情報システム戦略を統括する責任者としてCIO(情報戦略統括役員)を置くことの重要性が叫ばれ,一部上場などの国内大手企業はその設置に前向きに取り組んだ時期があった。90年代の半ばのことである。

 当時は,電子メールやグループウエアなどの導入が盛んになった時期。組織全員が情報活用を行うために,経営トップ層のITリテラシを向上させなければならないという切羽詰まった事情があった。つまりCIOを置けば,パソコン活用に消極的な上級管理職もしぶしぶだが,前向きに取り組まざるを得なくなるという目論見があったのだ。このため三菱商事や花王などは当時の社長が,名目的だがCIOを名乗ったほどである。「電子メールを自ら受発信できない経営者は失格」という空気だった。

 厳密に言うとCIOは,(1)経営会議のメンバーで上級取締役(通常は常務以上),(2)基本的には専任で,兼任しても主たる業務が情報システム問題である,と定義される。

 だが当時,専任のCIOを設置した企業の事例は極めて少なかった。兼任CIOを置いた企業でも,他部門の仕事が主体という例が多く,時流に乗った組織戦略をPRする意味合いの方が大きかった。

 そうなると実質的な責任者は情報システム部長ということになる。しかし,その部長が取締役になっていない企業が大半だった。つまり,「情報システム戦略を統括する責任者は日本企業にはほどんどいない。特に必要ない」という状況であった。

 その後,急速にインターネットが普及しeビジネスへの取り組みが始まり,さらに21世紀に入ってブロードバンド時代の幕開けとなった。システム戦略がIT戦略に変わった。IT戦略は,デフレ環境下で生き残るための最重要課題の一つとなっている。

 しかしCIO設置の歩みは遅い。伊藤忠商事などの一部企業を除けば,日本の大企業の大半はCIOを置く方向へとは動いていない。eビジネスで分かるように,IT戦略がビジネス戦略と一体化する重要課題が続々と出てきているのに,これは日本にとって危機的状況である。

 CIO設置に動かない理由として,「ビジネス戦略のなかにIT戦略を組み込んで対応するから,CIOは必要ない」という考えを挙げる企業もあるだろう。だが,IT革新はすさまじいものがあり,新しいビジネス・プロセスを生み出すうえで,テクノロジ・サイドからの発案は欠かせない。高度なテクノロジをいち早く取り入れるメリットは計り知れないものがあるのだ。

 このことを認識すべきである。IT活用で構築したシステムの安全性,信頼性を確保することも経営上の重要課題になってきているが,これも先進テクノロジの戦略的活用が前提となる。

 確かに経営会議メンバーがCIOに就任するとなると,日本企業の場合には相当の高齢者を当てることになり,IT戦略を統括するにはスキルの面から難しいと考える企業もあるだろう。そうした企業は,経営会議の在り方を見直すべきなのだ。若手を抜擢してCIOに任命して,経営会議メンバーに入れることを推進すべきである。

 もし,抜擢する人物が情報システム部門に見当たらなければ,外部からスカウトすることも考えるべきである。米国では,そうした例は珍しくない。CIOはIT戦略のプロフェッショナルなのだから当然のことだ。

 これまでの常識を捨て,新しい前向きの発想でCIO設置に取り組む時期がきている。

(上村 孝樹=コンピュータ局主席編集委員)

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 7月18日付け「エクセルでどこまでやれるのか」中,「外資系金融機関のゴールドマンサックス証券の日本支店では,アイエルアイ総合研究所が開発したExcelの開発環境「StiLL」を使用して,基幹業務のうちフロントシステムをすべてExcelで構築している。」を,「外資系金融機関のゴールドマンサックス証券の東京支店では基幹システムとデータ連携する現場の業務システムの一部をエクセルおよびエクセル開発支援ツールで構築している。」に訂正します。