始めたことに対応して,システム・プロバイダの側も情報システム子会社を対象にしたM&A(企業の合併・買収)を仕掛ける動きが表面化してきた。アウトソーシングで先行する日本IBMのほか,日立製作所や富士通なども,情報システム子会社への資本注入を積極的に展開し始めた。

 システム・プロバイダ側が,ユーザーの情報システム子会社のM&Aに積極的に取り組む最大の理由は,業務・業種ノウハウの獲得だ。これまで,システム企画や仕様決定,稼働後の運用・保守,追加開発などをユーザーの責任下に押しやってきた結果,業務・業種ノウハウはシステム・プロバイダの側にたまらなかった。それが今,コンサルティングなどの上流工程のITサービス事業にシフトしたいシステム・プロバイダにとって最大のネックになっている。

 もう一つは,SI(システム・インテグレーション)事業よりもアウトソーシング事業を拡大したいことがある。各社とも,ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)事業などのITユーティリティ・サービスを視野に入れている。「業務・業種の別など機能ごとに特化した複数のソリューション会社を持つことで,ユーザー・ニーズにマッチするITユーティリティ・サービスを生み出したい」わけだ。

 ユーザー企業が本業回帰によりシステム部門や情報システム子会社を放出し始めたことで,ITサービス産業は構造改革を迫られる。

 その一つが,情報システムの企画・構築・運用に対して,今まで以上に高い責任感を持たなければいけないことだ。ユーザー企業が負担してきたシステム構築にかかわるリスクの多くを,システム・プロバイダが負うことになるからだ。第2は,より踏み込んだ人材育成策や開発体制など,経営に戦略性が欠かせなくなること。ユーザー企業が流動化させた人材をITサービス産業が受け入れるのだから,人員の大幅増加による固定費が重くのし掛かってくる。

 そして最も重要なことは,優秀な人材が集まる魅力ある業界にならなければならないことだ。学生の就職ランキングなどを見ても,これまでの上位はユーザー企業がほとんど。ユーザー企業のシステム部門や情報システム子会社があったからこそ,製造業や金融業のアプリケーション・システムは稼働したともいえる。今後は,ITサービス産業自らの力で人材を獲得できなければ,真のITサービス提供はできない。

 ユーザー企業は,「ITを前提にした業務改革が前提になった今,痛みのある構造改革を進める」(アサヒビール)ことを選択した。ITサービス業界だけが例外では済まされない。

(志度 昌宏=日経システムプロバイダ副編集長)

■日経システムプロバイダ8月31日号で関連記事をご覧になれます。